【一巻発売記念】スペシャル短編!

銀毛猫は夢を見ない〈1〉

 エリオット=ハンクスが手をかざすと、ソブルム魔導学院の実験室が白い光に包まれた。


 大理石のテーブルの上には青い鉱石が置かれ、魔法陣が浮かんでいる。その中央には、目を伏せてぐったりと横たわる黒猫の姿があった。


 黒猫は息をしていない。少しやせてはいるものの外傷の類はなく、眠るようにして事切れている。今は腐敗を防ぐ魔法薬の効力で生前の姿を維持しているだけだ。

 青い鉱石の輝きは増し、黒猫の周囲を回る魔法陣に魔力が集まっていく。


(よし、これなら上手くいくはず。後は鉱石と猫の体を魔力で繋げば――)

「っ!?」


 その瞬間、鉱石に亀裂が走った。

 とっさに屈み、テーブルの下へ身を隠した直後、鉱石が爆散。もうもうと白煙が上がる。


「また失敗か……」

 エリオットはため息混じりにつぶやいた。


「なんだなんだ?」

「すっげぇ音がしたぞ?」


 先の爆発音で、近くにいた学生達が集まって来る。


「ちょっとごめん……」

 野次馬を掻い潜るようにして、一人の少女が現れた。


 ブロンドの髪から猫のような耳を生やし、学院の制服であるガウンに身を包む。

 エリオットの幼馴染みの同級生で、長命を誇る幻想種の獣人、アーシェ=ミスティ=アークライトだ。


 奇異の目を向けるギャラリーを無視して、アーシェは片付けを手伝ってくれる。尻尾が下がっている様子を見るに、あまり機嫌は良くないらしい。


「エリオ……本気でやるの?」

「ああ。既に理論部分は出来てる。後は試行錯誤して完成させるだけだ」

「だけど、ココちゃんを蘇らせる魔法の研究なんて……」


 アーシェは悲しそうな目で黒猫――ココを見つめる。


 元は彼女が飼っていた使い魔おともだちだ。生まれた時からいつも一緒で、アーシェにとっては家族同然の存在である。


 そんなココが死んでおよそ一ヶ月。


 ペットロス――もとい使い魔ロスで、アーシェはずっと落ち込んでいる。それを見かねて、エリオットは彼女を元気付けようと思ったのだ。


「俺は蘇らせるわけじゃない。死んだ生き物は生き返らない」

「じゃあエリオは何をやろうとしてるの?」

「ココの肉体をゴーレムにするんだ」

「ココちゃんをゴーレムに……?」

「そうだ。ゴーレムなら理論上、寿命はないからな」


 アーシェは幻想種の獣人である。

 ここシルジア皇国において獣人は珍しくないが、それらはすべて混血種だ。幻想種は人間の血が一滴も混ざらない純粋な獣人で、数百年の時を生きる長命な種族である。アーシェはその最後の一人であり、それはつまり誰よりも長く生きる事を意味する。


 皆、アーシェを置いて死んでしまう。エリオットも例外ではない。

 だから彼女が寂しくないよう、ココの体に新たな命を吹き込む魔法を開発する事にしたのだ。幻想種よりも長く生き、友達になれる存在を作るために。


 エリオットは砕けた鉱石片をつまみ上げる。


「これを見ろ。俺が作った人造の魂、魔導核だ」

「人造の魂……?」

「ああ。ゴーレムは術者の命令通りにしか動かない。だがこいつを埋め込む事で、自律行動が出来るだけの知性を与えられるんだよ。まだ魔導核と生物の肉体を魔法で接続する部分が上手くいかないが、理論上は可能なはずだ」

「それは……すごいと思うけど。でもエリオって召喚術科だよね。ゴーレムって錬金術の分野じゃないの……?」


 アーシェの言う通り、エリオットは召喚術科の学生だ。錬金術に関しては基礎程度の授業しか受けていないし、ゴーレムの製造法などは習ってすらいない。


「勉強した。こいつに教えてもらってな――召喚魔法(サモン)〈土妖精(ノーム)〉」


 エリオットが詠唱すると、ヒゲ面に三角帽子を被った手のひらサイズの小人が喚び出された。召喚獣としては弱いため誰も契約しようとはしないが、鉱物の知見を得るには最適な妖精だ。


