3話「イチゴとコーヒーと私」

「わわ、今日の食堂は大繁盛やなぁ」

「ホントだ、どーしよっか」

 昼休みの食堂。一階の校舎を入ってすぐにあるここは今、満員電車に勝るとも劣らないほどの人口密度であった。

 萌佳、凛と一緒に昼食をとろうと来たのはいいが、私たちの席を確保することは難しいだろう。先に購買部に寄り、時間を使ってしまったのが致命傷だったのだろうか。これだけ混雑するならもっと席を増やしたっていいはずだと、教師たちに対する不満がとんがり口から漏れだす。

「二人がいいんならさ、穴場知ってるかも」

 どうしようかと悩む二人に私から提案をした。

 確か中庭の端に、六人くらいが座れるようなテーブルベンチがあったはずだ。校内の探検をしていた時に偶然見つけたのだが、なかなか気づきにくい場所にあったのでそこならまだ空いているかもしれない。

「まあうちはどこでもええよ? ほら、別に教室戻ったら座れるし」

 だめだ! その言葉を凛が遮り、私たちの数歩前に出てこちらを振り向いた。そして目に力を入れ、熱心な様子で話し始める。

「せっかく売店で伝説のパン買ったんだよ? 教室で食べるのは味気ないって!」

 本校の売店では一日十食限定の期間限定パンが売られており、四月は「どっさりイチゴパン」となっている。手作りジャムには今が旬のイチゴがふんだんに入っており、どこで買うパンよりも美味しいと校内では大好評なのだ。その評判に比例するように競争率は極めて高く、購入難度の高さから幻だの伝説だのという異名を獲得している。

 私たちはこの伝説に幾度となく挑戦し、入学して二週間目にしてようやく三人分を確保する事に成功したのだ。これでも運が良かったのだろう、勿論今日だって危ない戦いだった。

「もー、しゃあないなぁ。じゃあさくやちゃん案内してくれる?」

 萌佳は依然として語る凛をなだめながら笑いかける。私はおまかせあれと手を胸に当て、お屋敷にいる執事のようなお辞儀で答えてみせた。



「木陰になっとるし、ええ所やなぁ」

「でしょ? ちょい前からここ気になってたんだよね」

 そこに人は居なかった。

 横には白く塗装された校舎の壁が高くそびえ、向かいは花壇や背の低い木で囲まれている。やはりここに気づく人は少ないのだろう、まさに穴場である。

 頭上では木の葉がキラキラと光り、葉っぱの擦れ合う音が風に乗って流れてくる。まるでピクニックに来たような、ボサノバでも流したくなる爽やかな気分。

「ナイスっすな! 静かだし気に入った!」

 年季の入った木製のテーブルに置いた、先ほど売店で購入した紙袋。萌佳のは二つに分かれている。数回昼食を共にして、彼女が大食漢であることは知っている。それにしても……一体どれだけ買っているんだ。

 視線を手元のそれに移し、期待に胸を躍らせながらゆっくりと開ける。中から丸々と太ったパンが姿を現した。これが例の貴重なパン、どこかキラキラと輝いて見えるのは気のせいだろうか。

 伝説のパンよ、今、イチゴの封印を解いてやる。そう念じながら大きなそれに顔をうずめた。すると中からは甘く煮詰められた、みずみずしく大きなイチゴが挨拶をする。口の中には春の幸せが広がり、自然と頬が重力に従って緩んでしまった。

「うまー……」

 私たちは黙々と甘酸っぱいイチゴを楽しんだ。一口、また一口と。

 あっという間に私たちのお腹の中に収納されてしまった。手に入れるまで苦労はしたが、それを考えてもお釣りが買えるほどの幸せである。大満足だ。


「あの、さ。相談があるんだけど」

 昼食を終え、紙パックのカフェオレを飲んで落ち着いている私と萌佳に、凛がそう切り出した。ストローを口に咥えながら、浮かない顔の彼女に横目をやる。

「この学校に幼なじみが二人居てさ、昔から楽器いじって遊んでるんだけど……」

 俯きながら話す彼女。普段の活発な様子とは違う雰囲気から、凛にとってそれは重大な話であることを理解した。

 少しの沈黙、私は次の言葉を待つ。凛が顔に力を入れ、顔を上げた。

「その、幼なじみがいるバンドのドラムをしたくて!」

 それで、掛け持ちになっちゃうんだけど……と再び消え入りそうな声になっていく。

 二つのバンドを行き来することは当人にとって負担であるだろう。それに彼女の話を聞く限り、その幼なじみのバンドを優先したいように感じた。

 私はなるべく表情を崩さないようにしていたが、正直言うと寂しいという気持ちがあった。まだ一週間くらいだが、学校にいるほとんどの時間を凛と一緒に過ごして楽しかった。そんな彼女が少しだけ遠くに行ってしまうような気がして。 

