第22話あかり、理想を求める
翌日、あかりはスマホで調べた最寄りのハローワークに出向く。
「あ、あの~……しよ、職場体験ってのをやってみたいんですけど……」
進級する予定で調達していたリクルートスーツに身を包み、あかりは慣れない鎧に体が潰されそうになっている。歩くだけでもぎこちなく、周囲の雰囲気から浮いている。
「わかりました。ではこちらの機械から番号札をお取りください。順番にあちらの窓口からお呼びしますね」
リラックス仕様のカットソーを着た女性は、あかりを一瞬たりとも奇異な目で見ない。どこにでもいる求職者として扱う。
「はい、ありがとうございます」
安堵したあかりは、鎧が軽く感じる。
「……そうですか、ご自分がやりたいことや適性が分からないんですね? では職場体験よりも先に、今日ここで適性検査を受けてみましょう?」
窓口にてあかりを担当するのは、定年間近の男性。人生経験を積んでいるだけあり、一つ一つの言葉に重みがあり、穏やかに響く。
「適性検査、ですか?」
「そうですよ。色んなアンケートに答えてもらって、あなたの性格からどんなお仕事が向いているのか探す検査です。質問は難しいものではないので、ご安心ください」
色気を感じない職員に安堵したあかり。緊張の面を外し、目を見開く。
「せっかくならば、楽しく体験したいでしょう?」
小声で言われ、あかりは見えない息の塊を吐き出す。
「そうですね。確かに適性検査はした方がいいかもですね。でも……」
「でも?」
職員は首を傾げ、あかりの声に濁りが消えるのを待つ。
あかりは言葉に詰まる。迷いではない。職員に真剣な気持ちを伝えたいがため、言葉を選んでしまう。
これまでカイトに振り回されていた自分は、社会に通用しない。学生を卒業したら、まなみだけが友人でいるわけにはいかない。ゆうきのように何百、何千の人と接することが不可欠になる。
今のあかりを変える機会は今しかない。まずは言葉遣いを変えてみようと、前日に何度も練習した。
それでもいざ第三者を見ると、言葉が詰まる。相手が穏やかな熟年の男性であっても。
混乱すればするほど、あかりの決意は強固になる。このままではいけないと思うからだ。
心の高ぶりが最高潮になり、あかりは考えるよりも先に言葉が出る。
「私、目標にしている女性がいるんです」
職員の目が微笑みで細くなり、あかりは自分の言葉の意味に気づく。
これまであかりが反抗的な言動を示していたのは、内心で理想に近づけないと思い込んでいたからだった。
どん底から這い上がる気力、現状のすべてを受け入れる姿勢、言葉で人に安らぎを与える。
だけどそれは本来誰にでもできることだった。努力する人間であれば。
親友のまなみもその一人。病気の父を抱え、それでも人前では笑顔を貫いている。
その隣にいたあかりはできなかった。否、しなかった。
何度もきっかけを与えてもらいながら。
現状に甘えて生きてきたあかりにとって、今日この日が最後のチャンスではないか。
そう思い、あかりは息を呑む。
「私、インテリアに関わるお仕事を体験したいです」
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