第6話 食事会

 約束の時間が迫ってきた。自分の部屋で簡単に化粧をして、昨日買った服とヒールを履いて、髪を手櫛で整えた。うん、結構いい感じ。


 正門のところへ向かうともう既にバスが到着していてリュウが私を手招いていた。


「ヒイロ!こっち、こっち!」


 小走りでリュウの方へ向かうと、リュウがバスの運転席に向かって言った。


「これでみんな揃ったんで、お願いしまーす!」


「はーい。」


 その運転手さんは優しい声でそう答えた。彼は紺のチェックシャツの私服を着ている……多分この学園の先輩かな。慣れた手つきで車を走らせ始めると、バスは学園の門を出た途端に……なんと空中を飛び始めた。


 ブーーーーーン…


「うおおお!?」


 私は初めての飛行体験に手すりを掴みながら叫ぶと、車内に笑いが起きた。


「大丈夫だよ!でも危ないから座れば?」


 笑うリュウに諭されて、私は運転席のすぐ後ろの彼の隣の席に座った。周りを見回すと、バスの中には運転している先輩の他にも何人かいたけど皆知らない人達だった。あれ?グレッグ達は来ないの?疑問に思ったことをリュウに聞いた。


「ねえねえ、他の皆はこないの?」


「いや、もう既に到着してるよ。このバスが最終便だから前のバスに乗ったんだって」


 なるほどなるほど、それならいいや……知らない人ばかりすぎるとちょっと緊張するからグレッグ達が居てくれるならそれでいい。するとリュウが私の肩を叩いて、窓の外を指差した。


「あれ見てみろよ。あそこに火山あるだろ?」


 リュウが指差した方向を見ると、確かに海の向こうに黒い煙でその周辺の空まで暗く染めている大きな山が乗っかっている島が見えた。


「あそこには赤いドラゴンが住んでいるらしいよ?」


「へえ!」


 半信半疑で少し笑ってしまった。だってドラゴン。魔法が実在しているこの世界、モンスターもいるらしいからあり得る話ではあるけれど、ドラゴンって……。


「信じられへんやろ。ほんまやで!」


「えっ。」


 我々の前の運転席でハンドルを握っている男性が我々の話しを聞いていたのだろう、前方を見たまま真後ろの私たちに話しかけて来た。


「いつやったかなぁ。ここ来て2年の時に、俺は専攻が有機魔法学なんやけど、なんかの授業の時に先生がドラゴンの赤ちゃん連れて来て、トカゲなんちゃうって笑ったら翼で空飛んだんだからびびったよ!」


 そう言って彼はハンドルと逆の手をヒラヒラさせて飛んでいる真似をした。


「へえ…本当にドラゴン、いるんですね!すご。」


「おるよー。俺が見たんは赤ちゃんやったからええけど、あんなん大人に遭遇したら終わりやで。」


 リュウと私は想像して息を飲んだ。

 それからもその運転してくれている男性と話した。どうやら彼がリュウの言っていた先輩、タライさんというらしい。


 彼はここの学校に来てから3年くらいで、前職は地上で服屋さんとして働いていたらしい。なるほど、チェックシャツをオシャレに着こなしている。髪はアシメヘアの黒髪で、キツネみたいな綺麗な切れ長の目が特徴的で、体は細い。


 どうやら我々のような地上の出身者は、ここの学園で地上から来る生徒はかなりの少数らしく、同じく地上出身の我々と親近感が湧いたようで仲良くしようと言ってくれた。優しそうで面白い話をしてくれる人と知り合えて良かった。


「もうすぐ、着くよー。」


 タライさんの言った通り、バスが空で旋回をした後に港の駐車場にゆっくりと車体を落ち着かせた。


 バスから降りると、夜の港にはたくさんの船が停まっているのが見えた。


 その中の一つ、大きな船前に立て看板が置いてあり、そこには千屋艇と書いてあった。どうやらこの船がレストランらしい!すごい!私はワクワクしながらリュウとタライさんと中に入った。


 通路を進んでいくと船内には所狭しとテーブルと座席が並んでいて、真ん中の通路からもう何杯か飲んでいた人がお手洗い、お手洗いとこちらに向かって来た。本当に狭くてすれ違うのに苦労した。大衆居酒屋のような雰囲気だ。


「……中は狭いのね。」


 私はそう小さく呟いた。


 おおー!っと後から来た我々を頬を赤くした先行組が迎えて手招き、タライさんは奥の方へ通された。どうやら彼はクラスの垣根を越えた人気者らしい。私とリュウは空いている一番手前の席に並んで座った。


 座ると同時に突然、すぐ隣の船の窓が開いた。


 ガラッ


「何にします?」


「わっ!」


 板前さんのような格好のおじさんが包丁片手に窓の外からいきなり聞いてきたのだから驚いてしまった。

 その光景を見ていた周りのみんなは笑い、それぞれ、


「初めてなんだからツネさんお手柔らかにさー。」

「急に出て来たらびっくりするよねー。」


 とワイワイ話し出した。リュウが、ハチマキを巻いた窓の外のツネさんに言った。


「あと5分後にまたオーダーお願いします。」


 するとツネさんは引っ込み、ピシャッと窓を閉めた。ツネさんと窓がどういう構造になっているのか、その疑問だけが頭から消えない。


 改めて周りを見渡した。私の前にはブルークラスの男の人がじっと静かに一人でナッツ片手にお酒を飲んでいて、その隣、リュウの前の席にはレッドクラスのローブを着ている頬も耳も真っ赤な男の人が座っていて、通路を挟んで隣のテーブルと話していた。


