舞い散るは誰が涙か

早瀬翠風

花は零れて

めるあいびー?


ああ。それならば青葉のことでありんしょう。

銀の髪に青い目の。

それはきれいな子でありんした。


え? 

みな知らぬと言った?

そりゃあお前さま。この花街でホンの名を頼りに探しても見つかるはずがありんせん。

ここの花はみな、おのれの名も言葉も忘れて咲くのでありんすから。


それで。

青葉に会いたいと?

呆れたお人でありんすなあ。

あっちの座敷に登がっておいて、余所のおんなの話をするだけでも業腹でありんすに。


まあ、よござんす。

青葉のことはあっちも好いておりんした。

ちいっと思い出話でもいたしんしょうか。

まあ一杯お上がりなんし。



青葉は変わったおなごでありんした。

生まれの所為でありんしょうなあ。

初めて遊廓さとに連れられてきたときには、みな目を丸くしたのでありんすよ。

だってお前さま。あの子の格好ときたら。

腕も脚も剥き出しで。

薄い衣を一枚巻いただけのあられもない姿で。

いかな遊女でも、そんな格好で出歩いたりはいたしんせん。

でもあの薄布、きれいでありんしたなあ。縮緬とはちょいと違う、透かしの入った織り地でね。

青葉によう似合うておりんした。

それから。

見たこともないような白い肌で。

陽に霞む、流れるような銀の髪。

澄んだぎやまんみたいな薄青の瞳。

薄うて頼りのうて。

なんぞこう。幻のような娘でありんした。


あの子が儚気なのは、すがただけじゃありんせん。

細い、出た先から消えていきそうな声で。

はじめの頃は言葉も分かりいせんし往生しんした。

けどね、お前さま。

その小さな声が何とも愛らしいて。

いつまでも聞いていたくなるのでありんすよ。


花が綻ぶのを見て笑ろうて。

鳥が囀ずるのを聞いて喜んで。

一緒に見ようと、聞こうと、手招くのでありんす。


え?

お前さまは青葉が幸せだったと言いんすか。

これはまた。

呆れた上に御目出度いお人でありんすなあ。

此処を何処だとお思いで。

よござんすか?

男にとっては夢の国でも、此処は地獄。

日毎、炎に焼かれ針の上に寝るようなもの。

そのなかで泣きながら咲くのでありんす。

あの子とて同じでありんすよ。


あんななりでありんしたから珍しがられて。

見せ物と同じでありんす。

銀の髪をさらりと下ろして。

白い顔にあかい紅を引いて。

まるで人形のように愛らしいから。

みな青葉を人と思うておりませなんだ。


そりゃあ旦那方は青葉を溺愛しておりんした。

紅や簪を贈って。

抱きしめて。撫で上げて。

でもねお前さま。

青葉はそんなこと、ちいとも嬉しゅうないのでありんす。

あの子が何を喜ぶか、お前さまはご存じで?

おや。まあ。

お前さまは存外青葉のことを分かっておいでる。


そうそう。

青葉はね。

食いしん坊でありんした。

なかでもぷりんが食べたいと。

だけどぷりんなんてだあれも見たことのうて。

卵に牛の乳を混ぜて蒸すのだとか?

卵なんて高価でなかなか手が出せえせんし

牛の乳なぞみな気持ち悪がって。

結局食べれず終いでありんしたなあ。

お前さまはぷりんをご存じで?

美味しい?

そう。

青葉もそう申しておりんした。


して。

廓は豪勢に見えんすか?

ええ。そうでありんしょう。

豪奢な館。美しい庭の花。煌びやかな妓たち。

運ばれる膳も豪華でありんしょう?

まあ。喜の字屋の台のものは綺麗なだけで旨うはありんせんから、頼むのならみせの膳にしよし。

その方が妓も喜びんす。


いやお前さま。

今頼めと言うているのではありんせん。

は? ついでだから?

それはありがとうおざりんす。

まあ。禿かむろの分まで? 新造しんぞも呼べと?

お前さま。若いのに豪気でありんすなあ。

ええ。ええ。そうでありんす。

あの子らはいつも腹を空かせておりんす。

見世から出されるおまんまなぞ、ほんの僅かでありんすから。


そうそれで。

青葉の食いしん坊の話。


ふふ。

笑い事ではありんせんが。

あんなに細くて儚気でありんすに。

何処に入ってゆくのかと。

ああ。お前さまもご存じで。

そうでありんす。

本当に美味しそうに。

青葉は美しゅうて可愛らしい娘でありんしたが、食べている最中がいちばん愛らしゅうござんした。


お前さまは新造や禿がどうやって腹を充たすか分かりんすか?

