第10話 触手だからってエルフの森を守れないとは思うなよ


 ラコクオーを走らせて数時間、怒涛の勢いでエルフの森に迫るバイコーンの群れを見つけた。目は血走っているし、舌は出てるしおまけによだれもひどい。どうしてこうなったといいたいところだ。実際ここまでの惨状ってのは想定していなかった。


「ちょっと怖いね」

「どうする、これはうかつに近づけないぞ」

「周囲から削るしかないだろ」


 空いている触手を使って石を投げつける。怒り狂って襲ってきたバイコーンに電撃と水の魔法を叩き込む。10頭程度から寄生虫を駆除できたが、数はあまり減っていない。


「触手!このままじゃエルフの森に到達するぞ!」

「でもこの数をぼくたちだけじゃ無理だよ!」


 まずいな……何か触手がないか……なら!


「ラコクオー、奴らの前に出られるか?」

「出られるが、どうする?」

「ちょっと手荒な手を使うがいいか!?」

「わかった、やってみろ!」


 先頭を走る二頭の馬のツノを触手で掴む。嫌がるんじゃねぇよお前ら!そのまま転倒させ、後続を巻き込む。よし、結構な数が転倒したぞ。このまま続けてやるか?


 その時、俺に向かって二本の矢が飛んできた。思わず飛んでくる矢を触手で掴む。


「うぉっ!?あぶねぇ!」

「なんか矢が飛んできたぞ!?」


 ブレンも飛んでくる矢を斬りはらう。危ないにもほどがあるだろう。


「この矢……エルフじゃない?」

「でもなんで俺たちまで巻き添えなんだよ!?」

「ぼくも忘れてたけど、ラコクオー……バイコーンだよね」


 あっ。


 エウロパの言うとおりだ。思わず俺たちは無言になってしまった。ヤバい、このままだとエルフに射殺されてしまう。


「どうする」

「とにかくまずはエルフを説得しないと。まだ死にたくないよぼく」

「よし、わかった、とにかく射るのをやめてもらおう」


 俺たちは声を限りに叫んだ。そりゃそうだ、射殺とか勘弁してほしい。バイコーンの群れからなんとか離れ、助けを求める。バイコーンたちが倒されていく。


「くっ……」


 ラコクオーは悔しそうだが仕方がない。それより俺たちの命だ俺たちの。草叢からエルフが何人か出てきた。全員弓を構えている。


「そこまでだ。バイコーンから降りろ魔族」

「ぼくたち魔族じゃな……」


 エウロパがそう言おうとした瞬間矢が飛んできた。危ねえよ俺が触手で掴んだけど。ちょっとエルフが引いてる気がするのは気のせいだな。


「大人しく降りろ」

「ここは素直に従った方が良さそうだな」

「そうだね」


 こうして俺たちはラコクオーから降り、数人のエルフと相対することになった。弓をがっちり構えている。いつでも射られるということか。ブレンとエウロパは両手を頭の上に置いている。俺も触手を上に上げてみた。


「とうとう来たな魔族ども」

「魔族じゃないんだけど、多分わかってもらえなさそうだな」

「魔族でもないのにバイコーンに乗っているのは何故だ!」


 弓引かないでほしい。怖い。


「我から説明しよう」

「バ、バイコーンが喋った!?」

「彼らにバイコーンの治療を手伝ってもらっていた。バイコーンは馬が感染する病気のようなものだ」

「えっ、そうなのか?」


 エルフも知らなかったのか。俺もさっき知ったけど。


「そしてエルフの森にに向かった一団を止めようとしたが……犠牲が多かったな……」

「し、しかし、このままだとエルフの森にバイコーンが侵入して被害が出てだな!」

「責めているわけではない。だが……」

「それにしてもお前たちは人間なのか?」


 ブレンに弓を向けてエルフが問いかける。


「そうだ。旅の途中でバイコーンとたまたま出会ってだな」

「それよりそっちの気持ち悪いのはなんだ!?」

「……俺のことか。酷い言われようだな」

「しょ!触手が喋ったぁぁ!!!」

「もうすっかりこのパターン慣れっこだね」


 そういうなよエウロパ。そんなに俺が喋るのは変なのか?そうなの?


