第10話女子たちの変貌

 一か月後、キャンパス内の生徒たちは多方面に変化が著しく表れた。

 帰省中の飲み会で顔が浮腫むくむ者。バイトに励み声が枯れてしまった者。お年玉で購入したブランドのアクセサリーを身に付ける者。

 まなみはどの例にも当てはまらない。

 「え、あの子誰?」

 「ウチのゼミにいたっけ? なぁ、お前知っているか?」

 「俺が訊きて―よ」

 毛先が細い無数の束に整えられているショートヘア。トレンチコートの下には深みのあるグリーンのタートルネックセーター。ジーンズこそ経年を感じるものの、マスタードイエローのヒールパンプスがしなやかな脚線を艶やかに魅せる。

 性別問わず視線を奪うのは、かつてスニーカーを履いていたまなみだった。

 抑えきれていない若い声を一欠片も拾うことなく、まなみは教壇に立つ講師の動きを血眼で追う。

 もともと奨学生であるまなみは制度金を受給できるよう、必要最低限の成績を維持していた。

 彼女にとって大学とは、安定した就職先を得る手段の一つだった。熱心に勉強したいというわけではない。

 赤黒く、比較的新しいペンだこが右の中指に二つできていることなど、垢ぬけた容姿に目を奪われている同級生は気づかない。


 「なぁ、最近見かけたか?」

 「ああ、髪が長くてスカートが良く似合う子だろ。そういえば俺も見てねーな」


 飾り棚一つない、クリーム色の壁。エアコンの電源はオフ。

 クローゼットから出されているのは、食事用テーブルと椅子が一つずつ。

 ただいま、主人は留守にしている。


 「……そろそろ行くかな」

 腹部が覆われるほどのキャンパストートに教科書を投げ入れ、グラスを返却口に置く。

 後部で一つに束ねた毛先は弧を描かず、静電気により背中で広がっている。

 アクリル毛糸でできたセーターを着ているのは、血色を失ったあかりだった。

 ゆうきとまなみを追い出して以来、あかり以外の人間が自室に入ることはなかった。

 カイトとも連絡が取れないままクリスマスが過ぎ、街中のカウントダウンイベントが終了した。

 その間、あかりは店長に無理を言い、居酒屋のバイトを辞した。店長は何も言わず承諾した。

 これまでの生活をリセットしようと自分なりに断捨離した部屋の滞在時間が短くなった。

 ポイントが付与されるチェーンカフェで半年間の学習の遅れを取り戻そうと、教科書にかじりつく日々を繰り返し、キャンパスから足が遠のいた。

 世間のランチタイムが終了するとカフェを出て、別のカフェに移動する。

 広がった毛先をネットで覆い、おだんごスタイルに変える。

 制服に着替えたあかりは、力任せに頬を押し上げているものの、顔面全体に色味がない。

 クローズの午後十一時までカフェにてバイトをして、終電にて帰宅する。

 冷めきった部屋は、明かりを灯しても心が沈むのみ。

 シャワーを浴び、髪をドライヤーで乾かすことなく半纏はんてんで上半身を覆う。

 時計の秒針が存在感を示しても、あかりは息を吐くことも振り向きもしない。

 教科書を三冊広げるだけで、シャープペンシルの芯にも摩擦が生じない。

 あかりはシャープペンシルとノートを足元に放り投げ、スマホの画面をスライドさせる。

 通知は一つもない。

 「……あの子、SNSしていないんだっけ」

 待ち受け画面に写っている二つの顔。

 一つは作り慣れた笑顔、もう一つは戸惑いが混ざった、唇を噛んだ笑顔。

 一人は髪が長く、もう一人は毛先が耳たぶに触れている。

 「そりゃあ、怒るよね。私が悪いんだから」

 頬の上で弧を描く一筋の涙。温もりが瞬く間に消え、解いた髪に触れると氷柱つららの溶けた雫と化する。


 『たかがインテリア』

 あかりの心境すべてを表している部屋を、誰かあざ笑ってくれないか。

 教科書をも床に落とし、あかりはベッドに潜り込んだ。

 洗濯してあるので、異性の臭いもアルコールの余韻も、過去の物は何もかも洗い流されている。

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