ノスタルジア

其乃日暮ノ与太郎

Disgusting past―忌まわしい過去―

第一章

構築

私には、いとも簡単に甦る二つの【顔】が記憶の片隅にこびり付いて離れない。


 その一つはK市の幼稚園に初めて通う日の出来事なのだが、当時住んでいた家は今では余りお目にかかれない“長屋”と呼ぶべき建物で、ガラガラと音をたてる狭い玄関の引き戸を開けると土間になっており小さな下駄箱が辛うじて置いてある。

目の前は廊下もなく、すぐに六畳間の上がり框でそこから上がってすぐの右手に便所が玄関と同じ並びに備わっており、その部屋を抜けると四畳半の部屋がある。 

その左手にこじんまりとした台所がついていて、更に奥には勝手口と間仕切りなどない脱衣所と限りなく正方形に近い小さな湯舟のある風呂場だ。

その割には押し入れに近所の子供たち滅多に持っていなかった当時の自分の背丈ほどあるロボットアニメのおもちゃとソフビ製の特撮ヒーローや怪獣の人形が数十体、超合金と呼ばれた物もあり、友達と遊ぶ時には鼻高々の宝物が揃っていた家だった。


 この時年長組だった僕はすでに自分一人で着替える術を身に着け、左胸にチューリップをかたどった名札のついた園服を着て外で遊んでいたその日の朝、家の中から何かが倒れる音がしたので玄関を開けてみるとそこには母親がなぜか畳に伏せ、その傍らにビールの缶を持った男が立っていた。


(えっ・・・・・・)


と、思ったのと同時に立ち上がろうとする母親に空手の前蹴りの如く腰骨の辺りを蹴り上げる男は、小柄で体の一部に龍の入れ墨を刻むような青春を経て、一つ年下の母親が僕を身ごもった為に結婚を踏み切った⦅実父⦆で、原因までは解らないが日々の生活から生まれた些細な事から言い争いの末に下したのであろう。

その暴力は母親が泣きながら発した言葉も聞かずにその後も二度三度と続けられた。


 目前で繰り広げられている光景に身動きもできず、その場に立ち竦む。


この左の口角を上げ薄気味悪い半笑いの面構えをした傲慢無礼を極める男の表情は怒り狂っている故にだと思われるが、そこには腕力にモノを云わせ抑え込むことによる征服感に酔いしれている様にも見える。

感情をむき出しにしたその表情を映像として幼かった僕の心とも脳ともいえない記憶のどこかにどす黒く、この時点では説明出来ない高揚と共に鮮明に形取られて、


一つ目の【顔】は焼き付けられた。


 その一部始終を見届けても何故か涙が流れることもなく憤りを覚えるわけでもなく呆然とした僕は、目を赤くして俯いた母親に肩掛けの黄色いポーチをかけられ、幼稚園の送迎バスに向かう為にそのふくよかな手をギュッと握り家を後にした。


 それから程なくして当然の成り行きというべく両親は離婚し、四つ離れた弟と三人で生活を送ることとなる。

母親は当初近所の弁当屋で働いていた。

だが、養育費を貰っていなかったからか若しくは給料が安かったなのかは定かではないが、スナックのホステスとして勤めを始めた。

この頃私はランドセルを背負う小学二年生で、活発に動き回る明るい男の子だった。

父親がいないとはいえ幸せでも不幸でもない平凡な日常はそう長く続かなかった。

二か月目、三か月目と日を追うごとに母親は家を空ける日が増えていったのだ。


 僕と弟は前もって買い置きされたパンや缶詰をそれなりの時間に食べる暮らしを余儀なくされるのだが、更に時が経つとテーブルの上に現金だけがポツンと置いてあるだけとなり、それさえも何日も空いて食事が摂れるのが給食だけだった日も幾度か訪れる。

