第2話 グリーン寮と穴

 今日の授業…と言ってもクラス交流の日だったのでそれが終わったらこの日はもう授業は無かった。


 売店でリュウと一緒に必要なテキストや筆記用具、それからちょっとした食料を購入してから、この学園の敷地内にあるグリーンクラスの寮へ向かった。


 この学園は周りに町が無くて自然の中にポツンと存在している為、学園内の売店や食堂で全てを賄わなくてはいけない。でも売店は筆記用具から家電まで揃ってるし勿論食材もある、それに隣接する食堂はメニュー豊富で心配することは何一つ無い。


 生徒達はそれぞれクラス毎に寮が分かれていて、学園の裏口から出たところには先生方の職員寮もある。


 ベラ先生の話だと学園内にはトレーニングジムもあるそうで、彼女は毎朝体を鍛えてから登校するらしい……なるほど、美貌には訳があるものだ。私ももうちょっとここでの生活に慣れたら通おうかなと思った。何と言っても無料だし。


 しかし当たり前だけど売店は有料だ。グリーン寮の部屋に戻って帰りに買って来た麦茶や干し肉を冷蔵庫に入れて、ワンルームの私の部屋のベッドにギシッと音を立てて座った。


 やはりと言っていいのか…グリーンクラスの寮の部屋はブルークラスやレッドクラスに比べるとボロいらしい。他の寮の部屋を見たことないから聞いた話だけど。


 そりゃそうでしょ…何この床。

 冷蔵庫前の木の板が半分直角に折れていて天井に向かって突き出している。最初は気付かずに踏んでしまうところで危ないとヒヤッとした。

 直すにも……どうやら修理代がかかるみたいで、勿論そんなお金はない。


 他にも玄関の扉は、二つあるうちの一つの蝶番ちょうつがいが取れていて、暗証ロックをかけようがかけまいが、普通にドアが外れるので防犯の意味がまるでない。


 さらに極め付けはこれだった。


「これこれ…どうしよう」


 ベッドの隣の窓、この部屋は二階の角部屋なので建物の外側の壁に大きな窓があるのだが、そこに直径50センチくらいの大きな穴が空いているのだ。


 前使ってた人どんな生活してたんだろう……荒々しい性格だったのかな。それとも手を振れば魔法がポロリと出てしまうドジっ子だったのかな。そうでなければ窓にこんな穴開けられないよ……。


 そんなこんなで入った時は部屋のボロさにビックリしたけど、じっとここにいるとちょっとだけ慣れてきた。テーブルもベッドもあるしシャワーだってあるし、トイレもある……それだけだけど。無いよりはいいもんね!暮らせる暮らせる!


 私はふと思い立って、シャワールームにある鏡を見に行った。


「うーん…やっぱ思い出せない。」


 鏡には知らない顔が写っている。しかしそれは驚くことに私なんだよね。緋色のセミロングの髪の毛がサラサラなのは過去の自分に感謝してる。結ぶだけである程度オシャレ感出るだろうし。


 でも顔はちょっとなぁ…リュウが言った通り、彫りが深い気がする。醤油か塩だったら醤油顔なのかな。リュウ達とは出身が違うのかもしれない。どこなんだろう、出身……。


 ………ん〜まあいいか!そのうち思い出すか!


 そう結論づけると私はシャワールームを出て、ベッドの上に置いてある学園から支給されたPCの電源をつけて、ベラ先生が出した宿題、これからの学園生活への意気込みの作文を書くことにした。


 カタカタカタ……


 カタカタ……


 ガクガクブルブル……


 ……さ、寒い。

 隙間風というか、1月の外の風がぽっかりと開いた窓の穴からビュービュー普通に入ってきて私の体を直撃して寒い。


 ダウンジャケットを羽織って布団にくるまってPCを操作してみるけど、指がかじかんできて思うように動かないし、このままだと凍えてしまう……。


「あああああ!」


 私はいてもたってもいられず、PCの学園のサイトから売店で出来ること、というページを開いてみた。この学園専用の@アークという名のサイトは自分の時間割や学園内の設備、名簿に連絡事項のお知らせも載っている。万が一何かがあって授業がお休みの時はここに知らせが入るらしい。そんなサイトだ。


 売店で……あった!部屋の修理の依頼!それをクリックした。すると壊れた箇所の一覧表が出て来たので、私はとりあえず窓だけクリックした。


「ぁ……!?」


 高い……。やばい。なるほどね……部屋がそのままだった理由が分かった気がした。画面を呆然と見つめていると生徒割引という項目が目に入ったので、私は力を取り戻してグリーンクラスにチェックを入れた。