「魔族でもないのに触手が喋るってどういうことだ?」

「馬も喋るし触手も喋るしなんなんだこいつらは!」


 エルフたちにはボロクソに言われている。そうはいうがな、俺だって自然に喋れるようになったわけでもない。ありのまま事実を伝えるしかない。


「紫色のゴブリンのようなやつにいじられた結果だ。そいつが魔族ってやつか?」

「……どう思う?」

「長老に話を聞いてみるか?話す触手生物なんてどう判断したらいいか分からん」


 エルフ内でも意見が割れているようだ。しばらくあーだこーだ言い合ったうちに、結論が出たようだ。


「悪いがしばらく監視させてもらうことにした。エルフの森を襲撃する連中の仲間でない保証がないからな」

「そんな!」

「いや、わかった。エウロパ、ここは彼らの言うことを聞くことにしよう」


 ブレンは武器を手渡したようだ。でもさっきの動きからすると、武器なくてもブレンは押さえ込めないと思うぞエルフ各位。俺たちに至っては渡す武器もない。どうしたものか。


 かくして俺たちはエルフに囚われることとなってしまった。気持ちはわからんでもないが、誤解にもほどがある。ブレンたちは牢屋に入れられたようだが、俺たちは動物用の檻だ。


「やれやれ……射殺されないだけマシと思わないとな」

「またか……」


 ラコクオーと俺は同じ檻の中でしばらくじっとしていた。なんか疲れた。飯くらい出してくれるんだろうな?看守のエルフに話かけてみる。


「おい」

「うわっ!本当に喋るんだ触手が!」

「じゃなくてだな。メシとか水とかくらい出せよ。俺たち閉じ込めるのは防衛上必要なのはわかるが」

「それもそうか。そっちのバイコーンはカイバでいいとして、お前は何を食べるんだ?」

「野菜と魚くらいなら食べられる」

「ちょっと待ってろ」


 しばらくすると看守エルフが俺たちのメシを持ってきてくれた。無言でメシを食べる。正直なところ、俺とラコクオーが本気になればこの檻は壊せるとは思う。しかしブレンたちのことを考えるとまだ脱獄らやめておいた方がいいな。そのまま俺たちは疲れて寝てしまった。


 事態が推移したのは2日後の夕方近くのことだ。


「大変だ!魔物の群れが攻めてきたぞ!」


 なんだって?微妙なタイミングで来やがったな。俺は看守に掛け合う。


「おい!俺たちも防衛に参加させてくれ!」

「させられるわけないだろう。魔物の仲間かもしれないのに」

「触手よ、さすがにそれは無理ではないか?」


 ラコクオーは否定的だが、ここで防衛に参加しておけば俺たちに対するエルフの評価が上がるのではないか?


「なんなら俺だけでもやらせろ。もし怪しいというなら射殺されても構わない」

「いや、そこまで言われてもだな……」


 などと言い合っていると、何故かブレンがやってきた。


「触手、ラコクオー、俺たちもエルフの森防衛に参加するぞ」

「いや、それは構わないがエウロパは?」

「……人質だ」


 そこまでするかブレン?……当然といえなくもないか。ここで一戦きっちり防衛に参加できれば誤解が解けるというものか。


「……わかった。さっさと魔物を蹴散らして誤解を解くとするぞ。行こうブレン」

「うむ、我も行くとするか」

「ちょ……ちょっと……」


 看守はまだ不審感を露わにしている。


「俺たちが先行する。使い潰すつもりで先行させればいい。どうしても信じられないなら射殺でもなんでもしろ」

「どうしたブレン。落ち着け」

「……エウロパが心配か?」


 ブレンはわずかに下を向いている。実際心配なんだろうな。


「よし、わかった。俺たちでさっさと魔物を倒してエルフの信頼を勝ち取るぞ」

「異論はないな」

「あ、これ看守の人に渡せと言われてました」


 おい、手紙もっと早く出せよブレン。こうして俺たちは魔物達と相対するため出撃することになった。遠くの方から気持ちの悪い声が聞こえてくる。松明のようなものも見える。エルフの森を焼かせるわけにはいかない。

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