ライオンの皮を被った子猫

 萌花が画面をフリックすると、画面いっぱいに真っ白な室内と華奢なボブカットの少女がが映った。

「あ、あの、聞こえますか? り、LIOです」

 LIOだと名乗ったのは、凛子たちと同じくらいの年齢の少女だった。

 ただ、彼女はパジャマ姿で、顔色も真っ白で、ベッドの上に座っているように見えた。

「おおー! モカだよ! 聞こえるよ!」

「ココだよ!」

「志穂です」

 萌花が嬉しそうな声を上げた。心菜と志穂も笑顔で答えた。

「え……えっと……はじめまして……。その、教会には、到着されましたか?」

 LIOは、顔を真っ赤にしてそう言った。萌花がスマホの画面を動かして、教会の建物をLIOに見せて「ほら、着いたよ」と答えた。

「てゆーか、LIO、もしかして……入院中? 具合悪いの?」

「は、はい、実は入院中です」

「そ、そっか。それで通話NGだったんだ。今、大丈夫なの?」

「はい、少しなら……。その、凛さんは?」

「いるよ! 凛子!」

 萌花の後ろに隠れていた凛子は、ドキドキしながら萌花の隣に立った。萌花がスマホを手渡してきたので、凛子は落としそうになりながら何とか受け取った。

 初めて見るLIOは、予想していた人物像とは全く違って、弱々しい女の子だった。

「はじめまじて、LIOさん。あの、いろいろありがとう」

「いいえ。その、私、大人のふりしていたから、いつも偉そうにしてて、その、ごめんなさい」

「ううん。私、大人の男の人だと思ってたから、ちょっとビックリ」

「あ、はい。よくそう言われます。お恥ずかしいです」

 LIOは赤い頬をさらに耳まで真っ赤にして俯いたが、すぐに意を決したようにもう一度顔を上げた。話し始めた声は震えていた。

「あ、あの、凛子さん、私……サナさんのSNSを見て、思ったん

です。サナさんはきっと、凛子さんに救われたんだって」

「え?」

 凛子は泣きはらした真っ赤な目を見開いた。

 LIOは何を言っているんだろう。凛子がサナを救った? サナに救われたのは凛子の方なのに。幼いあの日も、今年の夏も。

 いつだって、 サナは凛子の太陽だったのだ。

「私も……こんな身体だから、いろんなことを悩んで、いろんなことで苦しんできました。だから解るんです。サナさんが、どれだけ心の中で凛子さんを必要としているのか」

「ひつよう? 私が……?」

「はい。そして、同時に、弱い自分の姿を凛子さんに知られることを、きっと恐れている。知られたら、きっと嫌われてしまうと思っているから」

「きらう? 私がサナを?」


 ――そんなこと


「そんなこと絶対ないよ!」


 即答した凛子を見て、小さな液晶の中のLIOはにっこりと微笑んだ。

 それはとても嬉しそうな笑顔だった。

「よかった。なら、今の言葉を、サナさんに伝えてあげてください。そして、態度でも伝えてあげてください。きっとサナさんは、不安で、自分に自信がないんです」

 LIOは胸元に手を当てて、きゅっと握って続けた。

「自分は愛されていいんだって、愛されてるんだって、そう思っていいのか。信じていいのか分からなくて、不安なんです」


 凛子はサナのSNSの投稿を思いだした。

 怒りや悲しみや苦しさ……現実の世界では、誰にも聞こえないサナの悲鳴。


「わかった。ありがとう、りおちゃん」

 凛子はまっすぐにLIOを見て言うと、意を決して教会へと歩き出した。


 萌花はその後ろ姿を見ながら、そっとLIOに声をかけた。

「LIO、ありがと。凛子の背中を押してくれて」

 LIOは、画面の中でほっとしたようにため息をついた。

「いいえ。私も、凛子さんとサナさんのおかげで、ひとつ前に進めました。あの、モカさん」

 萌花が「ん?」と言いながらスマホを見ると、LIOはまたしても顔を真っ赤にしていた。

「いっ……いつもありがとうございます。その、都市伝説とか、どうでもいいような話を聞いてくれて。私を頼ってくれて……。私も、モカさんが奏でる音に、いつも勇気をもらっているんです。ずっと憧れてた」

「LIO……」

「こんな入院してて、誰かに助けてもらわなきゃ何にもできないヤツだって知られるのが怖くて……ずっと通話もNGにして、年齢も、性別も全部内緒にしてて……ごめんさない」

「いいよ、何言ってんの」

 萌花の声を聞いて、LIOは目を見開いた。

「ネットなんて、そうやって別の自分になって、普段出せない部分をさらけ出したりできるのが、最大の利点みたいな場所じゃん。LIOがしてたことは、普通だし当たり前だし、謝ることじゃない。

 それに、私もナイショにしてたことあるよ。本名だって、モカじゃなくて萌花とか、超オトメな名前だし」

 萌花の後ろで志穂と心菜が、こっそり顔を見合わせてクスッと笑った。「笑うなし!」と言いながら振り向いた萌花の頬は真っ赤だった。

「私さ、不登校ってヤツ。ガッコに行くのもしんどいの。知らないヤツらの中にいんの苦しいの。弱いヤツなんだよ。

 LIOは、パソコンとかネットといろんなこと詳しくて、いつも冷静でスゲーって思ってたよ。スゲーカッコイイって。入院しててあんだけ博識なんかって、今、前よりもっとカッコイイと思ってたとこよ」

「モカさん」

 うるうるした瞳で、真っ直ぐに自分を見つめているLIOに、萌花は赤面しながら微笑んだ。

「これからもよろしくね、リオ!」

「はいっ!」

「あ、でも、これからも萌花じゃなくてモカって呼んでね!」


 画面越しに二人が微笑み合い、LIOがそろそろ看護師が来ると通話を切った直後。

 庭の方から言い争うような声がした。

 教会の扉に手をかけていた凛子が、ハッとして顔を上げ、迷うことなく庭へ走り出した。


 心菜が「行こ!」と言って駆け出し、萌花も志穂も続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る