Page05:一日前の出来事~フレイア・ローリングが求める人材~

 話はレイとフレイアが出会う一日前に遡る。


 単刀直入に言おう、フレイア・ローリングと言う少女は天才と呼ばれる部類である。

 セイラムシティに越してきてまだ一年と少々であるが、その僅かな期間中に養成学校を飛び級卒業(主に実技で)。

 ギルド加入後は高難易度の依頼の数々をこなし、若干17歳にして今では期待の大型ルーキー集団との呼び声も高い操獣者チーム【レッドフレア】のリーダーを務めている(アホだけど)。

 更に彼女の契約魔獣は、高ランクの火炎魔獣イフリートである。

 強さ、カリスマ、栄光。

 【ヒーロー】の称号に憧れ奮闘する者が多いこの街で、その称号に最も近い存在は誰かと聞かれたら彼女の名を上げる者も少なからず居る程にはランクの高い操獣者である。

 ギルドの期待の星と言って差し支えないだろう。


 そんなギルドの未来を無理矢理背負わされた(?)フレイアであるが、彼女が今何をしているのかと言うと――


「今月十本目……剣も、サイフも、ボロボロ……」


 喧騒に包まれたここは、ギルド本部の受付兼大食堂。

 周囲で賑やかにしている操獣者達とは裏腹に、今にも消え入りそうな声と眼でフレイアは食堂の机に突っ伏していた。

 生きる屍となってはギルド期待の星も形無しである。


「姉御~、元気出すっス」


 隣でフレイアの背中を擦り、慰めるライラ。若干呆れの表情も混じっていたが、無理もない。

 数日前の戦闘によって、フレイアの破壊した剣は今月十本目となった。それも全て強度硬度を最高値まで高めた逸品である。お安くは無い。

 高難易度の依頼を数こなし、随分と収入はあるフレイアだが……毎度毎度豪快に必殺技を放つせいか、収入と支出があまり変わらない生活を送っていた。


 食堂の片隅で腹の虫を大きく鳴らすフレイア。目の前に置かれている空き皿にはマッシュポテト(最安メニュー)が入っていたが、とうに食い切っていた。


「こんな時にあの娘達がいれば、空腹だけでも満たせれたのかも」

「姉御~、一ヶ月は帰ってこないんスから、無い物ねだりしてもしょうがないっスよ」

「うぅ~、剣と……ご飯」


 普段の火力が高すぎるせいか、胃袋の燃費が悪すぎる少女フレイア。

 これでも普段は頼れるチームリーダーだと言うのだから、人間とは分からないものである。

 流石にライラも、フレイアの姿に哀れみを抱いてきた。


「お金入ったばっかだし、ランチくらいなら奢るっスよ」

「マジでッ!? ライラって女神!?」


 先ほどまでの消沈はどこへやら、ライラの提案に飛び上がって食いつくフレイア。

 そんなフレイアの様子を見て、ライラは静かに「ボクのお財布は生きて帰れるかな?」と考えるのだった。


 メニュー表を見ながらなにを注文するか考えるフレイア。

 転機はその直後に訪れた。


「ライラ、フレイアお疲れ…………って、フレイア財布に余裕あったんだ」

「女神ライラ様の奢り!」

「あはは……程々にしてあげてね」

「ジャッ君お疲れ……お財布が召されない様に神に祈って欲しいっス」

「難しい依頼だね……」


 生気のない瞳で乞うライラだが、恐らく無理だろう。

 軽率な提案はしないに限る。


「おうお前ら、また依頼先で派手に暴れたらしいじゃねーか!」

「あ、親方さん、どーも」

「お父さん、派手に暴れるのは姉御だけっスよ!」


 筋肉隆々、2メートルはあろうかと言う身長も相まって大熊か何かに間違えられそうな男がフレイア達に話しかけてくる。

 モーガン・キャロル。魔武具整備課のトップであり、ライラの父親だ。

 ちなみに見た目は武闘派だが、中身はバリバリの頭脳派である。


「ガハハ、良いじゃねーか! 若い頃のエドガー……あぁ、ヒーローもそんな感じで暴れまわってたんだぜ!」

「そうなの?」


 キラキラした瞳でモーガンの話に耳を傾けるフレイア。


「そうだぞ! よーし、お前たちにセイラムのヒーローの話を――」

「はいはい、長話はまた今度にするっス!」

「えー」

「えー」


 英雄譚を語ろうとするも娘に遮られるモーガン。

 ワクワクと期待していたフレイアと思わずぶー垂れてしまう。


「お父さん、姉御の剣もっと頑丈に出来ないっすか?」

「なに? おいフレイア、お前また剣壊したのか!?」

「柄を残して、こう……粉々に」


 そう言いながら、フレイアはかつて剣だった残骸を取り出す。