 割引率……0パーセント。


 何で……何でちょっと希望を持たせた?若干の殺意を抱きつつ、もしレッドクラスだったらどうなのかなと項目をチェックしてみるとレッドクラスの割引率は70パーセントだった。


「キィイイイイ!」


 ドンドン


 隣に住むマーヴィンという男に壁を叩かれてしまった。この寮、ボロいし壁も薄いから今の私の叫びが聞こえてしまったのだろう。すみませんね……。


 ああ、レッドクラスやブルークラスにクラスの豪華さでも劣るのに、割引率でも劣るなんて……そうか、グリーンクラスはちょっとアレな生徒が集まるところなのかもしれない。出来ないっていうか、うん、出来ない生徒。だからあの割引も、半ば奨学金みたいな感じなのかもしれない。


 となると今から頑張ればレッドクラスになれるのかな?そのサイトで調べてみると入学時のクジで引いた……それは実は機械によって能力値の違いで選別されてたらしく、その時に言われたクラスから移動は出来ないらしい。飛び級でもない限り。


 飛び級なんて無理だから!


「キィイイイ!」


 ドンドン


 あああ、でも寒い。このままだと生命に関わる気がしてきた……だってほら、PCのブラウンプラントの気温は1度って書いてあるよ!ブラウンプラントはここだけど、ここの気温がたった1度ってことなんだよ!どうしよ!?


 もしかしたら宿題じゃなくてPCの動画チャンネルを見て楽しいことすれば気分が紛れるかもしれないと震える手で操作してアニメのチャンネルをつけてみることにした……けど段々と手足の先の感覚が無くなってきて危険を感じたのでやはり、この穴をどうにかしないといけない。その結論になった。


 とにかく穴を塞げばいいんだ……学園の地図を見て、穴を塞ぐようなものがある場所を探す。売店で何か木の板のようなものを買ってもいいかもしれないけど、売店でATMから自分の資産状況を見た時にちょっと余裕が無さそうな感じだったのであまり大きな買い物は出来ないと思った。


 だから出来ればその物資はタダで欲しい。ああ、何処かに無いかな……格技場、展望室、美術室……のキャンバスを頂くのはどうだろうか。でもそこは美術の先生の許可なしには入れないし……あ!


 目を奪われたその施設は3階にあった。レッドクラスや音楽室などのある階だ。直接穴を塞ぐことには関係ないかもしれないけど……行ってみる価値はあるだろうから行くことにした。


 大きな学園、城のような大きなお屋敷のような、しかも校庭まであって、その外はモンスターがよく出没するので門の外に出ることは許されないけど、この学園が高台の上に位置している為か校庭からでも海はよく見える。壁に登って海を眺めている人もいる。


 学園は防御壁でぐるりと広めに囲まれている。一方は海に隣接して、一方は草原、そして更にブラウンプラントと呼ばれるうねった岩肌が遥か向こうまで続く地帯に建てられたことからこの学園はブラウンプラント校なんだと、さっきサイトで見た。


 校庭の壁から向こうはもう海で、そこからビュービューくる海風が冷気を伴っていて、ゴリ寒い。足がもつれそうになるくらいに早く走って何とか学園の玄関から中に入ると中は暖房でホカホカ暖かくて……鼻水が垂れた。


 拭いた。


 かじかむ手をスリスリと摩擦で温めながら階段を上がって行くことにした。今日は早く学校が終わったので生徒達の姿は見えなく、静かだ。広々とした学園、豪華な装飾の柱に絵画、ベラ先生がこれはロココ調なのだと教えてくれた。


 その優雅な建物の中を体を縮こませて私は廊下を歩き続けていると、レッドクラスが見えてきたのでちょっと中を覗くことにした。


 グリーンクラスとは比較ならないほどに教室が広いし、一人ずつ引き出し付きの机が備わっていた。シックな色合いの赤い壁に床と天井は少し金色だ……派手派手だけど、落ち着いた雰囲気がある。


 なるほど……きっと、レッド、ブルー、グリーンの順番なのだろう。入学する前のあの時、福引機でグリーンの球を出してしまったことが運の尽きだったのだ。それ以外に原因はない!運のせいなんだ!


