第8話 巧妙な光明

 岩を登った先は、2畳程度の広さがあり、そこから更に横穴が伸びていた。曲がりくねっているのでその先を見ることはできない。


 洞窟だけあってひんやりしている。考古学者の私が先行することになっていたので、まだ私と自衛隊のダイバーが二人。


 全員が来ると狭く感じるだろう。資料によればこの先に10人程度なら余裕で入れる広場、目的の遺跡があるらしい。


 海中によって外界とは分断されているはずであるが、酸素は足りているとのことだ。強力なライトで照らされており、足元がおぼつかなくなる心配はなさそうだ。


「大丈夫でしょうか?」


 ダイバーが聞いてくる。

 狭い洞窟なのでよく響く。


「問題ありません。先に進みましょう」



 ダイバーに先導されて、奥に進む。鍾乳洞と違い洞窟全体がゴツゴツしている。

 洞窟内に目立った遺物は見当たらない。これは少しおかしいなと思う。


 縄文人の洞窟遺跡なら生活に使用していた土器片や食料の食べ残しなど生活痕が随所に見られずはずだ。まぁ遺物が見つかることが多いのは入口付近だからそこまで不思議なことではない。



「ここが広場になります」



 横穴を抜けると、18畳程度の広場に出た。広場と言っても、ところどころ、背丈ほどの大きな岩が転がっていて、広場と言えるかは微妙なところだ。


 床には泥が堆積しているが、所々に岩が見える。入り口から奥に向かって少し高くなっている。天井はそこまで高くないが、3メートル以上の背丈がない限り頭を打つことはないだろう。


 天井は岩がむき出しになっている。中央に白骨が4人分、ほとんどが土で覆われているため全体像はつかめない。奥の壁付近に写真で見た土器が置かれている。


 歩いて奥まで歩く。この洞窟は雨による侵食によって土が流されることによってできており、まだ雨が降ると上から少しずつ土が流れ込み、堆積していっているとのことだ。


 つまりこの堆積した土の下には、彼らの痕跡が残っているかもしれない。雨による侵食が作った小さい隙間が外とつながっているために、酸素が届いているとのことだ。



 問題の土器を見てみる。欠けているところも見られるが、保存状態は良好だ。やはりどれも儀式のために作られたものだろう。縄文時代の儀式については文献が残されていないため、土器などから推測するしかないためにほとんどわかっていない。


 この洞窟で何らかの儀式が行われていた可能性がある。


「なにかわかりましたかな?」


 第2陣が到着したようだ、入口付近に紳士と爾比蔵にいくらさんがいた。



「まだなにも。堆積した土の下に遺物が埋まっている可能性がありますので、できるだけ土を踏まないように動いてもらえれば助かります。もちろん身に危険が及ばない範囲で」


「心得ました。いやしかし、これは心躍りますな」


 紳士さんは楽しんでいるようだ。爾比蔵にいくらさんはおそるおそる、といった感じ。あたりを見回している。


「思ったより、狭いですね。こんなところに長時間いたら、体調を崩しそう。縄文時代の人は低温に強かったのですか?」


 爾比蔵にいくらさんはあたりを見回しながらそう言う。彼女は、ここへ来ることを最初はためらっていた。怖いとかそういう理由ではなく、彼女がここへ来たところで、何もできないからという理由だった。


 それはごもっともな話だと思う。彼女の専門は感染症だ。ここへ来たところで、できることは一般人とそう変わらないのかもしれない。それでも来たのは好奇心だろうか。



「私らと変わらへんと思います。2千年程度では」



 おじさまも到着したようだ。


「ならば彼らはどうしてここに来たのでしょうか? こんな寒くて暗いところに。私達と同じく、呼び出された?」


「その可能性もありますが、どうやって呼び出したんでしょうね。声を出せるのなら我々にも聞こえないとおかしいですが」



 爾比蔵にいくらさんと議論していると、残りの方々が到着した。


「おーここが宇宙人さんとの待ち合わせ場所かー。なかなか風情があるね」


「とても光回路が見つかった場所とは思えんな」


 これで全員だ。


 宇宙人はなぜ場所を指定したのに姿を見せないのか。様々な可能性を議論した。

 場所が間違っている可能性。これは超テクノロジーの発見により否定された。

 

 我々は彼らの指定した場所に到達できているはずだ。彼らが現れることができない状態になっている可能性。


 彼らがどういう理屈でハッキングを行っているかは謎であるが、我々の言語やパソコンの中身を理解するだけの能力を持ち合わせているならば、我々がここに来た段階で、接触してくるはずであろう。


 来ないのはなぜか、彼らに何らかのトラブルが発生している可能性だ。あれが最後の力を振り絞っての連絡だったのだとしたら、あとは我々がなんとかしなければならないのだろう。


 最悪この島ぜんぶを掘り起こすことも視野に入れていると純ちゃんは言っていた。できれば穏便に済ましてもらいたいものだ。

 

 つまり、他に部屋がある可能性を考えて、皆でさらなる洞窟を探す。


 私が一番乗りしたので、私から議論をスタートさせてみる。



「とりあえずここまで見てきた所見ですが。通常縄文遺跡などでは洞窟の入口付近で土器などが見つかることが多いですが、ここ以外に遺物を発見できていません。なぜこんな奥まで来ているのかが謎ですね」


「やはり何か目的があってここに来たんじゃないかと?」


「その目的こそ、宇宙人ねぇ。美味しい飯でも用意してくれてたのかね」


 海良かいら氏は大きな岩の上に登って見渡している。


「縄文人さんはどうやってここに来たの? ダイビングするの?」


 どんな縄文人だ。


「ほっほっほ。それは見てみたいところですな。この洞窟は水による侵食でできた洞窟ですからな、縄文時代、この島はもっと標高が高く、入り口も地上にあったのではありませんかな。その後、浸食により徐々に沈下していって現在に至るというのはいかがでしょう」


歌影うたかげ先生は洞窟にもお詳しいんですか?」


 祖谷そたに先生はちょっとお疲れのようだ。


「惑星探査に必要な情報です、火星にかつて水があったという話はご存知ですかな? 月にも巨大な洞窟があって、将来的に拠点にする可能性もありましてね」


「なるほど確かに必要な情報ですな」

「縄文人も火を扱うことはできたんですな?」


「もちろんです。土器は火で焼いて作りますので」


「ならば来れないことはない、か」


 爾比蔵にいくらさんが縄文人の骨を見ながら、呟いた。


「縄文人って服を着なかったのですか?」


「縄文時代にはすでに糸や布を作ることができていたので、着ているはずです。ただ、彼らの服が残っていることは稀です」



 縄文人の行動について、研究者以外の人の中には、もっと原始的な生活をしていたイメージを持っている人も多い。しかし彼らは我々が思っている以上にちゃんと生活していたのだ。


 ときには数百人が同時に暮らす村を作り、布を編み、土器を焼く。そんな彼らがなぜここに来たか、爾比蔵にいくらさんが言うように、こんな暗くて寒いところに。


 ん? 暗くて寒い? 

 

 そうか、ならばこういう可能性もあるはずだ。


「明かりを消してもらえますか?」


 私は役に立てるだろうか。

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