第32話 木星よりも遠い場所

 パリキィが本当に行きたかった場所。それは海底だ。地球最後のフロンティアと呼ばれる、木星よりも、遠い場所。


 地面の中や海底の探索技術は一般の人が思っている以上に進んでいない。私も発掘に使うため事実としては知っていたが、原理はよくは解っていなかった。


 皆がご教授してくれたところによると、大雑把に言えば電磁波が使えないからだそうだ。



 パリキィを封印するのに電磁波と音波を遮断していればいいのと同じく、我々が使用できるのはこれぐらいしかない。土も水も、電磁波を通しにくいのだ。


 金属探知機は電磁波ではなくて、電磁誘導というのを利用しているらしいのであるが。これも探知機のごく近くしか探れない。そして地中も海底も、光学的な観測ができないのだ。


 たとえば月は世界中から観測できるので詳細な地図だって作れれるし。衛星を一回飛ばせば裏だって見れる。海底はどうだろうか、海底なんて数メートルもしたら底は見えなくなる。


 こんなんじゃ詳細な地図を作るなんて不可能だ。いちいち探査機を海底に沈めて少しずつ見ていくしかないそうだ。海底地図の作成には、電磁波の代わりに音波が使われるらしい。


 なるほど電磁波と音波を封じておけば大丈夫なのね。つまり、そんなところに逃げ込まれると、探せる訳がないのだ。



 私達が議論した中で、パリキィが宇宙に出るとしても、地球に帰還できないことが問題になった。地球に帰還できなければ、人類を滅ぼしたって仕方がない。

 

 エウロパに行って、無事内部の海に着水できたとしても、そこで生命を起こし、地球と同様の環境になるまで、環境を改造するまでパリキィが動作を保てるかどうかはわからなかったが、どちらにしろ、リスクが高すぎるのではないか。


 かといって、身代わりを宇宙へ上げて、政府の核シェルターに引きこもっていては何もできない。パリキィが一番力を発揮できるのは、彼を作った知的生命体の生まれた場所、海だ。



 では政府に頼んだら海へ返してもらえるかといえば、難しいだろう。宇宙人のふりをすれば、畏敬を持って扱われるし、言うことも聞いてもらえる。


 そして、宇宙へ行くことに対しての違和感がない。もし彼が、正直に地球で生まれましたと言っていたら、今頃跡形もなく分解されているかもしれない。なにせ扱い的には、そこらへんの土器とかと同じなのだから。



 他に海底に向かう方法としては、パリキィを全世界に認知させることだ。そうすればアメリカが黙ってはいないだろう。うまくやれば、アメリカへの輸送という話も出てくるかもしれない。


 飛行機や船を沈めることだって不可能では無いだろうが、不確定要素が多すぎる。一方で、自身が設計したロケットなら、簡単に爆破もできるだろう。



 つまり彼が海に帰る方法としては、宇宙に行くふりをして、ロケット発射を意図的に失敗させ、太平洋の藻屑となるのが一番使命を全うできる可能性が高い。


 太平洋中に沈んでしまえば、まず回収が不可能になる。ロケットの軌道から大まかな落下地点は予測できるが、数千メートル級の水深を考えると、沈み込むまでの移動距離などさまざまな条件が重なるため膨大な範囲を探さなければならない。


 さらに、パリキィの素材が金属でできていない可能性があるために、従来の探査方法が使えない。もしかしたら、パリキィには海中で移動できる機能があるのではないかと言う意見もあった。なるほどそれなら、さらに探索は困難になるだろう。



 海底に隠れることに成功したパリキィは、我々が手をこまねいている間に、海底から様々なウイルスを海流に乗って流していく。これだけで人類はおしまいだ。


 海流に乗って、風に乗って、世界中にウイルスはばらまかれ、人類はあっけなく滅亡してしまうかもしれない。と同時に、パリキィを作った知的生命体を復活させる。申し分ない計画だ。



 その計画を予想したとき、我々はまだ確信を持てていなかった。しかし、この計画が実行されてしまえば我々にできることはなくなってしまう。

 