 リュウは最初出された水を一口飲んでから押し黙ってしまった。一体どうしたというの?それもあって、隣のテーブルと打って変わり、こちらのテーブルは静まり返っていた。


「オーダーどうしよっか?」


 私がそう聞くと、リュウがハッとした様子で無言でメニューをこちらに差し出してくれた。


「あ。ありがとう。リュウは何にするか、決めた?」


「俺?いや…。」


 なんだろう、辺りをキョロキョロと見渡している。


「どうかした?」


「いや、女の子きてるのかなって、この辺の席に座ってるの男ばかりだし……」


 男ばかり?何それ、隣に座る赤い髪の女性が目に入らないのだろうか。


「……は?」


 私が怒った声色で反応すると意味に気づいたリュウが慌てて窓を叩いて叫んだ。


「オーダーお願いしまーす!」


「流してるんじゃないよ……まあ、私は女性に見えないかもしれないけど」


「いやいやちょっと待ってそういう意味じゃないから!聞いて!あ!」


 ガラッと再び開いた窓のツネさんに、リュウは適当に私の分も色々と頼んでくれた。ドリンクを聞かれた時に、お酒飲んだことなくて怖かったので私はオレンジジュースを頼むことにした。


 しかし周りはみんな酔っている様子だ。

 やはり20歳以上って書いてあったからなのか、ここぞとばかりに皆が皆お酒を飲んでいてワイワイして楽しそうだ。


 オーダーが終わるとリュウが私の顔を真剣に見て話し始めた。


「聞いてヒイロ。この海も、あの月も、ここは人口の世界。この世界のモンスターはプログラムのバグで発生した突然変異の生き物らしく全てが凶暴で、世界はまだ出来てから歴史が浅いからか、自然に囲まれた所が多いし、いつ命を落とすか分からない。」


 急に何をそんなに語り始めているのだろうと少し笑ってしまった。彼の彼女を見つけたいという思いは意外と壮大なものなのかもしれない。


「そしてこの地下世界の決まりがあるんだ。それは魔力を持つ人はパートナーも魔力を持つ人でないといけないんだよ。この学園の校則でも生徒達は魔力を勉強している以上、パートナーは魔力を持つものだと決められているし、だからみんな勉強しながらもこの学園でパートナーを見つけようとしている人が多いらしい。俺の言いたいこと分かる?」


「ふふっ……分かるというか」


「そう!だから今日こそ見つけるんだってことだよ!お前も誰か男見つけてグリーンクラスらしく持ち帰れ!」


「いやいや!初日に持ち帰りとかそれはやめたほうがいいのでは……」


「何言ってんの!そんなの雰囲気だから!あ!ちょっと俺あっちの奥の席に行くね!」


 奥の席?ああ、確かに……マリーや他にもレッドローブを着た可愛らしい女性達が固まっている席が見えた。その近くにはブルーローブの女性陣も見えた。女の子は女の子で固まっていたんだ……その方角へリュウは軽い足取りで向かっていって……ナチュラルに彼女らと同じテーブルに座った。すごっ。何そのテクニック。


 しかしどうしよう……リュウが居なくなって少し寂しい気持ちになる。私の前にはブルーローブの男性が座っているけれど私と目が合うと逸らしてしまった。静かで内気な感じなのであまり話すの好きじゃないのかもと、話しかけるのをやめた。


 彼の隣にいたレッドクラスの男性は話が盛り上がっているのか隣のテーブルに行ってしまったし、辺に席を移動していると座る場所無くしそうだし、ここにいよう。リュウが頼んだものが続々と届いているのでそれを口に暫く様子を眺めることにした。


 自分や人、あるいは過去の出来事については何一つ覚えてないけど、基本的な知識はある。歯磨きのハウトゥーとか、PCの使い方とか。でもこのワイワイと盛り上がる話し声、揚げ物のいい匂い……全てが初めての体験だった。


 人に関しての記憶はごっそり抜けているから、恋愛をどうして進めたらいいのかも分からないし、PCからも詳しいことは何故か検索出来ない。だから今回はリュウみたいに積極的に行動は出来ないけど……友達ぐらいは作りたいと思った。


