リーゼのヒントとその思惑

再び工房に戻ると、

何やら今度は騒がしい物音とひどく聞き覚えのある間の抜けた悲鳴が外からもルロイの耳に入ったのだった。


「この意地汚いコボルトったら。いい加減白状しなさい!」

「いてて、さっきから何を決めつけてるんだニャ」


 玄関扉を開けて工房の中へ入ってみると案の定なのだった。


「あっ、ルロイじゃニャあか!」

「あっ、ルロイさんじゃない!」


コボルトの情報屋ディエゴとモリーが声を上げたのはほぼ同時であった。

二人は取っ組み合いの真っ最中でそれぞれ相手の衣服のすそや髪の毛を引っ張りあったまた突然割り込んできたルロイを見るや、

正気に戻ったように呆然ぼうぜんと固まっていた。


「えーお二人ともなにを騒いでたんです?」

「ルロイさんが工房から出て行ったあと、御師おし様の部屋も改めて掃除してたらですね。今気が付いたんですけど御師おし様の愛用していたけっこー古い公示鳥が一羽無くなってて」

「それでそこにいつも通り食い物をねだりに来た可哀想なおいらが、公示鳥を盗んだ犯人扱いでこのアホの子につかまったという」

「ア……アホの子言うなぁ!」


彼女なりにその言葉が劣等感を刺激してしまったのか、

モリーはディエゴの首を腕の関節を利用して一気に締め上げる。


「くぉ……痛てて」


普段はふてぶてしく下品な笑顔を浮かべているディエゴもかなりこたえている様子。苦痛を搾り取るかのようなかすれた声を上げる。


「もー許さないんだから!」

「モリーさん。そのままやり続けると殺しちゃいますよ」


ルロイの言葉に冷静さを取り戻したのか、

モリーは腕の力を弱めようやくディエゴは満足に呼吸できたのだった。

ディエゴはしばらくむせると本当に哀願あいがんするようによろよろとルロイの足元へとにじり寄ると這いつくばり続けた。


「なぁ頼むニャ、ルロイ。おいらの無実を証明してくれだニャ」

「まぁ、あなたには日ごろ色々借りもありますし、ちょうどあなたの力をお借りしたいと思っていたんですよ。モリーさんディエゴをひとまず離してあげてください」


モリーは不満げに何か言いたそうであったが、

渋々とルロイの言葉に従いディエゴから手を放し、

解放され喜ぶディエゴを背に「机をお借りしますね」と言うと近くの作業台に証書を置き手慣れた手つきで、外套からペンとインクを取り出し、必要な質問文を書き連ねてゆく。

ほどなくして質問文ができあがり、

それに目を通すとルロイは厳かに目をつぶり短い祈りを捧げる。

ウェルス神の奇跡であるプロバティオを発動させるために。


「真実を司りし神ウェルスの御名において問う。汝、ディエゴ・コンティは故ヘルマン・ツヴァイクの公示鳥を盗んだか?」


ルロイがおごそかに告げる。


「も、もちろん。いいえだニャ」


ディエゴの問いにウェルス証書が白く光る。


「良かったですね……」

「と、当然だにゃ!」


内心ひやひやものだったディエゴはようやく安堵あんどしたように胸をなでおろす。思った以上にモリーの折檻せっかんこたえたようだった。


「どういうこと?」


モリーは何が何やら分からないようであった。


「まぁ簡単に説明しますと……」


真実を司る神であるウェルスの御力を得て作成された証書の質問文に真実をもって答えれば、証書は白く輝く。

それが答えた者の身の潔白を示す何よりの証として万人に提示できるものとなるのである。

質問に嘘で答えれば証書は赤く光り、

嘘をついた罰としてしばらくの間魂が体から引き抜かれるのである。

ここまでかいつまんだ説明をしてルロイはこう締めくくった。


「魔法公証人は『プロバティオ』つまり、証明と呼んでますがね。と……言うことで、ディエゴは公示鳥を盗んでいません」

「そうだにゃ、あんな不味そうなもん盗むはずがないんだにゃ。おいらがいつも盗み食いしてたのは実験用モンスターのコカトリスの方だにゃ。いやぁ、ぼんじりがウメェんだなこれが!」

「そっちかーい!」


モリーの渾身のアッパーがディエゴに決まった。

ディエゴとしては、もはや辛うじてかすれた断末魔だんまつまを捻り出すより外にないようだった。今度こそ大の字になって伸びているディエゴを背に、少しは溜飲りゅういんを下げたのかモリーは両手をパンパンと叩いてため息を吐き出した。


「それより、ルロイさんこそどうしたんですか。忘れ物でもしました?」

「それなんですがね、ついさきほどマイラーノ大橋でリーゼさんに会いまして」

「リゼ姉に!」


モリーは喜びのあまり飛び上がらんばかりに、ルロイに詰め寄った。

それからルロイはモリーとディエゴにマイラーノ大橋での出来事を記憶の許す限り正確に話して伝えた。

二人ともところどころリーゼの奇行に驚きとも呆れともとれる感嘆と上げながらリーゼの出した謎かけには頭を悩ませている様子だった。


「ディエゴ、情報屋として名高いあなたならリーゼさんの謎かけの意味が分かるんじゃないですか?」

「期待してくれてるとこ悪いニャがおいらの専門外だニャ。今現在のレッジョのことならともかく昔の伝承やら伝説やらはここのじーさんばーさんに聴いてくれニャ。ただ……」

「なんです?」

「そもそも、リーゼとか言う女エルフはどうやって赤竜とやらを呼び出すんだにゃ?そのために今日どこで何をしていたか?まずはそこなんじゃねいのかニャ?」

「あ……」


随分間抜けな話である。

と同時に、ルロイは苦虫を噛み潰す。

ディエゴの至極当然の疑問を聞き、

ルロイはようやく自分がリーゼのペースに乗せられていることに気づいたのだった。錬金術師が自分の秘儀とやらを人に聞かれた時、わざとらしく難解で抽象な言い回しで人々を煙に巻くのはこの世の常識ではないか。

