俺の拳銃(あいぼう)

冷門 風之助 

ACT1

 その日、俺は仕事でもないのに神奈川県横須賀市のある裏町にいた。

 雨が降った後だった。

まだ少し湿り気と、そして埃の匂いのする路地を歩いてゆくと、一軒の古びたビルにたどりついた。

そこの階段を、踏みしめるように上がった。

 エレベーターもあるにはあるが、いつもの主義で、俺は使わない。

え?

何で仕事でもないのに神奈川くんだりまで来たのかって?

まあ、くなって、ゆっくり話すからさ。

 5階に着いた。

 妙に閑散としているフロアには、古びたドアが3つ並んでいた。

 2つには何の表示もない。1つだけ・・・・ドアの上に、

『山中銃砲店』とあり、そのすぐ下に警察の標章が貼り付けられてあった。

 俺はドアのノブに手をかけた。

 鍵がかかっている。

 直ぐ脇にあったインターフォンのスイッチを押す。

 すると、

『ジーッ』という音がして、自動的にノブが回る。俺が手をかけると、ドアが内側に開いた。

 俺が中に一歩入ると、それまで真っ暗だった室内に、ぱっと明かりが灯った。

(とはいっても、お世辞にも煌々としたというには程遠い薄明かりではあったが)

 凡そ十畳じゅうじょうほどの室内には、ガラスのケースと、壁一面にも同じような棚が設けられてあり、そこに並べてあるのは、全て、銃、銃、銃ばかりである。

 しばらくすると、奥から青いツナギに前掛け、ニット帽を被った髭面で痩せた60がらみの男が、怪奇映画の『マッドサイエンティスト』よろしく姿を現した。

 俺は黙ってコートと上着を脱ぎ、肩から吊っていた拳銃をホルスターごと外し、カウンター兼ショーケースの上に置く。

『ライセンス』

 むっつりした声でおっさん・・・・この店のあるじである。山中五郎が言った。

 俺は脱いだ上着の内ポケットから黒いケースを出し、認可証とバッジを示す。

 おっさんはバッジとライセンスを確認し、作務衣の襟の中からプラスチックのホルダーを取り出して俺に提示した。そこには、

『私立探偵業務用拳銃取扱許可証』とあった。

 俺もそれを確認し、黙ってうなずき返した。おっさんはやっとホルスターを手に取り、拳銃を手に取ると、ラッチを押してシリンダーを振り出した。

 しばらくの間、彼は色々といじりまわしていたが、

『ハンマーが大分擦り減っとるな。他ももうかなりガタが来とる。』

『直るかね?』

『以前ベースの士官氏が、もういらないから買い取ってくれと置いて行った同型のやつがある。あそこから使えるパーツを持ってくれば何とかなるだろう。あとは俺が作る』

『どのくらいかかる?』

『3時間もあれば充分だ』

 おっさんは丁寧に、玩具を分解するように銃をばらす。

いぬいの旦那、いつまで使うつもりだね。骨とう品並みだぜ。こいつは?』

 おっさんに銃を見て貰いにくると、いつもこのセリフが待っている。

『俺は古女房にぞっこんなんでね。』

『古女房なら猶更なおさら大切にするもんだ。』

おっさんと俺の、いつもの会話だ。

『古女房もいいが、若いピチピチしたのに乗り換えるのも手だぜ。今ならグロックの出物がある。さっき話した士官様から一緒に買い取ったもんだがな』

『俺はオートは性に合わん。分かってるだろ?』

これも、いつもの会話である。

会話の間も、おっさんは手を動かすのを止めない。

流石におっさんの作業は正確だった。

3時間かっきりで、俺の拳銃は元の通りに、いや、ことによるとそれ以上に滑かに作動するようになった。





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