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 三月下旬、学校は春休みに突入する頃である。高校で登校している生徒は、せいぜい春の大会等で練習をする部活の生徒だけだ。一部の生徒は追試と言うのもあるかもしれないが、この学校では特に追試が行われるような事案は存在しない事実を聞くと、この学校が優秀な高校に聞こえるかもしれない。その状況で照月(てるつき)アスカと秋月千早(あきづき・ちはや)の二人がいた場所、それは同じ草加市にあるVRゲームセンターだった。


 数日前に立ち寄った場所とは違い、筺体の配置はジャンルごとに集められている印象があるだろう。あの場所はARゲームのスペース的な事情もあるかもしれない。入口近くには駐輪場も完備し、入口の自動ドアの開いた先には注意の看板も設置されている。


【全エリア禁煙】


【お客同士のトラブルはおやめ下さい】


【筺体を壊さないでください】


 書かれている注意事項はARゲーセンと同じものが書かれており、おそらくは草加市内の認可ゲーセンは全てこの看板が設置されているのだろう。草加市以外でも埼玉県内では禁煙のゲーセンも増えている為、世論などを反映した物かもしれない。


「あれは、もしかして?」


 ゲームコーナーをいくつか見て回っている二人が発見したのは、最近入荷したと思われるゲームが設置された一角だった。ギャラリーの数も多く、プレイの映像を中継するセンターモニターも設置されているのを見て、ARゲームと似ているとも思ったのは言うまでもない。秋月は情報を仕入れるという意味でもVRゲーセンへ足を運んだ訳だが、照月の方は未知のゲームに震えが止まらなかった。


「何か見覚えのあるような画面が見えるけど」


 照月が指さす方角にはセンターモニターがあり、そこに表示されていたのはヒーローが大型レイドボスと戦うシーンである。つまり、画面に表示されているのはヒーローブレイカーと言う事になるだろう。何故、VRゲームでヒーローブレイカーがあるのか?


「フォロワー作品かな」


 秋月は落ち着いて考える。ヒーローブレイカーも元々は戦争物が全盛期だった海外産FPSが多い中で誕生した。しかし、ヒーロー物FPSはヒーローブレイカーが初ではなかったのである。それを踏まえ、彼女は目の前にあるVRゲームはヒーローブレイカーではなくフォロワー作品と考えた。秋月も別ゲームの情報は仕入れているが、ここ最近はヒーローブレイカーに集中していてあまり集められているとは言えない。


「あの画面は、間違いない。ヒーローブレイカーだ」


 照月が指さしたのは、大型レイドボスと戦っているプレイヤーの装備やインターフェイスと言った物。あのシステムは、どう考えてもヒーローブレイカーのソレである。一体、VR版とAR版を出して採算が取れるのか?


「えっ?」


 思わず変な声を出してしまう秋月だが、それもそのはずだ。稼働したのはAR版の方が早いのは間違いない事実。しかし、そこにあったのは海賊版やパクリでもない、本物のヒーローブレイカーだったのである。ご丁寧にポスターのデザインもAR版と同じ物が使われていた。



 このVRゲームを扱うゲーセン、実は数日前にビスマルクが立ち寄っていた場所のひとつだったのである。実際、彼女は筺体の入れ替えをしている現場を目撃していた。


「八台の内、半分を入れ替えるという話だが、これが人気機種なのかは分からないな」


「どのようなタイトルですか?」


「あれだよ」


 ビスマルクがタイトルを尋ねると、男性スタッフは近くにあったポスターを指さす。そこに書かれていたタイトルは『ヒーローブレイカー』である。


「ヒーローブレイカーって、ARゲーム版が出ていた?」


「ARの方は知らないが、最近になってトレンド入りしたゲームだと聞いている」


「トレンド入り?」


 店員がトレンド入りしているゲームだと言うので、改めてビスマルクはネットを検索し始める。すると、しばらくしてSNS上でもトレンド入りしている作品だという事は分かった。それ以外でもトレンド入りしているワードがあるので気になる。


 他にも事件があれば、そちらに関連したワードがトレンド入りするはずで、こう言う状況にはならないはずだ。


(ここまで人気作品であれば、入荷にも時間がかかるはずなのに)


 これだけ人気の作品が翌日に入荷と言うのもおかしな話ではある。しかし、それに関しては偶然入荷出来るだけの話かもしれない。店員のテンションからも人気機種を減らしてでも入荷する様な機種ではない――と店長には言ったが、聞き入れてもらえなかったのだろう。


「こっちとしても、この機種は客の入りが良いから変える必要性がないとは言ったが、色々とあるみたいなんだな」


 店員は愚痴になりそうなので詳しく言うのは避けたが、プレイマナー等の部分を語っているようでもあった。それを踏まえて、ヒーローブレイカーを入荷しようという事になったらしい。その理由は不明だが、ARゲーム版のプレイヤーはマナーが良いともSNS上では言われている。


(この話も、作られていると言われても文句は言えない。一体、何が起きているのか)


 思う部分は多数あれど、まずはパズルのピースが不足している状態もあってか様子を見る事にした。入荷する翌日の様子を見れば、分かるかもしれないだろう。まずは、入荷後の動向を見てからである。


(まずは、明日にも来てみるか)


 その結果は、言うまでもないような光景だった。偽りのトレンド入りであれば何処かでボロが出るし、SNSで晒されて炎上するのは明らかだろう。この時のビスマルクが見た光景は、間違いなく本物だった事には驚きを隠せない。作業をしていた店員も驚いたのは言うまでもないだろう。



 秋月は、他のプレイヤーがプレイしている様子を見てこちらで説明しようかも考えていた。しかし、VRとARでは操作の方法が違うし、細かい挙動だって異なる。それを通信ラグと言えば、そう表現できるかもしれないが。


(ここは、やはり現物で説明した方が早いかな)


 秋月の考えている現物とは、AR版の方だ。丁度、この店舗から数分歩いた所にARゲーセンがあり、そこにもヒーローブレイカーがある。もしかすると、AR版を難しいと考えていたプレイヤーがVR版に流れると店長は考えていたのだろうか? その真相はゲーセンの店長しか分からない。


「画面を見る限りだと、同じように見えるけど?」


 照月の一言に対し、秋月はある回答に至った。やはり、あの感覚はARではないと体感できないと。


「確かに、あれだと同じように見えるけど実際の目で見る画面はこちらとは到底違う。やはり、直接ARの方をプレイしないと」


 結局、秋月はVR版に触れることなく、照月をリードする形で徒歩数分のARゲーセンへと向かう事になった。VRで感覚に慣れるという手もあるかもしれないが、やはりARにはARの操作感覚がある。VRの方で慣れてしまった場合、逆にARをプレイしようとすると不利になる可能性だって否定できない。


「画面だと同じだが、何か違うのか?」


「ええ。言葉で説明できるような物じゃないから、まずは実機?」


 照月の言葉に対し、秋月は若干汗をたらしながら一言。言葉で説明するよりも、体で覚えたほうが早いという人間の考えである。他の有名プレイヤーも、まずはAR版でプレイして感覚をつかんだというSNS情報もある位なので、まずは稼働時期が先のAR版を勧めようとしているようだ。

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