呪いの代償

魔王が異変に気付いたのは、

教会で少女勇者が復活する少し前だった。


ずっと感じられていた少年勇者…

…ユウくんの魔力の気配がこの地上から忽然と消えたのだ。


まるでストーカーのごとく、

ユウくんの気配を四六時中さぐっていた魔王にしてみれば、

その一瞬は秒針が止まったように感じられた。


(え!?消えた…ユウくんが、消えた!?)


幼い頃からずっと見守っていたその存在が、

初めて感じられなくなったのだ。


ましてや村から出たこともない少年が、

『試練』と名のつく目的で遠方へ出ているとなれば、

魔王の心配は尋常ではなかった。


(もしかして…ユウくんに、何かあった!?)


魔王が形容しがたい不安に駆られた次の瞬間、

教会に稲妻が走り、膨大な魔力を放出しながら転生陣が発生した。


(これは、勇者が転生するときの転生魔法陣の気配!?

 ということは…ユウくんが死んで、復活したの!?)


300年の間に何度か感じた、勇者復活の魔法の気配。

そのたびに、勇者の一族が何事もなかったかのように生き返り、

ひと風呂浴びたかのようなさっぱりした顔で、

教会から出てくるのを何度も見てきた。


しかし、今回のそれは今までと何か違うことを、

魔王は感じ取っていた。


(でも…何なの!?この胸騒ぎは!!??)


魔王は魔力を宿した赤い緋眼を開眼させ、

千里眼の力を持つ瞳で教会を探り続けた。


やがて、教会から園児の格好をした少女が飛び出し…


(誰かが、こっちに来る!?)


…魔王の目の前に降り立った。



スタッ。


「ふぅ。お待たんwww」



金色の細い髪と、空のような青い瞳。

すらりとした子鹿の様な細い手足。


その少女は300年前に魔王を封印した美少女勇者にそっくりだった。


『き、貴様…何者じゃ!!??』


うろたえる魔王。

しかしそれは、少女が300年前に自分を封印した

美少女勇者に似ていたからではなかった。


「もしかして……あ、あなた…ユウくん……なの……?」


目の前の少女からは、確かにユウくんの魔力の気配が感じられた。

ユウくんの気配を、魔王が間違えるはずがなかった。 絶対に。


「へぇー、やっぱわかるんだ♡」

細くくびれた腰に手をあて、にたーっと意地悪そうに笑うギャル勇者。


魔王はその、どことなく『ユウくん』の面影もある、

美少女ギャルの姿を呼吸するのも忘れて見入っていた。


「うそ!? ほ、本当にユウくんなの…?

 でも、どうして……!!!???」


自分でも驚くほど魔王は狼狽していた。

『一千年の魔王』と呼ばれ恐れられた自分がユウくんのことになると、

こんなにも弱く脆いことを魔王は初めて思い知らされた。


「…ユウくん…? え?…ユウくん…は…? …ユウくんはっ!!??」


錯乱状態で、意味もなく少年勇者の名前を呼び続ける魔王。

ただオロオロし、ここに見えない少年の姿を探し、

あちらこちらに視線を彷徨わせる。


その姿は、正気を失っているように見えた…。


「アンタが予言したんじゃんw

 呪ったんしょ? 300年前に…勇者の血を?」


「……っっっ!?」



…300年前に、確かに魔王は勇者を呪った。


 『この接吻は『魔王の呪い』の儀式だ…

   …妾の魂の一部を、お前の中に宿したぞ………』


   『やがてお前の子孫から、魔族が生まれるじゃろう!

     子か、孫か…はたまた未来の子孫達か………』


300年前の戦いで、封印される際に魔王は美少女勇者に一矢報い、

勇者の唇を奪った……。つまり、キスしたのだ。


そのキスは魔王の呪いの儀式で、

それにより、勇者の魂に『魔王の魂』の一部が注入されたのだ………。




『そんな!? アナタはじゃぁ…

 あの時の呪いで生まれた…『魔族』…なの?』


「まぁ、そんなトコ? かもね?」

少女は髪の毛の毛先を指でくるくると弄びながら、

そうなんじゃね?と軽く首をかしげる。


勇者の転生の魔法は、この宇宙の輪廻転生の摂理と近いものがあった。

死んでまた新たに『生まれ』直すという工程で、魔族が生まれた…。

…魔王はそう理解した。


『そんな!?でも結局300年間、

 今まで一度も魔族なんて生まれてこなかったのに!?』


勇者の血筋に入った魔族の魂も、何代もの世代を超え…時代を超え、

その呪いの力も勇者の血脈のなかで、とうに薄まったと思っていた。


ていうか、魔王本人も遠い昔の記憶すぎて、

すっかり忘れていたことだったのに…。


「…どうして………ユウくん……なの……?」


納得がいかなかった。

それがどうして、よりによってユウくんのときに

呪いが発動してしまったのか…。


歴代の他の勇者ではなく、

300年もたった、ユウくんのときに。


…でもそれ以上に、自分のかけた呪いで

ユウくんをこんな目に合わせてしまったという事実に、

魔王は自分を責めずにはいられなかった。


瞳には大粒の涙が溢れ出し、

魔王の張り裂けそうになった10mを超える巨大な心臓は、

壊れかけのハードディスクのような異音を鳴らし、激しく暴走した。


300年前に自分のかけた呪いのせいで、

どうしてユウくんが消えてしまわなければならないのか?

…何故?何故!?何故何故!!??


「ってかアンタさぁwww 心当たりあるっしょ?」

いしし♡と笑いながら、ギャル勇者が言った。


少女の言葉の意味を理解できず、一瞬ぽかんとする魔王。

心当たりなんて………


「ねぇ♡ マオ・お・姉・ち・ゃ・ん♡」


そう言って少女は色っぽく腰をくねらせながら、

自分の薄く艶やかな唇に、人差指をあてがった。


その瞬間、ボッ!っと魔王の顔面が炎に包まれ、真っ赤に染まった。

恥ずかしさで身が焦がれる思いだった。


実は心当たり………ありました(///)。







次回[花火大会の夜]。

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