 柄を残して後は消え去った何か。職人が見れば号泣ものである。


「はぁぁぁぁ……フレイア、お前今月九本目だろ?」

「残念、十本目」

「威張るな小娘!」


 せっかく作った剣がこうも短期間でお陀仏し続ければ、職人も小言の一つや二つ言いたくなるものである。


「ねーお父さん、姉御の剣どうにかなんないっスか?」

「僕からもお願いします、そろそろ何とかしないとフレイアだけじゃなくてチームの経済事情に関わるんです」

「そうは言ってもな~、今フレイアが使ってたのは整備課ウチで作れる最高強度の剣だぞ。しかも殆ど特注みたいなもん」


 そこを何とか、とジャックに言われて考え込むモーガン。


「やっぱり、もっと頑丈な素材を探さなきゃっスか?」

「ん~、ここまでくると剣の素材云々の話じゃなくなるな」


 どういう事だと、モーガンの方に視線を集めるフレイア達。


「術式だよ、魔武具の中に組み込まれる術式。それをフレイアに合わせた特注品にするしかない」

「あ、専用器ですか」

「専用器?」


 モーガンの言葉でその意図を理解したジャックとは対照的に、頭の上にクエスチョンマークを浮かべるフレイア。


「お前本当に操獣者か? いいかフレイア、専用器ってのはな――」

「簡単に言えば所有者の特性に合わせて、専用の術式を施した特別な魔武具っス」

「えっと、つまり……アタシだけの最強?」

「ザックリ言えばそういう事っス」


 台詞を奪われて不満そうな表情を浮かべるモーガン。

 だが幸いライラの説明でおおよその事はフレイアに伝わったようだ。


「なら話が早い。親方、専用器作って!」

「悪いが、そりゃ無理な相談だな」


 希望が見えた途端に消え去った。出鼻を挫かれたフレイアは口をあんぐりと開けた表情になった。


「な、なんで?」

「やっぱり、時間ですか?」

「まぁ、それも一つだな」


 事情を察したらしいジャックに「時間?」とフレイアは問う。


「うん、専用器の開発にはトライアンドエラー……つまり何度も試行錯誤を重ねて所有者の特性に合った物を作らないといけないんだ」

「ウチの整備課って結構多忙っスからね~。単純に人手を割けないと思うっス」

「いやまぁ、それもそうなんだが……ぶっちゃけた話、ウチの整備課の面々でフレイアに合った術式を作れる程の実力者がいねぇ」


 人手不足と技術者不足。

 解り易く深刻な壁にぶつかったフレイアは、再び机の上に突っ伏した。

 完全に詰みだと思い込み、またもや生気の抜けた表情になるフレイア。

 しかしここでモーガンが一つの提案をする。


「まぁ術式の構築ができる奴を探せば何とかなるにはなるが……」

「え、なになに? なんか方法あるの?」

「専属整備士ってやつだ、お前らのチームに付きっきりで魔武具の整備や開発をするやつ」

「あ~なるほど、つまり姉御に整備士をくっつけて手っ取り早く専用器を作ってしまおうって事っスか」

「そういう事だ。良い機会だし、お前ら専属整備士の募集でもかけてみたらどうだ? ダメ元だろうけどよ」


 モーガンの提案を聞いたフレイアの中に一つの方針が定まる。

 専属整備士を仲間にする。フレイアの頭の中では「すごいせいびし」の像が浮かんでは消えてを繰り返していた。

 一方でジャックとライラは気難しい表情を浮かべていた。


「専属……専属っスか」

「僕達の現場ってかなり荒事多いよね」

「しかも姉御は実戦の時が一番力を発揮できるタイプっス」

「そうだね~、やっぱりアタシを知って貰うにはアタシの戦いを間近で見てもわなきゃだしね」


 フレイアの中で募集要項が決まった瞬間である。


「親方! アタシ専用の術式を組めて、アタシと一緒に戦える、そんな整備士紹介して!」

「前者はともかく、後者は無理だな」

「即答!?」


 自信満々に募集要項を出したフレイアだが、即座に没を喰らってしまった。


「理由は二つある。一つはお前専用の術式が組める実力者だ、これを探すだけでも相当苦労する」

「まぁ、整備課のトップが無理宣言したっスからねぇ……」

「もう一つは戦える整備士ってところだ」


 フレイアはともかくとして、ジャックとライラにも二つ目の理由は察しがつかなかった。


「確かにフレイアが言った通り、操獣者ってのは戦いの中でこそその真価を発揮できる。なら、その戦いを間近で見れるだけの力を持った整備士こそが専属整備士に相応しいってのも正解だ」