この頃を境に母親が以前米を研ぎ炊飯器で炊く術を思い出して自分でやり始め、二人の空腹をしのぐ唯一の手段になっていた。

寂しいと感じる時も確かにあったのだが、こんな日々が当たり前に起こることに対し何の疑いも無くなるまで心は麻痺していた。

それでも今この状況にさらされていることを知ってほしかったのであろう僕は、母親の勤めるスナックに真夜中突然姿を現してみたり、またある時は幼い弟の手を引きあてもなく街を迷子のように彷徨い警察のお世話になったりと、子供の頭で思いつく限りの表現を時折起こして見せた。


 とある日の夕方も母親は弟を連れて出かけて行ったので、これから訪れる有り余る時間をやり過ごすつもりで家から少し離れた道を何の目的も無く歩いていた。

食料品専門のスーパーの前を通りかかると、店内に同じクラスの男の子が母親と一緒に買い物をしているのを見つけ、その視線に気づいたその子は自動ドアを抜け僕に駆け寄り話しかけてきた。

「おかあさんとかいものしてるんだ。あれ?ひとりなの?」

すぐには返事ができなかった。

少し遅れて「うん」と答えると、その子は振り向き母親のもとへ駆け出しながら「じゃあまたあしたね」と手を振り去っていく。

その姿を見送った後、さらに時間つぶしの為にスーパーに足を踏み入れブラブラと歩きはじめる。


 この店はどこにでもあるごく普通な陳列がなされており、興味を示す場所は自ずとお菓子売り場となり早々とそこへ辿り着く。

左右に整然と並べられた棚は自分の身長を何倍と超す高さでそびえ立ち、中の品々は何段かに分けられて或る一定の種類に区分され、これでもかと云わんばかりに押し込まれている。

右手のせんべいを見ながら左手のポテトチップスに心奪われ、その先の箱入りクッキーやビスケットの商品名を声に出さず読み上げながら通り過ぎ、色とりどりなキャンディーの前で立ち止まり上から順番に何味なのかを確認する。

お次は届く範囲にあるチューインガムをひとつずつ指でつつきながら進み、チョコレートの棚に差し掛かると片っ端から裏返しに置き変えた。


 とうとう飽きたので帰ろうかと出口に向かう途中ある売り場の前で足が止まる。

その大小様々な袋に収まった菓子パンや総菜パンなどを眺めていたら無意識の内にクリームパンを手にしていた。

ここから先は本能なのかそれとも確信だったのかまで覚えてはいないが、その後の行為は躊躇もなく何の疑いも抱かず進んでいった。


辺りを見渡す

――鼓動が徐々に高鳴ってくる

上着の裾を片方の手でズボンから出す

――周辺の音が薄れていく

裾の隙間に右手で持ったパンをあてがう

――代わりに鼓動が頭の中に響き渡る

また辺りに目を配る

――胸の真ん中が恐ろしい強さで内側から叩かれる

その右手を上着と腹の間に滑り込ませる

――視野が明らかに狭くなり手足の関節の動きが鈍りだす


 全神経を手足に集中させ歩き出し、足取りを速めていき店の出口一点を見つめ、更に速度を上げ自動ドアを飛び出すように走り抜けスーパーから逃げ去った。


この行為に至ることにさして驚くこともなく、いわば至極当然むしろ必然だとさえ感じていた。

この狭い島国日本にはモノが溢れ、世間は様々な分野で世界の最先端をけん引し続けるものだと信じて疑わなかった時代の最中で、食うや食わずの毎日を暮らしていたまだ小学校低学年の[万引き]は誰にも咎められずに終わったのだが、この自我が形成され切ってないまだ始まったばかりな子供の奥底に得体の知れない何かの〈種〉が植えられる。


だが、そのことにはまだ気づいている訳もなく、目ぼしい建物の隙間を見つけ隠れるように座り込み、一心不乱にクリームパンをたいらげた。



 この頃にはすでに学校へ通わず、気力なく時が過ぎるのを待つようになっていたある昼間のこと、家に帰って来ていた寝ている母親の傍を何気なく通り抜けようとしたその時、枕元にある財布の脇に無造作に散らばった千円札を三枚見つける。

