夜空色の髪の転校生

 二日後。

 かくして凛子の学年には、本当に転校生が来ていた。

 サナの言った通り、男子だった。クラスは凛子と同じクラス。

「リンちゃん、大丈夫?」

 久々に会うなり、志穂は心配そうに凛子に声をかけてきた。

 丸顔にまん丸の大きな目。チョコレート色の縁のメガネをかけて、左右に分けた髪を三つ編みにしている。おっとりした、優しい志穂。

「うん、ありがとう」

 凛子が微笑むと、安心したように志穂も笑った。

「良かった。リンちゃん、おばあちゃんこだから、落ち込んでるだろうなって心配してたの」

「うん。ありがとう。大丈夫だよ」

 どんなに悲しくても、寂しくても、いつものように髪を結って、制服を着て、学校へ来れる。こうして笑える。

 ドラマのように、哀しみで精神崩壊なんてことにはならない。

 祖母のことは大好きだったけど、こんなふうに耐えられてしまう。そんな自分が少し嫌になった。

 志穂なら、もっと泣くのかもしれない。

「大丈夫」じゃなかったら、「大丈夫じゃない」って言えるのかもしれない。

 けど、凛子は言えない。無理矢理にでも「大丈夫」にしてしまう。

 そしてそれは、そんなに無理じゃない。


「ねえ、あの子……」

 凛子は自分の嫌なところは考えないようにしようと思い、転校生のことを志穂に聞いた。

「ん? ああ。転校生のコね。うん、星宮君。えーっと、星宮結人ほしみやゆいと君」

 星宮結人という名前らしい彼は、窓際の一番後ろの席に座っていた。

 夜空みたいな黒髪の、大人しそうな男子だった。真新しい白い半袖のシャツとグレーのパンツ。マスタード色に青いラインが斜めに入ったボーダーのネクタイも、綺麗でパリッとしている。

 数人の男子に取り囲まれて、いろいろ質問されているようだった。その全てに、微笑んで答えている。

 公立高校に編入してくるというのは、この辺りではあまりなかった。よほど何か事情があるのか。

「どこから来たんだろう」

 思わず呟くと、志穂は「うーんとね」と言って、難しい顔をした。

「昨日先生が紹介した時に言ってたなー……どこだっけ……県内だったはず。ちょっと遠いとこ」

「県内なんだ」

 凛子は勝手に関東か、どこかすごく遠いところから来たのだろうと思っていた。

「うん、何かね。こっちに引っ越すことになって、元いた高校に通うのが大変になっちゃったから、思い切って転校したとか言ってたな」

「へえ」

 凛子はぼんやりと転校生・星宮結人の横顔を眺めた。

 どうしてサナは彼がこの学校に転校してくることを、言い当てられたのだろう。

「リンちゃん、星宮君のこと、気になるの?」

 志穂が頬を赤くして、顔を近づけてそっと小声で言った。

「へ?」

「リンちゃん、いつもはあんまり男子のこと気にしないのに、星宮君のこと、気になってるみたいだから」

 志穂が何やらニヤニヤしだした。

 これは、凛子が星宮結人のことを個人的に、しかも異性として気にしていると勘違いしているようだ。

「ちがうよ! 誤解だよ!」

「えー?」と言ってニヤニヤする志穂に、更に反論しようとした瞬間、背後から誰かに抱きつかれた。

 後頭部に柔らかいものが当たり、ふわりと大人びた香水の香りがした。

「なぁんか、面白そうな話してる! いーれーて!」

 おどけた声と柔らかいグラマラスな胸の持ち主は、後ろの席の佐藤心菜さとうここなだった。

「おはよう、ココちゃん」

 志穂がにっこり笑って凛子の後ろにいる心菜に声をかけた。

 心菜は凛子と志穂に「ココ」と呼ばれている。高校の入学式の日に初めて会った時に、心菜から「ココって呼んで!」と言われたのだ。心菜いわく、ココ・シャネルみたいでカッコイイからとのこと。

 心菜は志穂と凛子に「オハヨー」と言いながら、凛子の首から手を放した。心菜が自分の席に座ったので、凛子も身体を横にして心菜の顔を見た。

 ちょっとつり上がり気味の茶色の瞳に、真っ白な肌とピンクのリップ。ミルクティーベージュのベリーショートの髪は、なんと染めた色ではなく、生まれつきのものだそうだ。心菜はよくハーフと間違われるが、そうではないらしい。

 心菜はニコニコと楽しそうに笑っている。

「ナニナニ、転校生の話?」

「ちがうの、ちがうの!」

 凛子が慌てて説明しようとすると、チャイムが鳴って担任の教師が教室に入ってきた。

 皆、自分の席へと戻っていく。

 志穂も「あとでね」と言って駆けて行った。

 凛子は姿勢を正しながら、鞄の中のスマホを気にした。


 ――サナ……。


 実は、昨日の夕方から、サナとは連絡がつかなくなっていた。

「おばあちゃんのお葬式、終わったよ」とメッセージを送信したが、サナがそのメッセージを読んだ証として表示される「既読」のマークが出ないままになっていた。

 つまり、サナはLANEを開いていないということになる。

 凛子は気になって、昨夜、緊張しながらも無料通話の機能を使ってみた。だが、コール音が鳴り続けるばかりだった。

 もちろん、凛子だって四六時中スマホを見ているわけではない。今この時間のように、ホームルームや授業中はアプリを開けないので、凛子にメッセージが届いても見ることはできない。

 サナだって同じだろうと思う。

 だから、あまりしつこく何度もメッセージやスタンプを送ったり、通話をかけたりしては、うざいとか面倒くさいヤツと思われるのではないかと悩んでいた。


 サナに、嫌われたくない。


「星宮結人」

「はい」

 転校生が、教師の点呼に答えた。

 初めて聞いた声は、少しかすれた、高めの声だった。

 サナと連絡が取れない今、サナが登場を予言したこの星宮結人は、凛子にとって唯一のサナとのつながりだった。

 凛子はじっと星宮結人の顔を斜め後ろから見た。

「月沢! 月沢凛子! お前、昨日休んだもんな。転校生の星宮結人だ。よろしくな」

 凛子の視線に気付いた担任が、凛子に向かってそう言った。

「あ、はい」

 慌てて前を向いて返事をする。クラスの皆がこちらを見ている。

 凛子は肩をすぼめて、そっと星宮結人の方を見た。星宮結人も凛子の方を見ていて、目が合うと、軽く頭を下げた。凛子も小さく頭を下げる。

 すると、背中を心菜がツンツンと指で突いてきた。

 振り向くと、何やらニヤニヤしている。

 ――これは早く誤解を解かなくては!

 凛子は心に決めてホームルームが終わるのを待った。

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