見世からは満足に出ない。

姉女郎がしてやれることも高が知れておりんす。

だから、

お客が残したものを漁るのでありんすよ。

がっかりした? 幻滅?

餓えを知らぬ者は幸せでありんす。

綺麗事で腹が膨れんすか?


あっちと青葉も座敷に忍び込んではようお相伴に与りんした。

旦那さんが帰ったあとのこともあるし、

お気張り中のときも。

あら。普通でありんすよ。

最中に座敷を覗くのは。

そうやって禿はおのれの定めを知ってゆくもの。

新造は手管を覚えてゆくもの。

お前さまも心に留めておきなんし。

廓に秘め事なぞありんせん。


そうやって腹が膨れると、ふたりで庭に出るのでありんす。

暗い庭に月の明かりが差して。

隅の花がぼんやりと色を落として。

それはきれいで。

そこでね。

青葉が唄を歌ってくれんした。

青葉のお国の唄なのでありんしょうなあ。

あっちにはひとつも意味は分かりいせんが。

きれいな声が節に好う合うていて

月に照らされた青葉はそれはきれいで。

今にも月の光に溶けてゆきそうでありんした。


お前さまも聴いたことがありんすか?

青葉の唄。

意味も?

教えておくんなんし。

あの子が何を祈っていたのか。

そう。祈るような歌声でありんした。


ああ。その唄でありんす。

お前さまもお上手。

ああ……ああ。

あの子はそんなことを。

いえ。泣いてなどおりんせん。

そも。おんなの涙は手管でありんす。

それも覚えておきなんし。

さとで遊ぶおつもりなら。

そうでありんすか? それは残念。


仰有るとおり。

あっちと青葉は共に育ちんした。

ともだち?

違いんすな。

青葉のことはもっとこう、

底の方で繋がっているように思うておりんす。

だからええ。お前さまがめるあいびーと訊いてきたときにも、直ぐに分かったのでありんす。

本当ならお前さま。座敷で他の妓の名前なぞ出したら八つ裂きでありんすよ。

それも覚えておきなんし。

え? 要らぬ?

ほんに。

青葉のことしか見てないのでありんすなあ。


何故、もう少し早く。


いえ。ええ。

隠しても詮無きこと。

青葉はもうさとには居りんせん。

身請けされてもらわれていってしまいんした。

きれいなお人形を欲しがる旦那さんは多かったのでありんす。

そのなかでいちばん大枚をはたいた旦那さんに。

ええ。いいえ。

何処の誰にとはお伝え出来んせん。

お前さまは危ない。

何をするか分かりんせん。


お前さま方のお国ではどうか知りいせんが。

この国で姦通は大罪でありんす。

青葉の首が飛ぶほどの。

決して。

決して、お教え出来んせん。

あっちはお前さまより青葉が大事でありんす。


ああ。

またその唄を。

お前さまもそれを祈りんすか。

青葉のために?

いえ。それでも。

それでもお教え出来んせん。

決して。


まあ、御酒でもお上がりなんし。

それとも煙管たばこ

そうして落ち着いたら、

もう一節ひとふし歌ってくださんし。

それに合わせてあっちが舞いんしょう。

ふたりで祈りんしょう。

青葉のために。



あれ。もうお帰り?

まだ五つの拍子木も鳴っておりんせんよ。

肌も合わせずに帰られたとあってはあっちの名に疵がつきんすが。

どうしても?

ほんにお前さまは。

ふふ。

まあ。よござんす。

今宵は好い昔話が出来んした。


お送りはいたしんせん。

あっちにも通さねばならぬ意地がありんす。


ああ。いつまでこちらに?

お国にお帰りの折には、是非日本橋の伊勢屋で小間物をお求めなんし。

橋の袂の大店おおだななれば直ぐに分かりんしょう。

紅も簪も好い品ばかりでありんすよ。

ああそう。

聞いた話では伊勢屋さん。

近頃珍しい小鳥を求められたとか。

巧くいけば、声を聞けるやも知れんせんねえ。


ね。お前さま。

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