なぜ現金がしまわれずそこにあるのかとは考える事もなく恐る恐る近づき、母親に気づかれぬ様に静かにつかみ取るとポケットにしまい込み、物音を立てず玄関へと歩み寄り、かなりの時間をかけて引き戸を開け、それと同じだけの時間を使って閉めると振り向くことなく一目散に駅前へと駆け出した。


 愛用のハットと鞭を手にして秘境や遺跡を探検する冒険家の看板が掲げられた映画館を横目にして繁華街に入ると、たまに覗き見ていたゲームセンターへと向かい両替機に千円札を入れる。

かねてから興味があったテーブルゲームの席に着いたものの、周りに居る青少年達からの視線が気になりその場を離れ店の入口付近に移動。

倍率の書かれたボタンを選びルーレットを回す台をしばらく楽しみ充分満喫するとそこから道を挟んだ向かい側にあるデパートに向かう。

 エスカレーターで六階にたどり着くと、おもちゃ売り場をゆっくりとした足取りで流し歩き、手持ちのお金でどんなものが手に入るかと考えてみたが、自分の小遣いで買ったわけでもないおもちゃを家に持ち帰れる訳もなく泣く泣く売り場を後にする。

 次に向かった先は店舗前にある駐輪場の脇にあった小さな屋台風のお好み焼き屋で、子供でも分かるほどの愛想悪さを受けながら代金と品物を交換し、日も暮れネオンサインがまばらに照らし出した街をアルミホイル製の袋に包まれたそれを味わいつつ家路に向かって歩いていると、街灯が寂しくなった道すがらの見慣れた模型店が目に入った。

この店の裏手にはRCカーを競走させる立派なコースがあり、正面のショーケースはまばゆいばかりにライトアップされている。

その中に爆発的な人気を誇るアニメのプラモデルが様々なポーズをつけて作者の名前と共に自慢を醸し出しながら佇んでいる。

その内の一つだけ決して上手くはない作品があり、その名札には自分と同じ年齢が拙い文字で書きこまれていた。


(一生懸命貯めたおこずかいで買ったのか親におねだりして手に入れて組み立てたプラモをお父さんに見せびらかして、このガラスの中に飾ってもらうためにお母さんとお店にきたのかな……僕にはなぜお父さんがいないんだろう……どうしてお母さんは僕と弟をほったらかしにするのだろう……)


当たり前の如く両親が存在し、当然に用意される食事。

家族の温もりは習慣化し、愛情は溺れる程に注がれ、無限の可能性を秘めた幼少の未来へ向けて周りの大人が手を差し伸べてくれる現実。

僕の置かれた環境の範疇に、この内のどれか一つ若しくはそれに似た匂いのような温度が感じ取れていたのなら。


 後にこんな心境だったと思える気分を抱えながら、歩道の狭い自動車もさほど通行しない道をゆっくりとした足取りで家にたどり着くと、部屋の灯りに照らされた玄関の擦りガラスに母親の影が映っていた。