 純ちゃんを説得し、ロケットに不測の事態が起きた場合は、パリキィを回収してもらえるよう要請することにしたのだ。



 私が純ちゃんとした賭けは、ロケット打ち上げが失敗するかどうか。あの日、純ちゃんを海良かいら先生の家に、血液検査のためとして招待した。


 あの部屋で、私は純ちゃんにこれまでの我々の予測を話したのだ。その話は、純ちゃんの認識とはだいぶ違っていた。純ちゃんの認識は、パリキィは宇宙人で、エウロパで生命を起こしたいから、手伝ってほしいということだった。


 我々は、一番最悪の予測を話した、ロケット打ち上げが失敗すれば、人類はすぐにでも危機に陥る。我々は打てる手を打って置かなければならない。



 純ちゃんは驚いた様子で、我々の予測を受け入れられない様子だった。それでも、最後には自衛隊を動かしてもらえるよう掛け合ってもらえるよう了承してくれた。



 予めロケットの軌道は公開されており、ブースターなどの落下の危険があるために、一般の船舶に対して警告が与えられている。そこに自衛隊の潜水艦を配備してもらい。なんとか回収できたとのことだった。


 これは賭けだったが、自衛隊の方がうまくやってくれたようだ。潜水艦で、上空から落ちてくる物体を海中でキャッチする。あの広い海で。我々が大まかな落下予測地点を立てておいたといっても、針に糸を通すような作業だ。

 


 海良かいら先生が主導的な立場で必要性を主張しつづけていた、インターネットが使えなくなった際の通信網も役に立ったそうだ。


 どのような方法かは知らないが、ネットや電波を介さずに連絡できるとのことだ、糸電話みたいなものを想像してしまう。あるいは伝書鳩とかだろうか。



 私達も、最後までロケットが爆発するかどうかわからなかった。結局最後まで、パリキィが地球産かどうかの確証がつかめなかった。


 どうやら、本人も最後まで迷っていたらしい。あのまま、宇宙へ上がっていたら、我々は宇宙人だと思っていたかもしれない。



「我々が最初に、貴方の勝利でもあると言ったのは、貴方も人間らしい所があるからだと思ったからです。どう思いますかな?」


『最初にお知らせしたとおりです。私はあなた方とは異なる知的生命体です』


「生命体、か。生命体ねぇ」


 まじまじとパリキィを見ながらつぶやく海良かいら先生。


「さて皆さん、他にご質問はありますかな?」


 手を上げたのは、宮笥みやけ先生。


「貴方はいろんな研究者に、変なことをして、発明や発見を促していたようだけど。あれは、数ある未来のうちの一つを貴方が選ばせたと考えていいのかしら? それとも、貴方の介入なしには実現しない結果だった?」


『どちらとも断言はできませんが最大限、不自然ではないようにしたはずです。いきなりどう考えても思いつかないような発明をしてしまっては、何者かの介入を疑う人が出てきます』


「まぁそうね。もういいわ」


 数ある未来の一つ。ニュートンだって、りんごが落ちなければ万有引力に気づかなかったかもしれないとかそういう話。様々な事象が絡みあい、世界は動く。


 すこしの初期値の違いが、全く違う結果を出してしまう世界。今のこの状態だって、偶然に偶然が課さなた産物なのだ。



 次に手を上げたのは、歌影うたかげ先生。


「あなたの使命とは、何を持って果たされたとなるのですかな?」


『私にも分かりません』


「分からない、ですか。貴方を作った生命体も意地悪なことをしますな」


『ご心配なく。私には人格こそありますが、感情は持ち合わせておりません』


「土器の中にあった、輪っかのような機械はなんなの?」


『スマートフォンのようなものです』

「ほう、どうやって操作するのかな」

『首に装着し、触手で操作します』


 へえ、触手ですか。パリキィの創造主は、タコやイカの祖先から分岐した生物だと予測している。タコは意外と知能が高いらしい。


 まだ研究が進んでいないが、哺乳類とは異なる脳の構造を持っている。人間の倍の手足を持つタコであるが、さらに手足が多かったら、スマホの操作も楽そうだね。



「貴方は、貴方の使命を果たすためなら人類が滅亡しても良いと思っていますか?」


 この質問は必ずしないといけなかった。にも関わる、大切な質問。もしかしたら、海に逃げ込んで、人類が滅亡するまで待っていてくれたりするつもりだったのかもしれないよね。

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