初七日2

 慌ただしい朝食の後、初七日の法要が行われた。

 だんだん聞き慣れてきたお坊さんの唱えるお経と、見慣れてきた喪服の人々。

 凛子と姉は高校の制服姿だった。

 萌花は今日は来ていなかったが、萌花の母が手伝いに来てくれていた。

 法要の後、仏間の続き間で近所の人達を両親がもてなしている時、玄関のインターホンが鳴った。

 姉が素早く立って玄関へ、来客を迎えに行った。

 大人たちが話し込んでいるのを、少し下がったところで正座して見ていた凛子は、姉が祭壇へ案内した客人を見て、驚いた。

 姉に続いて入室し、正座してこちらにていねいに頭を下げた老婦人は、真っ黒な修道服を着ていたのだ。

 客人や親族たちも驚きつつ、慌てて頭を下げる中、母だけが落ち着いた様子で「まあ、来てくださったんですか。ありがとうございます」と嬉しそうに言った。

 姉がそつなつお茶を用意しに、萌花の母が待つキッチンへ向かったので、凛子も立ち上がって後を追った。

「ねえ、お姉ちゃん、あの人誰?」

「ん?」

 姉は冷蔵庫から麦茶を取り出して、萌花の母が持ってきたグラスに注いでいた。

「おばあちゃん、ホラ、聖真の出身じゃん。あそこミッション系でしょ。ウチ仏教だけど。そんときの同級生にシスターになった人がいるって聞いたことあるから、おばあちゃんの高校のトモダチじゃん?」

 姉はそう言うと、落ち着いた所作でお盆にお茶と茶菓子を乗せて歩きだした。

 聖真とは、市内にある県内唯一のミッション系私立高校、聖真女学園のことだ。

 駅前にあり、レトロな制服がかわいいと凛子は思っていた。

 聖真女学園は先生にシスターがいるという話も聞いたことがあるし、同じ系列の女子短大や幼稚園、福祉施設もあり、卒業生の中には「シスター」になって系列の施設で働く人も多いとも聞いた。

 時々、街中を歩いている修道服の女性を見かけることもあったが、こんなに間近で見たのは初めてだった。


「凛子。こちらの方は、おばあちゃんの親友なのよ」

 姉の後ろに着いて部屋に戻ると、母がそう言って老婦人を紹介してくれた。

「はじめまして。あなたが凛子さんですか。お手紙でよく話題に上がりましたの。おばあさまは、あなたをとても可愛がっておられましたわ」

「ど、どうも…」

 凛子は顔を真っ赤にして、慌てて頭を下げた。老婦人は上品に微笑んでいた。


「凛子さんはとても優しく、自己犠牲の気持ちがお強いと伺いました。素晴らしいことですわ。それは紛れもなく長所です。あなたのおばあさまは、凛子さんにもっと自信をもってほしいと仰っていました。どうぞ、ご自分を信じて、まっすぐ進んで下さいね」

「自信……?」

 凛子の悩みは、祖母には筒抜けであったようだ。

 穏やかに微笑む老婦人の笑顔と、その後ろの祖母の遺影を見て、凛子は照れ臭いような、嬉しいような、くすぐったい気持ちになった。

 おばあちゃんが、見守っていてくれるような、そんな気分だった。


 ――おばあちゃん、ありがとう。


 心のなかで祖母に礼を言いつつ、凛子は志穂に言われた「自分を一番に考えていい」という言葉を思い出していた。

 凛子はまだ「自分の気持ち」とか「自分の考え」とかには自信がもてないし、心菜のように周囲の目を気にしないで生きていくこともできないが、そんな弱い自分を許して、少しだけ自由にしてあげることなら、できるかもしれないと思った。

 明日から少しだけ、頑張ろうと、そんな気持ちになっていた。

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