「勉強ったって……費用はどうするの? 錬金術って道具や材料にお金が掛かるよ?」

「心配するな。ある程度実験したら結果をまとめて、来週にでも召喚術科の教授に直談判しようと思ってる。こいつは革新的な魔法技術だからな、きっと協力してくれるさ」




「教授、どうしてですか!?」

 エリオットがデスクに拳を叩きつけると、積まれていた魔道書が何冊か崩れた。


 教授室の窓から西日が差し、帰宅する学生達の声が遠くに聞こえる。召喚術師の教授の肩に乗る猛禽の魔獣が、警戒するように睨みを利かせている。


「どうしてもこうしてもない。却下だ、こんなもの」


 教授はつまらなさそうに鼻を鳴らした。


 切れ長の目の比較的若い男性だ。この年齢で教授職に就くからには相当優秀な魔術師なのだろう。見下すような視線をエリオットに向けてくる。


「死者の魂を冒涜する死霊魔術は国際法で禁じられている。バカな事はやめたまえ」

「死者の魂の冒涜などしていません! 俺は魂を人工的に作り出そうとしているだけです!」

「生物を蘇らせるなら同じ事だろう。魂を作ろうなど、神にでもなったつもりかね?」

「俺は理論の話をしているんです!」

「だが、実験は失敗続きだとレポートに書いてある。理論が間違っているのでは?」

「だからこそ、成功させるために教授に協力を仰ぎたいんです」


 教授はこれみよがしにため息を吐いた。


「たまにいるのだよ。過去の偉人達により積み重ねられてきた知識を蔑ろにし、自分の力だけで新たな魔法を生み出そうとする傲慢な学生が。まずは基本に忠実に、地に足を付けて勉強するべきではないかね」


 議論というよりも説教のような物言いである。もはや話し合いをするつもりもないのだろう。


「先生の仰る事はわかりかねます。俺は既存の知識を蔑ろになどしていません。過去の偉人達が築いた基礎の上に、新たな魔法を作ろうとしているんです。それを頭ごなしに否定するなど、知識人として失格ではありませんか?」

「君が何を言おうと倫理的に間違っているものを認めるわけにはいかない」

「……つまり、教授はこのレポートを理解出来なかったと?」


 その言葉に、教授は眉間にシワを寄せた。


「ふん……いいだろう。一ヶ月後に進級試験があるのは知っているな?」

「それはまぁ……」


 三年生は学生同士による実戦形式である。


 つまり、半数が振り落とされるのだ。ソブルム魔導学院の学生は有事に軍人として招集される事も想定しているため、勉強が出来るだけでは卒業出来ない。


「進級試験で君の新しい魔法とやらを披露したまえ。それで勝利出来れば、私の研究室が全面的にバックアップしてもいい」


 試験では、魔法倫理も判定の一つだ。もしそこで死霊魔術と判断されれば、たとえ勝負に勝っても敗北になる。それに召喚術科の研究室に入るには、召喚術を使用しなくてはならない。


「この魔法は召喚術ではありませんし、戦闘用でもないのですが……」

「私はチャンスを与えた。その上で無理だと思うなら諦めるのだな」


 教授は犬でも追い払うように手を振ってくる。


(……要するに、体のいい断り文句か)


 理不尽さにレポートをくしゃりと握り締め、エリオットは教授室を後にするのだった。




「ダメだったね……」

 教授室を出たところでアーシェが声を掛けてきた。


「いたのか」

「うん」

「なんでここに?」

「だって、エリオが召喚術科の教授に直談判するって言うから」

 アーシェは猫のような耳を伏せてうつむく。


「もうやめた方がいいよ……」

「どうしてだ?」

「この研究のせいで、エリオの評判がすごい事になってるから」


 アーシェの長いまつ毛が揺れる。


 聞けば、エリオットの評判はひどいものだった。


 やれ死者蘇生を試みる不届き者だの、やれ生命を冒涜する異端者だの、散々のようだ。

 そういえば、と思い返すと、見知らぬ学生達は避けて歩くようになったし、仲の良い友人達は理解こそ示してくれているが、周囲の目を気にしてかあまり寄って来なくなった。話し掛けて来るのはアーシェくらいである。


「俺は続けるぞ」

 エリオットは頭を掻きながら、

「どうして?」

「……お前が泣いてると、俺まで気が滅入ってくるんだよ」

 表情を見られないよう、顔を逸らして言う。


 そんなエリオットを見てか、アーシェはほんの少し笑った。


「……じゃあ私も手伝う」

「無理しなくていい。俺がやりたいからやるだけだ」

「私もやりたいからやるの。ココちゃんの体に新しい魂を吹き込むんだよね?」

「そうだ」

「知ってる? 私ね、ソブルム魔導学院で首席なんだよ。上級生までひっくるめて、全員の中でトップなの。その私が協力すれば、出来ないわけないよね」


 涙を拭いつつも不敵な笑みを浮かべるアーシェ。こうなると彼女は意地でも意見を曲げない。


 エリオットは肩をすくめて苦笑するのだった。

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