枕元の現金が無くなっていることに気が付かない訳がなく、𠮟るつもりで待ち構えているのだろう。

ビクビクしながら引き戸を少し開けのぞき込むと目前に仁王立ちした姿が見えた瞬間、心臓が止まるほどの大声が耳に響く。

「あんたッ、こっちに来て正座で座りなさい」

「ごめんなさい…」

すでに涙がこぼれ出していた僕は、後襟を掴まれ畳の部屋へと土足で引きずり上げられ、倒れ込みながら靴を脱ぎ捨てて言われた通り目の前に座る。

「お金はどうしたのッ」

即座にポケットをまさぐり残っていた現金を差し出した。

「こんな真似してバカじゃないの?泥棒よ、ドロボウッ!」

甲高いヒステリックな怒声が浴びせられた。

「ごめんなさいぃぃ」

頭を下げ声を張り上げ謝る。

母親はテーブルの上にあるバックに手を突っ込み煙草を取り出し火を付け、煙を僕の顔に吹き付けると、おもむろに右手を掴んだ。

「この手が悪いんだろッ」

そう叫ぶと手のひらを上に向けられ、握られた手首めがけて右手の逆さに持っていた煙草を近づけてきた。

「もうしまっごめんなっもうしっ」

腕を出来る限り引くが太刀打ち出来ず距離は縮んでくる。

「あんたが悪いのよッ、あんたがッ」

熱が確実に感じ取れ、両足をばたつかせて泣きじゃくる。

「いやだっやだっ」

何が起こるのか悟った私は体を後ろにめいいっぱい倒し、涙と鼻水を垂れ流し暴れながら何度も何度も謝り続けた。


 この瞬間に涙でぼやけていた筈だが私の瞳にはっきりと映し出された女の目は吊り上がり、瞳孔は開かれ右頬を引き攣らせているが、欲望を満たす行為を前にし恍惚感が溢れ出す感情が漏れ出しているかの様に見える。

子供には如何することも出来ない力で抵抗を押さえつけながら、何の躊躇いもなくそれをあてがい、無情にもそこで揉み消したこの【顔】こそが二つ目として脳裏に刻まれた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 子供の頃に受ける教育というのは、或る一定の成長を遂げていく最中に大人の持ちうる知識や情報を与え、それを活用する術を段階的に教え、世間一般で通用する心を大小様々な愛情をもって育てていく行為だと認識する。


 例えば英語を身につけさせようとした場合、母国語もまま儘ならない歳からスクールに通わせ、それが当たり前かのように体に沁み込ませるというのは、成長過程で少しでも早く与えていく事でその人間の能力として蓄積されるのであろう。


 だとすれば、父親の背中を見れる訳でも母親の躾に反省することもない空虚な家庭環境と、その延長線上で学校にまともに通う事もなく、大人の声を聴く機会が極端に乏しかった多感な時期を過ごす子供が、憎悪に満ちた男が母親を暴行する醜態や、号泣する息子を我も忘れて叫び虐待する女や、そこに置き去りにされている事を知ってか知らずか無責任に不登校放置する教師、無関心のまま過ぎ去る周りの大人達の足元で、その小さな心に間違いなく歪みや屈折が生じるのは安易に想像できる筈だ。

しかもその衝撃が激しければそれに比例するかの如く複雑で屈強な何かとして構築されていくのだろう。


 決まった法則が存在しないその結び目や綻びを自力で修正しようとするのは、どれだけの年月を懸けようとも一般水準に値するまでに追い付くのだろうか。


 更には教育過程で培われる今迄に経験した事や感じた物を推し量る物差しが欠けている為思想や言動が一般的で無かったとしても、それが本人の常識として解釈されて積み重なり自我となっていくのではないか。そして当事者ではない他の人間達は、理解することが至難の業だと嘆くのだろう。


