第12話 触手だからって吸血鬼になるとは思えない


 吸血鬼に噛まれたら触手でも吸血鬼になるんだろうか?でも牙とかないぞ。いや、砕くような歯はあるけど。


「ブレン、まずい、噛まれてしまった。吸血鬼になるかもしれん」

「マジかよ。でも吸血鬼化って人間以外するのか?」

「馬ならするな」


 馬はアウトか。触手だとどうなんだろう。とりあえず拘束してくれ。


「吸血鬼になるのはイヤだからな。とりあえずなんかで縛っといてくれ」

「いいのかよ」

「メシだけは持ってきてくれ」

「吸血鬼触手がメシ持ってこいって……」


 エルフはそんなこと言うけど、まだ吸血鬼じゃないし。ひとまず拘束されて、エウロパに回復の魔法かけてもらって様子をみることにした。


「ちょっ!触手!なんで縛られてんの!?何かイヤらしいことでもしたの!?」

「するわけないだろが!!」

「……冗談はさておき、これ、ヴァンパイアの咬み傷じゃん」

「そうだ。躱せなかったな。油断した」

「俺を庇って噛まれたんだよ……」

「ブレンを!?何やってたんだよブレン!」


 表皮が痛い。でもブレンが噛まれなくって良かったぞ。ブレンが噛まれたらあの戦力が確実に敵に回ったことになる。そっちのが怖い。


「俺たち油断してたな」

「あぁ……ところでエウロパ」

「うん。ひとまず解毒の魔法と回復魔法使うけど、ヴァンパイア化が防げるかはわからないよ」

「でも正直痛い」

「ブレンを守ってくれたんだね。ありがと、触手」


 そういうと、エウロパが回復の魔法をかけてくれる。結構気持ちいいかもしれない。ちょっと痒くなってきたけど。


「なんか痒くなってきたな」

「回復してる証拠だよ。かいちゃダメだよ」

「我慢しよう」


 しばらくするうち、完全に傷は無くなった。無くなったのはいいけど、ヴァンパイア化するかどうかはわからない。


「触手がヴァンパイアに噛まれたなんて話聞いたことがないからな。我々にもわからん」


 そんな風に言われつつ、エルフたちに縛られた状態で牢に入れられた。もっとも俺が暴走したらブレンとラコクオーでないと止めきれないかもしれないからなぁ……。こんな檻役に立つのか?


「メシだけは持ってきてくれ」

「いいのか?」

「腹は減るからな」

「わかった。お前たちは森を守ってくれたからな。できるだけのことはする」


 ひとまずブレンたちが、エルフたちに受け入れられたのはありがたい。俺もとりあえずメシは食える。あとはいつ発症するかだ。


 ……そう思って三日。ヒマだ。いつになっても発症する気配がない。ブレンたちも定期的に見に来てくれるが、特に血を吸いたいとも思わない。そもそも吸える牙を持っていない。


「なぁ……ひょっとしてだけど……」

「なんだい触手」

「俺、ヴァンパイアにならないのかな」

「ぼくもそんな気がしてきた」


 エウロパに言われるまでもなく、これはもうないな。普通吸血鬼化は三日ほどで進行するらしい。俺はというと特に外見的変化はない。


「血とか吸いたい?」

「全然。普通に腹は減る」

「……どうしたもんだろうね」

「かといって大丈夫だという保証もないだろう」

「困ったね」


 このままだと俺は檻の中から出られない。参ったぞこれは。つまらん。ヒマすぎる。


 しようがないのでエルフの森の本とか読ませてもらう。ヒマすぎて泣けてくる。


「一度に何冊よむんですか?」

「4冊までなら読めるぞ」

「読みすぎですよ……」


 エルフの若い子たちに本を持ってきてもらう。エルフの古文書はさすがに読めないが、最近の本だと何とか読めるな。どうやら人間語訳らしい、通りで。


「すごく賢いんだなこの触手」

「デリアも見習えよ」

「えー……」


 エルフの子供たちは、かわいそうに触手を見習えと言われてしまった。本は読んだ方がいいとは思うけどな。話は変わるがエルフの子育ては大変らしい。成長がゆっくりだから反抗期が長くて精神的にキツいようだ。子離れの時期ってやつとはまた違うようだからな反抗期は。


「大変だ!」

「どうしたブレン」

「それがだ、ヴァンパイアの嫁を自称する少女がやってきてだな」


 ブレンが駆け込んできて変なことを言い出した。ヴァンパイアの嫁?そいつはなんでここにやってきたんだ?


