なんてったって!JCアイドル♡

「と、父ちゃん……アイドルだったの!?」

父親の知られざる過去を突然カミングアウトされ、リジュは戸惑いを隠せなかった。


雨の日も風の日も拳法の鍛錬に励み、与えられた裏社会の任務をただ黙々と遂行する。


リジュの知っている父の姿は、アイドルのような華やかさとは無縁な、職人気質の人間だった。


「その前は、ヴィジュアル系バンドのボーカルだったんだ」


ガビーーン!と元気一杯さらに衝撃を受ける娘。

知らなかった父の若かりし日々の真実が、次々に明かされた。


父が押入れの奥から引っ張り出してきた木箱の中には、父の昔のアイドル時代の写真や、『デビューアルバム』『1st. 写真集』などが収納されていた。


それらは、アドルフがアイドルとして第一線で活躍してきた証の品々だった。

そしてその中には、アイドル総選拳で1位継承権を獲得したときのトロフィーも…。


「父ちゃん、本当にすごいアイドルだったんだね…」


「あぁ……。 とくに『北斗の宿星』を背負った、暗殺拳六人の宿敵(とも)との戦いは熾烈を極めたよ…」


そう言って窓から見上げた北の夜空には、散っていった6人のアイドル(フリフリ衣装を着た無頼漢達)の悲しき笑顔が、今でも彼にはハッキリと見ることができた。


「とくに一番上の兄弟子(あにでし)なんて、超ファンキーなモヒカンのオタ芸親衛隊とか作っちゃって大変だったんだぞ(笑)

 巨大な黒いポニーに跨り、「う〜ぬ〜♡」とか言って客席のファンを踏み潰す、そのキャラ付けのバブリー感が凄かったこと…」


懐かしそうに笑って話すアドルフだったが、その話の内容はどれも壮絶を極めた。

幾多のライバルの死の果てに、辿り着いた頂点のセンターポジション。

それは身も魂も削り突き進んだ、荊の道だった。


襲い来るパパラッチ…友が結婚してゆく中で遅れる婚期……。


でもリジュは、その話に胸踊らされた。

キラキラしてて眩しいと思った。


「でもどうして、引退しちゃったの?」


「ははは…。父さんは元々、そんなに目立ちたがり屋の性格じゃなかったんだ。

 だから疲れてしまったんだね。そのアイドル界の厳しい競争に……」


元々、友達が勝手に応募して、知らぬうちにデビューが決まってしまっていたらしい。

昔のアイドル界ではよく聞く定番ストーリーらしかった。


「あれ、これって…若い頃の母ちゃんの写真?」


父アドルフと仲良さそうに隣に写っていたのは、若き日の母親の姿だった。

リジュにとてもよく似た、キレイよりもカワイイ感じの女性だった。


「母ちゃんは私のファンクラブ会員だったんだ。

 父ちゃんはファンに手を出したんだよ」


さらりと気になる事を口にするアドルフ。

だが、リジュは若い頃の幸せそうな母の姿から目を離せなかった。


「この頃はまだ、二人とも幸せそうなんだね…」


「今じゃ会うたびケンカで、けっきょく半年も別居生活さ。

 でも出会った時は、母ちゃんの方から猛アタックだったんだよ(笑)」


「えぇ〜w 信じらんないんだけどなぁwww」


そう言って笑い合う親子。

リジュは、こんなに笑いながら父親と言葉を交わしたのは、幼い頃以来だなと思った。


もっと早くから、こうやってアイドルのこと……夢のことを親子で語り合えれば、どんなに素敵だっただろう。

旅立ちの前夜に、リジュはちょっぴり悔しく思い……同時に寂しさを覚えた。


自分が家にいなくなれば、父はこの広い家にたった一人になってしまう。

ちゃんとご飯の準備はできるんだろうか?風邪を引いた時はどうするんだろう?


そんなことを考えると、急に自分が本当に夢に向かって旅立つのだとリアルに気付かされ、いろんな事が不安になった。

だが、もう後戻りはできないこともわかっていた。


「それじゃぁ、母ちゃんの一目惚れだったの?」


「ああ、そうさ!当時の父ちゃんのキャッチフレーズ『あなたのハート、炎上させちゃうぞぉ♪』で、母ちゃんは目を♡にさせて一撃ダウンだったよ(笑)

 その決め台詞は、検索ワードでランキング入りしたこともあるんだぞ?」


どうだスゴイだろ!と、ニコニコと笑顔で若い頃自慢をするアドルフ。若い頃の自慢話は、1.5倍増しが全国平均らしい。


「今日は特別、父ちゃんのそのとっておきの奥義『バーニング・ハート(あなたのハート、炎上させちゃうぞぉ♪)』をリジュに伝授してやろう!」


そう言って彼は、指でハート形のサークルを作った。キレッキレの筋肉をピクピクいわせて作るハートマークは、相当の破壊力を秘めていた。


「……だからもう泣くな、リジュ(笑)」


そう言って、リジュの頭をくしゃくしゃと撫でてやるアドルフ。

その大きな父の手の平の下で、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたリジュが嗚咽しながら泣いていた。


「うぅ、だって…父ちゃん……ひっく………ごめん…ね……。

 …私ぃ……どうして…も………………ぐすん」


幼い時に叱られた後、仲直りのおまじないのようにリジュの頭をくしゃくしゃと撫でていたアドルフ。

その大きなゴツゴツとした父の手の懐かしさに、涙と泣き声が止まらなかった。


「いいんだよ、リジュ……お前は自分の道を行きなさい。

 きっとお前の胸の『宿星』が、お前を導いてくれるさ」


優しい声で、リジュを安心させるように父アドルフは言った。

そして、その大きな手でリジュの頭を逞しい胸に抱き寄せ、背中を優しくトントンと叩いてやった。


昔と変わらない父の匂い。

そうされると不思議と、リジュは小さい頃から安心して泣き止むことができた。


「うん、ありがとう………

 ただその奥義は……恥ずかしいからいらない」


「………そうか」

ちょっとガッカリそうなアドルフ。


結局その晩は、明け方まで二人で父の若き日のライブビデオなどを見ながら、アイドル論に盛り上がる夜を過ごした。

自分の目指すアイドル像。そのための心得や、大切な気持ち……それをリジュは、初めて他の誰かに話すことができた。



そして朝を迎え、モーニングコーヒーを飲み干すと、リジュは長年住み慣れた実家を後にした。

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