どうにも、ルロイはリーゼと出会ってから調子が狂っている。


「それは、やはり魔法陣が関係しているのではないかと。私も薄っすら遠目に見ただけですがね。その大きさも大人一人が横になれるくらいでした。モリーさん、リーゼさんは召喚術にも通じているんですか?」

「専門じゃないと言ってましたけど、一通り下位の召喚獣くらいだったら召喚しているところは見たことあります。でも流石にドラゴンまでは……」


自信なさげに口を濁すモリーに、ディエゴが難しそうに唸って口を開く。


「魔法陣ね……実は、おいらもここに来る途中でゴーレムを連れまわして魔法陣を描くエルフの目撃情報をレッジョの各所で何件か仕入れているんだニャ。ルロイの証言からそれがリーゼだって事は間違いないんだニャ」

「レッジョを火の海に沈めるほどのドラゴンとなると、とかなり大掛かりな魔法陣が必要なはずです。小さな魔法陣をレッジョの各所に施す理由が釈然としませんね」

「まぁ、そのリーゼにゃがよ。新しい発見、研究のためには違法な人体実験を繰り返しその度に街を追われ、流れ流れてこのレッジョにやってきたとか。そんな噂ばかりでニャ。今回街を騒がせているのも『どうせ、ろくなこと企んじゃいない』ってのが各界隈でオイラが一番耳にした評価ニャよ……」

「リゼ姉のこと知りもしないくせに、悪く言うな!」


概ねパウルとモニカの否定的な評価が世情を代表する意見らしかった。

モリーとしてはどうにもそれが我慢なるといった様子で、

再びディエゴに食って掛かるのだった。

ディエゴは、頭の沸騰しかかったモリーに冷めた表情で首を横に振ってみせた。

 

「別においらが悪く言ってるんじゃないニャ。それと、この件に関係してるかどうか分からんニャが、リーゼの奇行より市参事会の方じゃパウルとモニカのが噂になってるだニャ」

「というと?」

「ここ数ヶ月、パウルもモニカも最近事業に失敗したらしく資金繰りが大変らしんだニャ。そこで、ヘルマンに泣きついたらしいんだニャが、ヘルマン当人は純粋に研究のみに関心がある奇人変人だらしくてニャ、自分の発明特許で金儲けしてる二人を冷たくあしらい、以後親子の関係はかなり険悪になったらしいニャ」


ルロイは二人が今回の秘密遺言書の件で躍起になっている訳がようやく腑に落ちた気がした。現実的な実業家の二人である、流石に賢者の石なんて夢物語を本気で信じている訳ではなかろうが、父ヘルマンにまだまだ隠された財産があると見込んでいるということなのだろう。


「あー、話は変わるんだがにゃ」

「はい?」

「さっきから、気になってんだがニャ。ルロイからスゲェ臭うニャ」


ディエゴに指摘されると同時、

ルロイは肝心の事を伝えることを忘れていたことに気が付くのだった。

ルロイは外套の中から,

リーゼから受け取った小瓶をディエゴの鼻先に突き出した。


「もしや、この瓶から……」

「おお、それだニャ。実は、モニカ・ツヴァイクの工房で似たようなのを嗅いだことがあるんだニャ」


娘のモニカは薬品製造に力を入れ冒険者や錬金術師向けに医薬品からはては市民向けに美容薬まで製造を手がけ、兄パウル同様レッジョ社交界では誉れ高い淑女として名をせている。

もしやと思っていたことがルロイの脳裏でつながってゆく。


「モリーさん。リーゼさんはこれの使い方をあなたから教われと」


モリーは短く呻くと、自身の記憶を手繰り寄せるように眉間にしわを寄せていた。


「えっと、そうだ思い出した。この薬、魔法の痕跡こんせきを察知する働きがあります。魔法感知薬って名前だったはず。リゼ姉がよくダンジョンとかで研究素材を集める際使ってましたね」

「と言うと?」

「見えない魔法陣でできた罠とかもあるじゃないですか。

何もないような石床とか壁に設置してあってそこに触ると発動するやつとか。

ダンジョンに元からあるものもあれば、

後から来た冒険者がライバルを妨害するために設置したものも多いんで、

それを察知するために必要なんだそうです。

疑わしい場所に薬液を吹きかけるんですよ。

そいで魔法がかかってればその痕跡に沿って光って反応するんです。

実はこれリゼ姉が発明したんですよ。

でも特許をとる段になって研究費を資金援助する見返りに、

モニカさんにとられちゃいましてね……」

「魔法による術式が施されていれば、その箇所の素材は選ばず反応すると?」

「ええ、もちろんですよ」


そこまで聞いてようやくルロイは一筋の光明を見いだせた。

それまで大事に持っていたヘルマンの遺言書をルロイは作業台の上に押し広げ、

竜の図柄を睨んだ。


「もう、これに賭けるしかないか……」

「ええっ、一体何を――――」


ルロイは小瓶の中身を遺言状に慎重に垂らしていった。


「これは――――」

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