「おっ!ケビンとヒイロちゃんやん!」


 声のした方を振り向くと私のテーブルのところにさっきのバスの運転手、タライさんが来てくれた。知ってる人が来てくれたのでちょっと嬉しくなって笑顔になった。


「俺もここに座ってええ?」


「いいですとも!彼はケビンですか?」


 タライさんがうんと答えた。


「ケビーン、まだそのシャイな感じ治ってへんの?俺と二人だったらべらぼうに話しまくるのに……ヒッヒッヒ!」


 タライさんが私の隣に座ったのでそばにあったリュウがオーダーした誰も口のつけてないカクテルを渡そうとすると彼が首を振った。


「あ、俺大丈夫や。実は酒飲めへんねん。一口飲んだらぶっ倒れるしそんな俺を介抱したくないやろ?」


「そうですね、それは確かにあいたっ!」


 ベシッと思いっきし肩を叩かれた。


「ヒイロちゃんオモロイやん。ほんでリュウは?」


「ああ、さっき女の子たちのところへ向かって行きました」


「そうなんや〜必死やな。ヒッヒ」


 じっとリュウの方を見るタライさんの横顔を見つめてしまう。切れ長の瞳、話し方の独特なアクセント。彼を見つめながらもの珍しさを感じていると、私の視線に気づいたタライさんが照れたような表情をした。


「なにー?ちょっとジロジロ見んといてー」


「べ、別に変な意味でジロジロ見てませんよ……話し方が変わっているなと思って。」


「ああ、関西弁やね。リュウや家森先生は関東出身やから地下世界の人たちと同じような話し方なんやろうけど……そういえばヒイロちゃんはどこ出身なん?」


 ゲッ……違う話題がいいな。私は頑張って違う話題を探した。


「タライさんは彼女さんとかいるんですか?」


「え!?何で急に!?もしや!?」


 いやいや、そういう反応されるとまるで私がタライさんに興味あるみたいになっちゃうじゃないの!でも確かに今の質問はきわどかったね……すみませんでした。


「なんてな、ふふ。まあおるよ。」


 いるんだ……。


「じゃあ一緒にいない方がいいんじゃないですか?」


「えっ何で?ええやん、友達とご飯ぐらい。」


 まあそうだけど……と思っているとタライさんがニコッと笑った。


「実はこの世界来てこうやって女の子と一緒にご飯食べるんはヒイロが初めてやけどな。まああんたには言ってもええか。彼女おるけど、地上におんねん」


 あっ、遠距離か!ん?地上?まあいいや。


「どんな人ですか?」


「どんな人?うーん、せやなぁ、ヒイロみたいなタイプではないね」


「私みたいなタイプではない?」


「うん、何やろ、真面目やな。」


「私も真面目ですけど。」


「え?そうやったっけ?ヒイロが……真面目?」


 ああそうですか……茶化してくるタライさんにふくれっ面をしながら話の路線を元に戻すことにした。


「それで彼女さんは真面目なんですか?」


「え、うん。真面目やな。あれや!ユーモアはないね!でも、かわいいで。きれい?うーん、かわいいやな!」


「かわいいんですか!見てみたい〜」


「ホンマ?部屋のパソコンに写真入ってるから今度見せるわー。」


「いいんですか?」


「えーよえーよ、人に見せたことなかったし見てもらいたいから」


 なんかちょっと、タライ先輩の切ない気持ちが流れてくる気がした。


「せや!今度デートする?」


「え?」


 切ない気持ちを感じた私の心を返して欲しい。まさかこのタイミングで私を誘うとは思わなかった。彼女いるんじゃないの?……それなのになんて発言をするんだとちょっと引いているとタライさんが口を尖らせて肩をどんと叩いてきた。


「嘘やんか!なんでヒイロとデートすんねん!」


「えぇ!?」


 なんでそんな嘘をついたの?…まあいいけど。


「まあもし他の女性とデートするならもっとキレイなお姉さん系がええわー」


「ベラ先生みたいな感じですか?」


「あっはは!あれは勘弁や」


 そう言うとタライさんはそこにあったナッツをぽりぽりと食べ始めた。私にも一粒アーンしてくれて、初めての行為に少し照れながら口に放り込んでもらうとタライさんが私に聞いた。


「ヒイロは彼氏おらへんの?」


 何その質問。私は首を振った。


「いませんよ。」


「そうなんやー。リュウは?仲ええやん」


「リュウはそう言う感じではないですよ。それにやんちゃな感じだし。」


「まあ確かにヤンチャそうやな。なんか色々あったんやろなぁ。俺も昔はヤンチャしてたで。」


 彼がピスタチオの殻を丁寧に空のお皿に乗っけながら言った。


「えータライさんがヤンチャしてたんですか!?イメージないです……」


「ホンマやで!無免許運転するしー」


 優しそうな雰囲気のタライさんが無免許で運転しているのを想像するとちょっとおかしかった。


「ぷぷっ」


「なんで笑うん!?無免許もしたし、たかり・ゆすりもしたで。それはもうすごかったよ。そこら中たかりまくりよ!」


「虫じゃないんだから」


 私の言葉にタライさんはお腹を抱えて笑い始めた。ああ、彼はこういう感じの冗談を言う人なんだ。なるほどね!


「ハハッ、あんたおもろいな〜!ヒイロちゃんは彼氏すぐに出来るて、心配せんでえーよ。」


 そう言うと彼は床下に落ちているピスタチオの殻を拾って皿に入れた。

 それを見た私は、彼は絶対ヤンチャしてないと確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る