第10話 契約しようよ

 突然の着信に様々な考えが巡る。学生からの連絡だろうか、実家だろうか、はたまた迷惑電話か。少し冷静になり、画面を見る。いつもの着信の画面だ。相手は表示されていない。


 皆も我に返り、異常に気づく。


「出て、良いの?」


 純ちゃんに助けを求める。まさか上に確認するなんて言わないでよね。スマホはまだ着信を知らせ続けている。


「出てみて」


 純ちゃんの言葉で、皆が私に注目する。


「では-」


 私が【応答】をタッチする前に、それは聞こえてきた。


『こんにちは、みなさん』


 女性の声だった。心が落ち着く声だ、合成音声などとは違うちゃんとした人の声。


『ここへ来ていただいたことを感謝します』


『私は、あなた方とは、異なる生命体。帰還を果たすために、木星へ行く必要があります。貴国の協力を要請します』


 メッセージと同じ内容だ。


 純ちゃんが、彼女――イソギンチャクに向かって話しかける。


「そのための交渉にやってきました。私は向山むかいやま純子と申します。日本国政府の使節です」


『私に貴殿らが使う名前に相当するものは存在しません。名前が無いことが貴殿にとって不便ということでしたら、パリキィと呼んでください』


 パリキィ。

 古い日本語で、ぱり

 縄文人がそう呼んでいたのだろうか。


「わかりました。パリキィ様。木星へ行きたいとのことですが、具体的にお教え願えますでしょうか?」


『私は木星へ行かなければなりません。これはこの国の言葉で言うところの、使命と言えば理解してもらえるでしょう。行くというのは、私、つまりあなたの眼の前にある物体を木星まで運ぶことに協力してほしい、そして』


 続く言葉に私たちは、いや、私だけかもしれないが、恐怖を覚えた。


『返答は、ここに居る7人の知識人たちに決めてもらいたい』


「え、わたしたち?」


 変な声が出る。どういうこと? そういうのは政府が決めるんじゃないの? いきなりそんな事言われてもどうしようもないというか。


 そもそも、選択肢があるのだろうか。


『ここにいる7人は、それぞれが様々な分野の専門家であると認識しています。私は彼らに、この契約を結ぶかどうかの判断をしていただきたい』


 何でもお見通しって事?

 考古学の専門家の意見なんて聞いても仕方が無いと思うけどなぁ。


「どういうことでしょうか? 契約は、国と結ぶものと我々は認識しています。パリキィ様もこの国や世界についてご理解されていると考えますが」


 純ちゃんは少し焦っている。それはそうだろう。


『もちろん理解しています。しかし、私はあなたではなく、他の7人に選択して頂きたいのです』


「だってよ、どうする?」


 海良かいら氏はすこし微笑んでいる。楽しんでいるのか、この状況を。


「どういうことだ? なんの意味がある?」


 祖谷そたに先生はまた少し、声が荒くなる。


「隣りにいる人間の考えていることですら、我々は理解に苦しむことが多いのです。ましてや宇宙人の考えることなどわかるはずもないでしょう」


 さすがは紳士様。達観しておられる。


「ごもっともやな、どないしはります? 使節さん」


「ちょっと待っていて下さい、上に確認を取らせてください」


 そう言うと純ちゃんは走っていった。流石に純ちゃんには手に余るか。


 

 すきを突いて、宮笥みやけ少年が話しかける。


「ねぇ宇宙人さん。私とお話ししてくれたりする?」

『答えられる質問であればお答えします』


「あなたはどこからきたの?」

『その質問にはお答えできません』


「えー、じゃああなたは機械? それとも中に宇宙人が入っているの?」

『私は生命体です。それ以上のことは言えません』


「地球に来た目的は?」

『その質問にはお答えできません』


「んー、じゃあ動力源は?」

『電磁波です』


「おー、いつから地球に居るの?」

『地球の時間で、約350万年前です』


「ほうほう、あなたに寿命はあるの?」

『ありません』


「この光る苔は、あなたが作ったの?」

『その質問にはお答えできません』


「またそれかー、意外と秘密主義なんだね」


 宮笥みやけ少年は楽しそうだ。だが研究者とはそう言うものだろう。

 私だってもう少し落ち着いていたら質問攻めにしていたかもしれない。


「お待たせしました」


 純ちゃんが戻ってきた。


「上が了承しました。皆さんで結論を出してくださって結構とのことです」


 なんと上の許可が降りてしまった。私達が決める? 宇宙人との契約を?


