第4話 光無い世界

 なんだか、暖かい夢を見た気がした。

 涙が出るほどに、楽しげな夢。

 もう内容は忘れてしまったけれど、そう心が伝えてくる。

 名残惜しさを振り払って体を起こし、時計を確認する。

 だけど、今日はやけに暗かった。

 暗くて、何も見通せない。

 疑問に思いながらも、手さぐりに窓を開ける。

 陽が差し込み、いくらか明るくなる。

 だけど、相変わらず、何も見えなかった。

 そんなはずはない。と、必死に光を求める。

 自然と、あの日を思い出していた。

 当たり前でかけがえのない何かを、確かに失ったあの日を。

 戦慄が走り、衝動が体を突き動かす。

 机に腕をぶつけ、椅子に足を引っかけ、自分がどうなっているのかもわからず倒れこむ。

 痛みに腕を引き目元にやると、確かに瞼は開いていた。


 どうやら、俺は失明したらしい。

 把握できたのはそれくらいだった。

 音でやってきた親に病院に連れてこられてからは、検査と診察で大わらわ。

 果てには学校の教師までやってきて大騒ぎだった。

「昨日の夜、何があったんですか?」

 誰だろうと思っていると、所属と名前を言われる。

 それで思い出したが、昨日の医者だ。

 よく考えれば当然のことだった。

「特に、これといって何も」

 そう言うと、つらければ無理に言う必要はありませんよ。と、気遣うように返してきた。

 だが、普通に考えて昨夜のことより、視力が奪われたことのほうがつらいだろう。


 全盲だが、瞼が開いているときと閉じているときには差があった。

 いくらか明るくなる。それがちょっと意外だった。

 

 周りはうるさかったが、当の俺は案外落ち着いていた。

 あまりにも唐突で、まだ受け入れ切れていないからだろうか。

 現実感がなくて、夢を見ているような気分になる。

 映画を見ているような感覚で、いまいち自分のことだという実感が持てない。

 俺が思ったことといえば、

「これじゃあ曲書くのきつそうだなあ」

 ということくらいだった。


病院で生活するようになってしばらく過ぎた。

白杖の使い方とか、簡単な運動とかのリハビリをして、食べて、寝る。

することといえばそれくらい。

 正直この退屈は予想外だった。

 読書もできない。アニメも見れない。もちろんテレビもYouTubeも。

画面を操作できないとここまで何もできないと知った。

 だから、俺はずっと音楽を聴いていた。

繰り返し、繰り返し。いろんな曲を。


一応試してみようと、ノートパソコンとキーボードを持ってくるように頼んだ。

親は驚いていたが、快く持ってきてくれた。

心配をかけてしまってで申し訳ない。

使えるかどうか不安だったが、手さぐりで何とかなりそうだ。

時間はたくさんできたから、集中して曲を作ってみよう。

 

 あの夢を見る回数も増えてきた。

 夢の中でもしっかり時間は経過しているようで、毎回続きから始まる、気がする。

 都合のいいことに、夢では目が見える。

 それで逆に驚いてしまった。

 最近では多少は覚えていられるようになった。

 夢で作った音を脳内再生できるくらいには。

 今はそれをPC上に書こうと奮闘している。


 目が見えていた時から感じていた視線。

 あれもなんだかんだでまだ感じている。

 以前見たサイトでは視線を感じるのは視覚情報で、背後からの目線は大抵勘違いらしい。

 では視覚を失った俺が視線を感じるのはどういうわけなのだろう。

 医者に尋ねたところ。

「君は他人の目や評判を気にするタイプかい?」

 と意外そうに聞かれた。

 首を振ると、それ以上の推測は出てこなかった。

 なんでも、他人の評判を気にする人はそれらからストレスを感じ、病気になることも多いらしい。

 俺は話した感触から可能性を除外していたとか。

 失礼な。いや、あってるけど。


 視線の先にはもちろん誰もいないし、勘違いで間違いはないのだが、俺には確かめるすべがない。

 日に日にその感覚は強くなっていて、看護師さんと間違えるほどまでになっていた。

 誰かに見られ続ける感覚というものはあまり気分がいいものではない。

 だが、身内のいない病院では、目が見えた時から感じていた視線というのは、数少ない普段通りのことで、思いのほか不快ではなく、むしろ安心感さえ覚えた。


 そんなことを、ぼんやりと考えていた時だった。

 その歌が聞こえてきたのは。

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