第29話 たーまやー

『そのとおりです。概念的に理解できる行為をわざわざ多大なリソースを使ってまで完全に理解する必要はありません。人間は、そこに価値を見出しがちですが』


「つまり貴方は、動的な私達ではなく、過去の集積としての私達と貴方は同一であると考えているわけか。今生きて、選択を繰り返す私達と、貴方とは違うかもしれない。しかし、選択の集積の結果としての今この瞬間の私達と、貴方とは違いがないのではないかと?」


『そうです、今の貴方たちは結果として存在しています。私も同じです』


「後ろ向きでも前向きでもない考え方だね」


 黒豚美味しかったという結果。食べた直後は余韻が残るかもしれない。でも1日後はどうだろう。もう思い出せなくなっているかもしれない。


 こうなると、私は本当に黒豚を食べたのか、食べている人の描写を聞いたのか、はたまた夢だったかもしれない。パリキィも、我々も、完全に記憶を残すことはできない。


 だからこそ、今この瞬間の私達自身を評価せざるを得なくなる。そう考えると、同じなのかもしれない。



 それからも私達は、様々な議論を重ねた。パリキィとの会話は、菱垣ひしがき先生の言葉を借りれば、次の次元に行けるかもしれないと思わせてくれるような上質な時間だった。


 パリキィは私達の言うことを十全に理解し、噛み砕き、より高いレベルの回答を返してくる。ずっと話していたい、でもずっと話していると、自分が自分でなくなりそうになる。


 私という存在がなんなのか、わからなくなる。そんな感覚に陥りそうになっている中、そのときは訪れた。


「そろそろ。本題に入りましょうか」


 発射30分前。


『我々がロケットに乗っているかを確認したいのでしょう?』

「さすがですね。そうです。あなたがロケットに乗っているのなら、我々はあなたを信じようと思う」


『お調べください。できるだけの協力をしましょう』


 ロケットの中を見ることはできない。だが、パリキィが乗っているかどうかを調べる方法がないわけではない。パリキィは絶えず世界中の情報をやり取りしてる。その情報の流れを見るのだ。


 ロケットから出ているケーブルは限られている。そのデータをちゃんと見てやれば、乗っているかどうかは判断できるのだ。


 20分後。調査に当たっていた祖谷さん、歌影先生、宮笥先生が帰ってきた。


「乗っているようだ」

『ありがとうございます』


 どうやら、本気で宇宙を目指しているようだ。これで一安心。ということだろう。



 発射1分前。


 スクリーンに映し出されている管制室は、静けさとともに、緊張が支配していた。皆が固唾をのんで、発射台を写したディスプレイを注視している。


 たった2年で開発した、これまでよりはるかに高性能なロケット。これが成功すれば、将来の有人宇宙飛行への道も開かれる。宇宙開発には夢があるが、夢があるが、金にはならない。でもこれは、宇宙開発に限った話じゃあない。



 考古学は人の役に立つだろうか、私は自問する。自問すると言っても、我々研究者は、自分のやっている研究が一番だと思っているからして、なんとか理由をつけようとする。


 考古学にもロマンがある。でもロマンってなんだろうか。考古学は、歴史を議論する。そんなの議論してお金になるの? なるよ、世の中には考古学が好きな人だってたくさんいる。


 もちろん、私の論文を楽しんで読んでくれるような奇特な人はそういないだろう。それでも、私の論文を参考にして書かれた歴史本などは、一定の売上を上げている。


 テレビの歴史番組だって根強く放送されてるって言うことは、それなりに需要があるんだろう。



 サッカーが好きな人もいるし、宇宙のことをもっと知りたい人だっている。歴史だってそうだ。でも、宇宙が好きな人からしたら、歴史なんてどうでもいいから、宇宙にもっとお金を出せよって思うかもしれない。


 今の世の中は、パリキィの言うように複雑になりすぎている。情報が多すぎて、みんながみんな違う嗜好を追求できるようになっている。いい時代だと思う。世界征服を試みる超知性にとっては困った時代みたいだけど。



 地球の歴史。人類の歴史。私の歴史。我々の先祖が、何を思い、何を作り上げてきたのか。その中から、我々の生活に活かせるものを探すこともあるだろう。


 太古の人々の生活に思いを馳せることもある。古来からの知恵と経験を我々は参考にして生きている。


 パリキィはパリキィと我々は同質であると言ったけども。私は違うと思うな。私達は、私達が作り上げてきた歴史を鑑みた上で、私の歴史を鑑みた上で、選択を決めている。


 でもそれは、パリキィが世界中の情報を集めた上で、選択を決めていることと、やはり同一なのかな。私には難しい話だ。わからなくていいと思う。私は超知性じゃないからね。


 

 カウントダウンが進む。ついに、ロケットの噴射口が白煙を上げ始める。


 3、2、1。

 発射。



 この部屋まで、轟音が伝わってくる。噴射口から、光り輝く噴煙を出しながら、ゆっくりと、加速しながら上がっていく。またたく間に、発射台の映像から、ロケットは消えてしまった。管制室では、とりあえずの発射成功に、皆、安堵していた。



 私のスマホの画面は、まだ通話中であることを示している。


「乗り心地はいかがですかな?」

『上々です』


「あなたともっと話していたかったのですが、残念です」

『あなた方なら、私と同レベルのコンピューターを作ることができるはずです。そうすれば、いくらでも話せますよ』


「それはそうね、もっといいやつをたくさん作ってやるわ」


 ここで、スマホの画面が通話中から切断に切り替わった。


 沈黙。ここが分岐点だ。賭けには勝てるかな。



 歌影うたかげ先生の構内PHSに着信が入る。


「どうしましたか?」


 電話の向こう側は騒然としていた。それはそうだろう。ずっと映し出されていた管制室はいつの間にか大騒ぎになっていた。管制室のロケットをモニターする画面のいくつかが、通信不能を訴えて、赤くなっている。


「打ち上げは失敗したそうです。打ち上げ約3分後に、制御不能になり、自爆命令が出されました」


 電話を終えた歌影うたかげ先生は神妙な顔つきだ。



 日本の未来を背負ったロケットの打ち上げ失敗。テレビニュースは速報を打ち、ネットはこの話題で持ち切りになった。すでにネットニュースでは、打ち上げ失敗用のニュース解説が多数アップされていた。


 「打ち上げ失敗、急造のつけ」「遅れ、取り戻せず」など、日本の研究力の衰退とここ2年の急成長を関連付けた論調が多く、完全復活には程遠いという話に落ち着こうとしていた。



 我々は、誰一人として、この打ち上げ失敗に、



 私の電話がまた鳴っていた。


 今度は知っている人からだ。いい報告をしてくれるだろうか、純ちゃん。


『賭けは私の負けのようね。今度いい男を紹介するわ。あと、ちゃんと捕まえてくれたわよ。危うく私は、全世界を敵に回すところだったのね』


「とびきりいい男でよろしくね。ブーケはしっかりキャッチしておくから」



 我々は、種子島を後にする。1週間分の仕事の遅れを取り戻さなければならない。そして、予定通り、海良かいら先生と爾比蔵にいくら先生の結婚式が行われるので、ブーケをもらいに行こう。

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