 ならば正否の見定めが覚束ないまま運命に従い、人生を歩んでいく彼は何を糧に生きてゆけばいいのだろうか。

その先には何が待ち構えているのだろうか。

試練に遭遇した際に、どう思い、何を考え、どんな答えを導き、如何なる結末を迎えるのだろか……


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 あの日以後、僕の生活環境は変化していった。

家の近所で仲睦まじく話しているのを何度か見かけたことのあるガラの悪い男に捨てられたのだろうか、長屋の家財道具をまとめ自分の生家へと引っ越す事になる。

そこは隣県のC市で、一時間の間に電車を三度乗り継ぎ、最寄り駅で降りると徒歩で三十分かけて辿り着く決して綺麗とは言えない平屋だった。

新しい生活が始まると祖母と女が口論するのを毎日聞かされる羽目になり、学校に通った日数が五日という短さでその土地を離れることになる。


 電車に揺られて今度は何処へ行くのかと思っていたらそこは見慣れたK市の駅だった。

バスロータリーに連れていかれると女はバックから紙と小銭を取り出し、目前に停車しているバスを指差して弟と一緒に終点に着いたらそこに電話をしろと告げる。

バスに乗り込み二人掛けの席に弟と座り、窓の外に立つ女の方を見ると無表情でこちらを眺めていた。


ブザーが鳴り、扉が閉まる。

動き出す車内から僕が手を振る事は無かった。



 一時間ほどでT町にある終点に到着したバスから降りると、辺りは既に暗くなっていた。

近くの電話ボックスから掛けた先は父方の祖父の家で叔父夫婦も住んでおり、受話器の向こうで叔母は戸惑っていたがそれでも迎えに来てくれると聞き電話を切る。

この時に自分達は捨てられたのだと認識した僕は小学校四年生だった。


 叔母に連れられ招き入れられた家には、幼稚園の頃に親と一緒に訪れた記憶として微かに残っていた。

間口が一メートル程の門を抜けると左手は車一台分の駐車場、右手には柿の木が植えてあり、根元には薄汚れた犬小屋が置いてある。

飛び石を五つ渡った玄関の格子戸を開けると土間になっており、そこで靴を脱ぎ左に伸びる廊下にあがると正面に八畳間が広がり、そこには大きな家具調こたつが布団のない状態で中央に据えられていて、左の部屋には大きめな仏壇が置いてあった。

こたつの前に弟と並んで座ると、挟んだ向こう側に叔父、左の短手には祖父があぐらをかいていた。

叔父が心配そうな顔で話しかけてくる。

「よく来たな。子供ふたりで大変だったな。何があったんだ?」

この質問に記憶を遡らせ、今日までの出来事を一つ一つ思い出しながらゆっくりと時間をかけて話して聞かせた。

その間祖父は口を真一文字に結び瞳を閉じ聞き、叔父は優しく頷きながら耳を傾け、途中でジュースを差し出してくれた叔父の隣に座っていた叔母は涙を流している。

話の流れから帰る場所が無いことを悟った叔父は、

「よし分かった、これからはこの家で暮らせばいい。もう安心していいからな。ご飯を食べてお風呂入って、何も気にすることなくゆっくりと寝なさい」

と微笑みかける。


この時から僕達兄弟はここで生活を始める事となった。


 此処の家族構成は祖父母・叔父夫婦・子供二人で、僕を含めた子供達四人は仏壇のある部屋で寝ることとなった。

 当初はぎこちなく過ごしていた日々も段々慣れていき、違和感が取れてきた小学五年生も終わりに近づいたある日、今度は父親だった男が知らない女性を連れて現れ、僕達兄弟を引き取るというのだ。

また新たな暮らしを送る場所は隣町のY町で、住居は小さな庭がある二階建ての建売住宅なのだが、今通っている学校とその町にある学校との距離がほぼ同じだったので、卒業までは越境通学で、中学校はY町でという事になった。


 自分達を見捨てた男と面識のない継母の下での日々もそう長くは続かなかった。

中学生になり数か月経った頃に継母が蒸発したのだ。

私はそれなりの学校生活を送っていたのだが、ことごとく巻き起こる環境変化に嫌気が差し、道を外れていく。

時を同じくして素行が悪くなり始め出した同級生と共に制服は校則を破り、煙草に手を出し、原付バイクを乗り回す日常は刺激的でやめられず、毎度おさわがせをし、警察には度々補導され、学校に保護者が呼び出される事は数知れず、好むモノだけを選んで気が済むまでやり倒し、ルールなんぞクソくらえ、大人上等、我が道を行く。

といった自他共に認める不良へと突き進んでいった。


この頃には既に、あの日の心の中に植えられた得体の知れない何かの〈種〉が芽を出していたのだろう。


 そんな最中、祖父が亡くなったことを男から聞かされる。

肺がんで入院しているのは知ってはいたが、なんだかバツが悪く見舞いには行かず暫く顔を合わせてはいなかった。

祖父は血の気が多く、いつの日だか町の寄り合いに参加すると、七十歳を過ぎていたのに青年会の若者と喧嘩になり、羽交い絞めにされながら家に連れてこられる程の人物だった。

しかも滅多に笑わない人で、遺影に使う写真もそれに近いモノが見当たらなかった、と親戚が話していたのを聞いた。

今現在の俺の姿を見たら祖父は何と言ったのだろうか。

葬儀で目にした遺影は確かに仏頂面だった。

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