「だからそういう人を探すって言ってんじゃん」

「まぁ最後まで聞け、元々整備士ってのは非戦闘員っつー前提がある。整備士としてのスキルに加えて、戦闘の実力も兼ね備えた人材……確かに居ない事は無いが、数があまりにも少なすぎる」


 ここまで来て何かを察したライラは恐る恐る聞く。


「お父さん……それって、もしかして」

「あぁ、そういう人材はベテランチームや大規模なチームにみんな持ってかれちまう。今のセイラムじゃあ全員売約済みさ」

「親方さん、戦闘可能って項目を除いたら整備士見つかりそうですか?」

「ん? まぁ時間は掛かると思うが……いけるだろ」

「ヤダ!」


 モーガンの話を聞いて妥協案を出すジャックとそれに答えるモーガンだったが、肝心のフレイアがその妥協を拒否した。


「術式も組めて戦える整備士がいい!」

「いやだから、それが無理なんだって」

「一人くらい売れ残りが居るかもしれないでしょ!」

「姉御、売れ残りって……」

「親方、ホントに誰もいないの?」


 腕を組んで考え込むモーガン。フレイアが出したハードルの高い要求に何とか応えようとするあたり、人の良さが滲み出ている。

 モーガンは知りうる限りの整備士を思い浮かべながら「あれでも無い、これでも無い」と該当者を探し続ける。


 見かねたジャックが「やっぱり地道に探そう」とフレイアを諭そうとしたその時だった。

 目を見開いたモーガンの頭の中に、一人の整備士の存在が浮かんだ。

 しかしモーガンはすぐに顔をしかめた。コイツは色々と難しすぎる……。


「一人だけ、アイツなら……いや、でもなぁ……」

「何々、誰かいるの!? 戦える整備士!?」


 モーガンが何かに思い当たった事を察したフレイアは、目を輝かせながら身を乗り出す。

 しかし、モーガンは顔をしかめながらフレイアに教えるのを躊躇ってしまう。


「大丈夫大丈夫、ちょっとくらい変な奴でも大歓迎だから!」

「変、と言うか……色々難しい奴と言うか……」


 モーガンがそこまで教えるのを躊躇うような整備士……モーガンの様子を見たジャックとライラは一つの答えに行き着いた。


「もしかして、レイ?」

「もしかして、レイ君っスか?」


 ジャックとライラの答えを聞いたモーガンは溜息を一つついて、正解だと認めた。

 その瞬間、ジャックとライラは何故モーガンがここまで言いよどんだのかを理解してしまった。


「あ~レイ君……レイ君っスか」

「確かにレイならフレイアに必要な術式を組むのも朝飯前だろうし、戦闘もそれなりにこなせるね……けど、レイかぁ……」


 ジャックとライラも、モーガンと同じようにしかめっ面になってしまう。

 これにはフレイアも少々動揺した。


「え、何? そんなにヤバい人?」

「いや、ヤバいじゃ無くて……気難しい人?」

「仲間にするどころか、剣の開発依頼すら受けてくれない可能性もあるっス」

「まぁ腕の方は俺が保証するけどな、術式構築のセンスだったらセイラムでもトップクラスだ」


 まさかの魔武具整備課トップのお墨付きに動揺が消し飛んだフレイア。

 フレイアの中で、これは何としてでも仲間にしたいという気持ちが間欠泉の様に湧き出てきた。


「親方、そのレイって奴はどこに居んの?」

「え、フレイアお前、スカウトする気か?」

「実際会って良い奴だったらね~♪ それに、魔武具整備も戦闘もどっちも出来るスゴイ奴なんでしょ!」


 満面の笑みを浮かべて、完全にスカウトする気満々のフレイア。

 モーガンはしばし悩みながら、フレイアを見定めるように見つめる。

 やがて自分の中で決着したのか、モーガンは仕方なさそうに息をついた。


「ダメで元々でも構わねぇか?」

「問題なし!」

「住所、紙に書いて持ってきてやる」


 笑顔でサムズアップするフレイアを見て「これは諦めるような性質ではない」と悟ったモーガンは、「ちょっと待ってろ」と言って席を離れた。

 モーガンの姿が食堂から見えなくなっても、ジャックとライラは悩むような表情を浮かべていた。


「姉御ォ、今回ばかりはスカウト失敗も覚悟した方がいいっス」

「何で? そんなに凄まじい人なの?」

「いやぁ……その……」


 言いよどむライラに「僕が話す」と言って続きを引き受けるジャック。

 少々言いにくかったが、レイを良く知る人間だからこそジャック言わねばならないと考えた。


「レイと言う人間を端的に表すなら、これしか無いね」


 覚悟を含んだ目でジャックはフレイアに告げた。


「恐らく……この街で一番、ギルドを恨んでいる人間だよ」


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