「ですがその前に、こちらから何点か質問してよろしいでしょうか?」

『構いません』


 もうたくさん質問した後だよ純ちゃん。


「まずあなたは、地球や日本を侵略する意図がありますか?」

『ありません』


 それは安心だ。契約を断ると言った瞬間死ぬのはごめんである。


「ハッキング事件を起こしたのはあなたですか?」

『はい、その件に関しては謝罪します』


「わかりました。ありがとうございます」



「これは面白くなってきたな。とりあえず宇宙人様の言うことに逆らうのはやめておこうってことですかな」


 やはり海良かいら氏は楽しんでいる。真似できないな。


「契約を考えるにあたって、そちらさんが出せる情報を全部出してもらえませんかな?」


 みんな宇宙人に対してフランクに接するなぁ。まぁちゃんとした日本語で、優しい声で喋ってくれてるから安心感がある。お母さんみたいだ。


『分かりました。先も説明したとおり、私は木星へ行く必要があります。貴国には、私が木星へ行くための宇宙船の制作と運用をお願いしたいのです。そのための協力は惜しみません。そして、その協力こそ貴国のメリットになり得ます』


「宇宙人さんは結構な大きさだけど、今のロケットで飛ばせるのかい?」

「宇宙人様はどれくらいの重さでしょうかな?」


『正確な重さは分かりかねますが、20トン程度でしょう』


「これは困りましたな、日本で一番重いものを打ち上がられるH-IIAロケットでさえ、6トンが限度です。つまりあなたの言うメリットとは、ロケット開発を助けてくれる。ということですかな?」


『新しいロケット開発には膨大な資金と技術力が必要でしょう。私はどちらの協力も可能です』


 お金もくれるのか。それって特許の事を言っているのだろうか?

 それとももっと直接的に、ハッキングでがっぽがっぽかな?

 そんなことが現実に出来るのかどうかは分からないが。


「時に、宇宙人様はいつ頃木星へ旅立たれるご予定ですかな?」


『2年後を予定しています。十分可能な日程です』


「金も技術も、ね。つまり、君が持っているテクノロジーを分けてくれると考えて良いのだね?」


『構いません、貴国が宇宙開発に資金を投入するためには、それ相応の理由付けが必要になるでしょう。そのためには、新しい技術が貴国から生まれる必要があります』


「なるほどね、理にかなってる。日本で革新的な技術が発明されれば、それを契機にに科学予算を増やそうという理由にもなる。新しい技術を利用してよりよい宇宙船も作れるだろう。それに乗じて君は木星へ行こうという魂胆か」


『そのとおりです』


「そんなにうまくいくものかね、日本だけ飛び抜けたテクノロジーを持ってしまうと他国が黙っちゃいないんだよ?」


『承知しています、どのような技術を世に出せば良いかなどは私が判断します。貴国が他国から不利益を被ることはないように配慮します。貴国が窮地に陥ることは私も避けたいことですので』


「運命共同体ってわけだな」 


『あなた方には私を秘匿してもらうことになりますが、そのための工作についても私が協力します』


「あなたほどのハッカーがついていれば、ネット上では無敵でしょうな」

「だが敵はネット上だけではありませんよ」


『理解しています、ネット外の工作については貴国の協力なしには成り立たないと考えています。私の露出を最小限にするための協力を願います』


「それは、何が乗ってるかわからないロケットの打ち上げを皆にさせるということでしょうかな?」


『そのとおりです、私のことを知っている人間は少なければ少ないほど良いと考えています』


『私からは以上です、質問があれば答えられる範囲で答えます』


「我々が契約を反故にした場合、どうなりますかな?」

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