「分かった。まあその、なんだ、あんまり気負わないでね」

 なんとかひねり出した言葉を彼女にかける。私にそれを止めることは出来なかった。しかし、一週間目にして早くもバンドに大きな問題が発生した事はやはり憂鬱である。

「私も応援しとるからなぁ、リンちゃん!」

 そして萌佳からも励ましの言葉がかかる。一番悩んでいたのは凛のはず。それを話してくれたんだから、絶対に彼女を応援するべきなんだ。

 不安げだった顔が、少しずつ笑顔に変わっていく。

「二人とも、ありがとね」

 春の温かい、優しい風が私たちの前を吹き抜けた。



―――――――――――――


「よし! 確保ぉー!」

 私の名前は小名夕維こな ゆい、ぴっかぴかの高校一年生です!

 そんな私はついに、ようやく! 幻のパン、「どっさりイチゴパン」を確保いたしました!

「3週間……長かったよ……!」

 感動してます! めちゃんこ感動です!

 それじゃお金を払ってー! 上機嫌で中庭にでも向かっちゃおっかなー!

「あーごめんねお姉ちゃん、さっきのでイチゴパン売り切れだねぇ」

 レジから申し訳なさそうな売店のおばちゃんの声が一つ。

 後ろから殺気を感じます。ゆっくり振り返ると、金髪の派手な人が恨めしそうな目で私と私のパンを……

「ぎゃー! ごめんなさいー!」

「えっ? おい! 待てって!」

 こわい。私は一目散に逃げました。

 しかししばらく経っても私の走る足音とは別の足音が後ろから一定の間隔で聞こえてきます……追われているのです!

「おい! 待てー!」


「はぁ、はぁ、はぁ、」

 一階の食堂から四階まで一気に上がって、一年生が並ぶ廊下を端から端まで横断、そこから再び一階まで駆け下り、中庭の小さな芝生に到達した所で二人は力尽きた。

 全力疾走し、干からびたように横たわる夕維と金髪の人。

「ごべん……だざい……はぁ、はぁ、だべ……ないで……」

「はぁ、はぁ、食べんわ……」

 これ……と、肩で息をしながら彼女は手を伸ばして私に何かを渡す。細くて奇麗な手の中には、銀に光る百円玉があった。

「お前これ……落としてたから……うう、気持ち悪……」

 夕維は豆鉄砲をくらったような顔になって彼女の切れ長な目を見る。

 わざわざ私のために届けてくれたのか。こんな、死にかけになるまで。

「なんだ……イチゴパン取られたから、食べられちゃうのかと……」

 安堵と当時に体から緊張感が抜ける。

「いや……まあ私も狙ってたから残念だけどさ、それはお前のもんだろ」

 一見怖そうな見た目だが、すごくいい人なのかもしれないな。外見と差があるほどいい人に見えるなんとかの法則が作用しているのだろうか。しばらく息を整えた後に、よし、と息を吐いて彼女の方に近づく。

「ならさ、お金届けてくれたお礼! 半分あげるよ!」

 いいのか!? 彼女は目を輝かせた。さっきまでの獲物を狩るような眼差しとのギャップがなんだか可愛い。そんな彼女に笑顔で返事をして紙袋から例の物を取り出す。

「あ、私、小名夕維っていうんだ、よろしくね!」

 パンを半分にちぎりながら少し遅い自己紹介をする。

「私は山緑朝海やまみどりともみだ、よろしくな」

 微笑を浮かべながら挨拶を返してくれた。

 いただきまーすと元気よく挨拶をし、私と彼女は同時に太った半円に頬張る。

「おいひー! イチゴさいこー!」

「美味いな……ホント美味い」


 それから昼休みが終わるまで話して連絡先も交換して、またお昼食べようねと約束もしました!

 なんだか楽しい友達が増えた気がします。今日は良い事ばっかりです!




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