第2章 反転する真実
第15話 思い込みは危険ですよ
あれから2年が経とうとしていた。
パリキィ氏の打ち上げまで、残り7日。日本は好景気に沸いていた。
パリキィ氏との邂逅から1ヶ月後の9月、
この発見論文に、
毎年のように、ノーベル賞受賞者が科学技術予算の少なさを訴え、政府は反応しないという構図になるかと思われていたが、ここで政府は大胆な発表を出すことになる。科学技術予算の大幅な増額だ。今後5年かけて、科学技術予算を5倍にするというものだった。
これには世界が驚いた。賛否両論あったものの、1週間後には他のニュースに取って代わられていた。翌年には、革新的な研究結果が次々と生まれることになる。これは日本が科学技術予算を増加させたことによるものだと世間では認知されていた。
実際には、パリキィ氏が芽が出そうな研究者に多くの研究費を配分し、さらに、その研究者達の研究行動を操作することで、操られている自覚なしに新しい発見に導くそうだ。ある研究者は、ふと見たweb広告が大発見に繋がったと言っていた。
日本発の技術は世界を席巻しつつあり、世界中の企業が日本に研究所を設け、著名な研究者が集まりつつあった。これもパリキィ氏の計画のうちなのだろうか。
パリキィ氏を載せた新型ロケットH-X5は7日後に種子島から打ち上げられることになっていた。表向きには、木星探査機ということになっているそれを、どうやって隠し通しているのかは教えてもらえなかった。
今の所、世界は日本に敵意を向けてはいなかった。新しく発見した技術の多くは特許を取得せずに公開していたからだろう。もともとの研究力が高かったのと、研究費の増額の効果という話でいまのところ世界も納得しているらしい。
私はと言うと、結局あの遺跡のことは、向こう100年機密にするということで、私が考古学者として何かを発表することはできなかった。
それでも、科学技術予算増額のおかげで、私の大学は無事廃校を免れ、私には莫大な研究予算が付くことになった。予算のおかげで、私は今年から准教授に昇任できたものの、新しく湧いてきた仕事に忙殺されていた。
それでも、予算で秘書と研究員を雇うことができたので、研究する時間は前より増えていた。私は充実した毎日を送れていた。あれから純ちゃんに会えていないのが残念なところだが。
相変わらずの東京。やはり慣れない。
今日は、2年前のメンバーで集まることになっている。誰にも言えない秘密を共有する我々は、定期的に会ってはあのときのことを語り合ったりしていた。
皆それぞれが、政府から大型の研究費を貰っていたので、忙しい毎日を送っていた。全員が集まるのは1年ぶりだった。今日は二人の結婚を祝う会。
最初は一番険悪なムードを醸していた二人だったが、次第に打ち解けていき、いつの間にか結婚するにまで至っていた。世の中何が起こるかわからないものだ。
個室の居酒屋に入ると、すでにみんな揃っていた。
祝う会は、二人の馴れ初めについて、
「今、共同研究をしてるんですよ」
「『生物進化構造創生論』と名付けたんですけど、これは生物が作り出す物がどの生物が作ったものかを予測する考え方です。例えばモナリザはワカメから進化した生物より、猿から進化した生物のほうが作りやすそうですよね」
「そういう考えで、様々なものの起源を議論してやろうというものなんですよ。まぁ生物云々はおまけみたいなもので、本来の目的は考古学に使おうとしているんですけどね」
「さすがに未知の生物が作ったもの判定機なんてふざけたものは理解が得られませんからね。まだ試験段階ですが、もう少ししたら、出土した遺物を作った文明の背景をきちんと分析できるようになると思います」
みんな興味深そうに聞いてくれている。この研究について理解してくれる人はなかなかいない。完全なるイロモノ扱いだ。
それでも、考古学に関係する方は自由に使える大型の研究費を使ってなんとか成果を挙げられるようになってきた。
「土器の写真を判定機に見せると、むむ、これは縄文時代の長野で作られた可能性が高い! って教えてくれるようなものってこと?」
「ええ、簡単に言えばそうです。これまでに収集された遺物の情報をデータベース化して照合するという方法もあるのですが、私達の理論ではもう一歩進んで、文明の進化予測やDNA情報からより精度の高い判定を行う所にあります」
「この研究には
「ディープラーニングを使いたいと言うのでね、協力させてもらいました。なかなかおもしろい考えですな。まだ計算機のスペックが足りないのがはがゆいところですよ」
「私としても、あの出会いから、なにか生み出そうと思ったんです。それで、あのときのことを思い出してみたんですけど、違和感があったんですよね」
「いや、正確には、違和感がなかったのが違和感だった」
私の言葉に皆が注目する。
あのときのことは語り尽くしたと思っていたが、思い出すたびに、研究を続けるたびに新しい発見があるのだ。
「パリキィさんを始めて見たときに、私はとても驚きました。でも、驚いたんですけど。ちょっとうまく伝えられるかわからないんですが、驚いたけど驚かなかったんです。パリキィ氏が他人とは思えなかったと言うか、まったく異質なものという感覚が無かったんですよね」
「そこで、この研究の着想を得たんです。パリキィ氏は実は地球の生物を元にして作られたか、地球の生物が作ったんじゃないかって。この研究では、いろいろな生物のDNAを元に様々な進化を仮定して、進化した生物がどのようなものを作る可能性が高いかを考えます」
「まだ結果は出てないんですけど、やはりあれは地球の生物が作ったような気がするんですよね」
「おい、ちょっと待ってくれ、それは、確かなのか?」
「その可能性もありえるかなってぐらいですよ、どうしたんですか?」
「おいそれは」
それまでの幸せそうな表情から一変、
「奴の言葉、すべてが裏返る。人類は、我々はおしまいかもしれないぞ……」
鬼気迫るその言葉に、我々の酔いも一気に冷めていた。
「場所を変えよう、みんな、うちに来ないか?」
え、なんか私変なこと言った?
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