第24話 翔と雛その③翔side

「ひ、ひなちゃん……。え、えっと……何してるの?」

「……ッ!? し、翔おにいちゃん……」

 材料の補充が終わり、表に出た際に僕が見たもの。それは椅子の腰掛けに置いたロングコートを羽織ったひなちゃんだった。


 ただ、普通にロングコートを着ただけじゃない。ひなちゃんは、身体を丸めてそのロングコートを抱きしめているように……身体を温めるようにしていた。僕が突っ込むには十分な光景でもある。


「こ、これは……」

「これは……?」

「……」

「……」

 視線が絡み、訪れる無言。

 そこで何故かみるみるうちに顔を赤らめていくひなちゃん。


「も、もしかして、寒かった……?」

 ここで僕は一つの結論にたどり着く。

 僕的にロングコートを脱いでも寒くもなんともない。現にそのくらいの温度はある。

 しかし、人の体温は皆違う。暑い温度が平気な人もいれば、寒い温度が平気な人もいる。

 ひなちゃんは寒かったら僕のロングコートを着て暖を取ろうとしたのではないかと。


「そ、それは……その……」

「……?」

「さ、寒くは……なかったです……」

「そっか……」

 そうしてひなちゃんは、どこか申し訳なさそうに身体を縮こませた。


(全く、ひなちゃんは優しいんだから……。そんなところまで気を回さなくて良いのに……)

 僕は胸内でそう呟きながら、ひなちゃんの言葉に突っ込むことはしない。

『寒くないなら、どうして僕のロングコートを着ていたの?』と。


 それは、僕の中でもう答えは分かっていたから。

 ひなちゃん自身、本当は寒くて僕のロングコートを着ていたことを。

 寒かったことを伝えると僕が謝るって分かっているから、あえて『そんなことはないです』と、寒かったことを否定したのだと。


「ひなちゃんありがとう。気を遣ってくれて」

「えっ、えっ……」

「でも、ひなちゃんが寒さを我慢するのは僕がイヤだから、次は教えてね? 本当に遠慮しなくて良いから」

「っ、……っ」


 何か思うところでもあったのか、僕が声を発すれば発するだけタジタジになっていっている。

 だが、それも束の間。ひなちゃんは小さく身動きを取って上目遣いで僕を見てきた。その瞳には何かの意思がこもっている。


「そ、そんなことを言うと……ほ、本当に……え、遠慮しませんよ……? わ、悪い子になりますよ……?」

「うん。それが良い」

 ひなちゃんの言う悪い子になるとは、『僕の勘違いを利用する』こと。その意図に気付くわけもなく、了承を出した。


「じ、じゃあ……翔おにいちゃんに一つだけわがままを言います……」

「なにかな?」

 首を傾げる僕にひなちゃんはこう言う。


「こ、このコートをお買い物が終わるまでの間、着ててもいいですか……?」

「う、うん。それは大丈夫だけど、サイズが……」

 僕とひなちゃんの身長差は結構ある。当然、僕が着ている服を着たならダボっとした感じになっている。


「へ、変ですか……?」

「ううん。可愛いよ。ただ動きにくいんじゃないかって思って」

「ふえっ……」


 小柄で控えめなひなちゃんが、制服の上からキリッとしたロングコートを着てサイズ感が合っていないのだ。

 元々の容姿が良いひなちゃんが、こんな要素を持ち合わせて似合わないはずがない。

 守ってあげたい。なんて思わせるくらいに可愛さが目立っていた。


「し、翔おにいちゃんはいつもカッコイイです……」

「っ……!?」

「ほ、本当だよ……」

 今さっき言った言葉を返されただけ。その事実が分かっていても、顔を赤く染めながら言うひなちゃんを見たら心臓が跳ね上がってしまう。


「ひ、ひなちゃんも言うようになったね……」

「や、やられっぱなしはもうこれまでです……」

「そ、そんなつもりで言ったことは一度もないんだよ?」

 僕は視線を逸らし、平常心を保つことで精一杯だった。

 一つだけ、一つだけひなちゃんに気付かれていけないことが僕にはある。それはーーひなちゃんのことを異性として見ていることに……。


 そう、意識しているからこそ言えたのだ。

『彼女にするならひなちゃんみたいな子がいいな……』なんてことを、友達である龍二りゅうじに。


「あの、翔おにいちゃん……。だ、誰にでも『可愛い』なんて言っちゃダメですからね……。か、勘違いするから……」

「……そ、それを言うなら、ひなちゃんこそ誰にでも『カッコいい』なんて言っちゃダメじゃないかな?」

「わ、わたしは翔おにいちゃんにしかカッコいいって言わないもん……」

「……ち、ちょっと!? 冗談が過ぎるよ!?」


「だ、だから翔おにいちゃんには罰を受けてもらいます。いっつもこんなことを言う罰です……」

「いやいや、言ってないからね!?」

 この瞬間から、僕はひなちゃんに押されていた。

 言葉通りなのか、今までの仕返しをするようにひなちゃんにはスイッチが入ったのだ。


「翔おにいちゃんはわたしと買い物している間、手を繋がないとダメです……。これは罰だから……翔おにいちゃんが遠慮しなくていいって言ったから、拒否権はありません」

「え、ちょっ……!?」


「や、やっぱり罰を変えます……」

「だ、だよね!」

 ひなちゃんは冗談を言っているだけ、言っているだけだ。なんて思う僕は、次の瞬間に不意打ちを食らうことになる。


「い、今ここから……手を繋ぐ罰に変更します……」

「な、なんでッ!?」

「ま、迷子になるからです……。手を繋いだら、お買い物に出発です……」

「わ、分かったよ……」

 そうして……雛ちゃんは小さな白い手を差し出してきた。首元まで真っ赤っかになりながらも、二度目の上目遣いを使いながら……。

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