 静かにレッドクラスを閉めて私は廊下の先へ歩き続けた。そしてとうとう、目的地である扉の前に着いた。


 大きめの扉は取っ手のところが少し禿げていた。少し上の方にかけられているプレートには図書室と書かれていた。ちょっと重い、その扉をグッと力を入れて開いていく。



「おお…!」


 初めて図書室に来たが、本棚の数に、部屋の広さに圧倒された。そしてとても天井が高く、ずらっと本棚が遥か上まで続いている。この学園を外から見たときに一部分だけ塔のように突き出しているのが見えたが、そうか!それはこの図書室だったんだ!


 一歩一歩ゆっくりと前を進むと、何だろう。ふわっと歴史の匂いがしてきて、少し目眩がしそうだった。柱にかけられた松明の灯りが細かい傷の入った大きいテーブルを照らしている。その芸術的な空間にしばらく時を忘れて、見惚れていた。


 しかしすぐにハッとした。違う違う、何か窓の穴を塞ぐ技術があるのではと調べに来たのだった。そう、魔法学園なんだから、魔法で直しちゃえばいい!


「どうしよう……」


 周りを見渡してため息をついた。ちゃんと私の頭でも理解出来るような本はあるだろうか。とにかく近くの本棚から何冊か本を出してみてみると、かろうじて内容が少し把握出来たので少し安心した。あまり古すぎる本は言語自体が違うので読めないわ……。


 しかしこの膨大な書籍の中からどうやって目的の本を探そうかと途方にくれた。


 じーっと本棚を眺めていると、本棚の上にカテゴリーが書かれているのを見つけた。炎魔法学じゃない…風魔法学じゃない…有機魔法学じゃない…通常実践魔学……なんだろうそれは。でももしかしたらそれかもしれない。


 私はその本棚に近寄って本の背表紙を指でなぞりながら一つ一つ確認して目的にあった本を探し始めた。暮らしの雑用魔力書という一冊の本を見つけると、それを手に取って近くのテーブルに持って行くことにした。これかもしれない!


 ちなみにここは図書室のほぼ真ん中あたりで、松明の火が付いている。もっと奥にもまだ続いているけれど、奥に進むにつれ段々と薄暗くなっており、一番奥は真っ暗で何も見えない。とてもじゃないけど怖くて近づけない。とにかくこの本さえあればいいのだ。


「ネズミを捕まえる魔法…こんなのまであるんだ」


 他には誰もいない空間で一人ぶつぶつ話しながらパラパラと本をめくって行く。


 柱にかけられている松明の炎が本を照らしている。たまに橙色の灯火が風にゆらりと揺れた。


 ギッ


 突然聞こえた物音にハッと固まる。

 図書館の入り口からその音は聞こえた。


 誰か入って来たっぽい。グリーンクラスの人間がここにくることはちょっと考えられないので、多分別のクラスの人だろうな。もしかしたら学園にいてはいけない時間なのかもと思って時計を確認することにした。


 私はズボンのポケットから入学の時にもらった校章の刻印がついた深緑色の懐中時計を取り出した。規定で懐中時計のチェーンはズボンのベルトについている。


 この懐中時計で寮の玄関のロックを解除したり、学園内の施設で個人認証をすることが出来る。聞けばブルークラスの生徒の懐中時計は青色のだし、ベラ先生が見せてくれた先生の懐中時計は深緑色の豪華な装飾のものだった。要するにここにいる人はみんな持っている。


 ん?まだ17時だから別に時間的には大丈夫だ。学園の食堂と売店以外は19時以降立ち入り禁止だけど、あと2時間ある。調べ物を続けようと懐中時計をポケットに入れて、パラパラと本をめくり始めた。


 足音が図書室の入り口手前の方で聞こえている。そこからガタッ、ズッ、と本を抜く音が小さく聞こえて来た。


「いい魔法なかったなぁ、他の見てみよう」


 私はさっきの本棚に戻って他の本を探すことにした。するとある本のところで自分の指が停止した。


 通常実践魔学入門


 ほお?という顔をして、早速手に取って目次のページを立ちながら確認してみると、水晶のキズ、ガラス修復魔法という見出しを見つけた。おおお!?これかもしれないと思ってテンションが上がってきた!


 私はその本を手に取ってさっきのテーブルのところまで戻った。これでこの通常ナンタラの魔法を使って窓の修理が出来たら……修理業者に頼まなくていいんだから儲け物だよね!ヒッヒッヒ!そう考えると笑いが止まらなかった。笑いが止まらないし、文章を読む眼球の高速運動も止まらない!


 因みにさっきまでの足音は、何処かへ消え去っている。きっとその辺でじっとして本でも読んでいるのだろう。まあ今はそれどころではない。ここに儲け話が転がっているのだ!そんなことを気にしている場合ではない。

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