太陽と月の巡り、奇跡の織物

遥か時の彼方、いにしえの時代のこと。光の竜が、一人の女性に恋をした。彼女は竜の子どもでありながら人間として生まれ、竜からは忌み子として蔑まれていた。しかし、光の竜には彼女の涙色の瞳、漆黒の髪、そして静謐な月の優しさを秘めた心こそが美しく思えたのだろう。光の竜は、彼女を娶ることとする。それは、竜から人に向けられた差別を乗り越えようとする行為でもあった。
竜の名をハルという。彼は、太陽にも等しい巨大な権能をもって、竜と人とを見守る存在である。
女性の名をティリーアという。彼女は、月のような穏やかさをもって、太陽と世界の行く末を見守る存在となる。

第一部が、二人の馴れ初めの物語だとすれば、第二部は、別れの物語だ。太陽と月が別れるとはどういうことか。少し想像するだけでも察せられるのではなかろうか、それが世界の命運を賭けた一大事となってしまうことが。物語は第二部に至って加速していく。
第一部が、竜から人に向けられた差別を扱っていたように、第二部は、人から竜に向けられた差別を扱う。前者が優越感に基づく差別なら、後者は劣等感や不信感に基づく差別だ。人間をおさめる王として君臨していたハルは、この苛烈な人間感情と真摯に向き合う。その決断は人間にも、竜にも、ティリーアにも、そして世界にも大きな影響を与えることとなる。それは悲劇としか言いようのない事態だった。しかし、おそろしいことに、世界はその記憶さえも風化させていく。脆くも崩れ去る竜の時代、その残滓だけがバラバラに世界に散っている状況は、まさに砂漠を彷彿とさせた。

……しかし、砂漠には蜃気楼が揺らめく。その向こうにはまだ希望が残されている。そして、砂漠の夜空を見上げてみよう。そこには圧巻の夜空、銀の砂を振りまいたかのような星の煌めきを見出すことができる。砂の伝説とは、この〈砂〉の表象の全てが結実したものだ。
そう、この物語は悲劇では終わらない。その結末は、第三部において見届けることができる。

敢えて言うならば、それは奇跡の織物。奇跡とは偶然ではなく、約束と祈りの結晶だ。約束する者、その成就を祈る者がいてようやく成り立つ。そして、この織物はそれを見る者、羽織る者がいて真に価値を持つだろう。ハルとティリーアの物語は第三部において完結するが、その真価はこれを見届けた者の次なる行動によって確証されていく。

本作で登場しながら、必ずしも日の目を見なかった登場人物は、まさに次の舞台で活躍する。この作者の代表作『竜世界クロニクル』は、『砂の伝説』の続編といってもよい位置づけにある。ハルとティリーアの奇跡は一種の雛形となって、その後の物語に影響を与えるだろう。
もっとも、読者のわたしは次のようにも思う。彼らの奇跡のバトンを受け取るのは、必ずしも登場人物でなくてもいい。約束と祈りの奇跡。その存在を信じること。それによって開かれる生の可能性。これに励まされて行動に移すのは、わたしでもいいし、もちろん、あなたでもいい。

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