「誰かヴァンパイア化しているかを調べたいらしいんだ」

「調べられるのか!?」


 渡りに船とは言わないが……しかしなんでわざわざここに。ひとまずエルフたちやブレンたちと相談して檻のところにヴァンパイアの嫁を連れてきてもらう。


「……それで、この下に被害者がおるんじゃなミノタウルス女」

「ぼくのどこがミノタウルスなんだよ」

「胸とか」

「デリカシーないヴァンパイアだね!」

「妾も長く生きているがなかなかのミノタウルスぶりだぞ。本当に人間か?」

「本当にデリカシーねぇな!」


 ブレンにまで呆れられている。例のできものの件かよデリカシーないなそれは。俺にいう権利はあんまりないけど。ないけど。


「それで……どこに被害者がおるんじゃ?」

「牢の中」


 ブレンが俺を指差す。


「おらんじゃろ」

「その触手だよ噛まれたのは」

「はぁ!?」


 そう言いたくなる気持ちはわかる。わかるけど実際噛まれてるし俺。今は痛くはないけど。


「しかし吸血鬼化による身体の変化はあることはあるが、ここまでの変化は妾も初めて見たぞ」

「いや元々触手だぞ俺は」

「んなっ!?触手が喋ったじゃとぉ!?」


 びっくりされるのにも慣れたもんだ。


「さておき、ヴァンパイア化しておるとしたら隷属化の魔法で多重継承できるからのう。妾が吸血鬼化したあのバカの配下になっているかじゃが」

「その場合どうするの?」

「……配下にせねばならん。責任持って」

「えぇっ!?触手連れてっちゃうの?」

「妾だってイヤじゃこんなの!!」


 おいおい俺を配下にするのか?やめてくれよヴァンパイアの配下とか。湖帰れないだろうが。


「こんなのって俺だってイヤだぞ!そんな触手も生えてない人間っぽいメス!」

「うるさいわ!始祖の妾は責任持って配下を管理せねばならんのに……あのバカが変なのを頭に植え付けられてコントロールきかんのじゃ」

「変なの?触手みたいなやつか!?」

「そうじゃ。アイツはバカじゃが力はあるからのう。敵に回すと妾でもキツい」


 ブレンも見ていたが、あのヴァンパイアの額には確かに触手が生えていた。あいつも被害者なのか……。また紫ゴブリンたちに対するヘイトが溜まってきた。


「ブレン会長。会員証」

「おおそうだ。これを」

「なんじゃこれは?」

「紫ゴブリン被害者の会会員証」

「何の会じゃそれは」


 あんまりヒマなので紫ゴブリン被害者の会会員証を作成していた。会長はブレン、副会長には最初の被害者の俺がなっている。エルフの森の長老やラコクオーにも渡した。


「紫色のゴブリンのような魔物が、触手を額につけさせたり異なる生物で異種姦を行なう実験を行ったりしてるんだ」

「被害はあちこちに及んでいるよ。ぼくたちも被害を受けてた」

「……その胸もミノタウルスとの異種姦の……」

「違うう!!!」


 冗談はいいからそろそろ確認してほしい。あっ、とうとうエウロパがスリッパで嫁を叩こうとして、かわされたな。さすが始祖。


「ところでヴァンパイアの隷属化の確認は?」

「わかったわ。うう、しとうないのう……」


 隷属化の確認魔法を通じてヴァンパイア化を確認できるという。魔法がかけられるがなんともなってない。


「むう。お主本当に噛まれたのか触手」

「思いっきり噛まれたぞ」

「それがのう……隷属化してない」

「なんでだろ」

「例えばスライムを噛むとするじゃろ」

「するな」

「ヴァンパイアになると思うか?」


 ならない気がする。そういう意味では俺は助かったということか?


「よかったぁ。ひとまずここから出られるよ触手」

「よかったついでに頼みがあるんじゃが」

「なんとなくわかったぞ。あんたの旦那を助けたいんだな?」


 ブレン、いいのか?俺も助けられるならそうしたいが。


「……礼はさせてくれ。あんなバカでも妾の連れあいなんじゃ」

「ブレン、助けてあげるの?」

「わかった。やろう。今や被害者の会の仲間だからな」

「すまぬ……」


 少女の涙を見つつ俺は思った。目から液体垂らすとか、なんか怖い。エウロパあたりに言ったら殴られそうな気がするから死ぬまで黙ってよう。

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