乙女ゲームの攻略対象キャラのポジションに転生しました。って、アタシ女の子なんだけど⁉

無月兄

第1話 プロローグ


 賑わっていた文化祭が終わり、今は後夜祭の真っ最中。校庭にはファイアストームが焚かれて、生徒たちの多くは男女でペアを組み、楽しそうにダンスを踊っている。

 中にはペアを作れずに寂しげな表情を浮かべている生徒もいるけど、まあ元気を出せと言ってあげたい。何故か男二人でペアを作っている輩については触れないでおこう。

 そんな校庭の喧騒とは打って変わって、校舎内は静まり返っていた。そして一つの教室で、向かい合う一組の男女がいた。


『好きだよ、琴音ことね


 その声を聞いた瞬間、少女の心臓は跳ね上がった。そして彼の方は優しい目をして、甘い言葉で語り続ける。


『俺は君のことが好きだ。たぶん、初めて会った時からずっと。これからも君と一緒にいたい。だから、俺と付き合ってくれないか?』

『でも、私なんかで良いの?名家の出でも無いし、大した取り柄だって無い。春乃宮君とは釣り合わないよ』

『釣り合わない?そんなの、誰が決めたの?』


 春乃宮と呼ばれた男子生徒は、琴音と呼んだ女生徒の肩に手を置き、ますます真剣な顔になる。女子生徒の方は困惑はしていたもののそれを拒むことなく、男子生徒の言葉に耳を傾ける。


『家柄と立場とか、そんなのは関係ない。そんなものより、俺は君の方がずっと大事だ。琴音は、同じ気持ちじゃないの?』


 その熱のある言葉に、女生徒は肩を震わせる。そして大きく深呼吸をした後に、本当の気持ちを口にした。


『私も、ずっと一緒にいたい。こんな事を言っておこがましいって分かってるけど。好きになっても良いの、春乃宮君?』

『当たり前だろ。それは俺が望んだことなんだから。ただ、一つお願いがあるんだけど、聞いてもらえるかな?』

『なに?』

『名前を、呼んでくれないか。俺は春乃宮の家に生まれた責任も誇りもある。だけど琴音には、一人の男として見てもらいたい。だから』


 肩に置かれていた手が離れ、解放された女生徒は数歩後ろに下がる。そして顔を赤らめながら、真っ直ぐな目で男子生徒を見つめる。そして……


『好きだよ、あさひ君』

『俺もだよ、琴音』


 そして二人の影は再び重なり、どちらが言うでも無しに目を瞑ると、唇が重なった――


「うわあおぉぉぉぉぉぉぉう!」


 画面越しにその光景を見ていた私は、思わず歓喜の雄叫びを上げてしまった。ああ、やっぱりこのシーンは何度見ても良い!二人とも、アタシをキュン死にさせたいのか!


 ……え、画面越しってことは、さっきの二人の様子は映画かドラマの話なのかって?

 違う違う。可愛らしく頬を赤く染めていた琴音ちゃんも、凛々しく愛を囁いてくれていた旭様も、アタシが大ハマリしているゲーム登場人物だよ。


 ゲームのタイトルは『あなたと繋ぐ恋』、通称『あな恋』。所謂乙女ゲームと言う奴だ。

 主人公はセレブの御子息達の通う名門校、桜崎さくらざき学園の高等部に入学した庶民の女の子。その子を操作して、イケメンの男の子と一緒にお出かけしたり悩みを聞いたりして好感度を上げていき、最終的二人に恋人同士になるのがこのゲームの目的だ。

 恋人候補の男の子は複数いて、彼らは『攻略対象キャラ』と呼ばれている。


 で、このゲームは主人公も攻略対象キャラも兎に角魅力的で、アタシは何回も何十回もプレイした。

 特に先ほど見ていた春乃宮旭、通称『旭様』は攻略対象キャラの中でもアタシ一押しする麗しの王子様なのだ。


 成績優秀スポーツ万能、優しくて上品で家が大金持ちで……まあ良い所を上げるとキリがないくらいの完璧超人。これはもう夢中になるなという方が無理というもの。ヒロインの琴音ちゃんは庶民だけど、立場や家柄なんて関係無しに彼女を愛するそのイケメンぶりに、どれだけ狂喜乱舞させられた事か。このあな恋はアタシの生き甲斐、人生を賭けて愛するゲームだった。


 えっ、人生を賭けるは、いくら何でも大袈裟じゃないかって?ところが、これがちっとも大袈裟じゃないのよ。

 それと言うのも今まで話してきたのは全てアタシの前世での記憶。二人のラブシーンも、それを見て興奮していたアタシも、全て過去の出来事。実はアタシ、前世では若くして死んじゃったんだよね。


 どうして死んだのかはよく覚えていない。何せ思い出せるのは全てあな恋のことばかり。どうやら前世であな恋への想いが強すぎたらしく、生まれ変わってもその記憶だけは手放すことが出来なかったようだ。

 ね、これだけでもアタシがいかにあな恋に人生を賭けていたかが分かるでしょ。


 そしてその愛は、今世でも止まるところを知らない。いや、むしろより一層強くなったと言っても良い。何せアタシが生まれ変わった今世というのは、なんとあれほど愛してやまなかったあな恋の世界だったのだから。

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