第5話 触手だからって幼馴染の敗北フラグをへし折れないと思うなよ


 ライデンと孫娘にシャワー(っていうらしい)を浴びさせ、服を着替えさせてひと段落する。俺もシャワー上がりに水を飲ませてもらう。全く……どういう教育してんだよライデンのやつ。


「それで」

「なんじゃ」

「おじいちゃん、また変な生き物拾って来たの!?」

「むしろわしが助けてもらったんじゃが」

「そうなの!?」

「あぁ。ライデンが崖の木に引っかかってたから引っ張り上げた」

「どういう状況なのそれ!?」


 ライデンの家族はなかなか騒々しいな。表皮が痛い。


「わしも村を襲う魔物と戦っておったんじゃが、竜の尾で跳ね飛ばされてな……」

「もう!歳なんだから無理しないでよね!」

「まだ70の若造じゃ」

「若造って言わないと思う」


 メスは冷たいな。冗談なんだろうけど、どういう意味かよくわからん。


「70ってなんの数字だよ」

「年齢じゃよ年齢。お主はいくつくらいじゃ?」


 そんなもの急に聞かれてもだなぁ……いやちょっと待てよ。


「年齢ってどう出すんだ?」

「一年ってわかる?春が来て夏になって秋、冬。そして春じゃない。それを一年って呼んでるんだけど」

「そういう意味でいうなら……計算させてくれ」


 触手を折り数える。故郷の湖付近はいいところだった。いつもきれいだ。春の花、夏の緑、秋の紅葉、冬の雪……


「18位になるな」

同い年タメだ」


 メスの方と俺は同い年だった。まさかの。


「俺たちの寿命は30〜40年ってところだと思う。普通は」

「自然界でじゃろ?実際には人間と変わらんかもしれぬぞ」


 そういうものだろうか?それにしても、相変わらずメスの身体の大きなコブが気になって仕方がない。大丈夫なのか?


「何?ぼくに何かついてる?」

「気になってたんだが……ライデン、お前の……子供?……孫って子供の子供か。ってどこか悪いところないか?」

「うんにゃ。元気すぎるくらい元気じゃよ」

「そうだよ!ぼくは元気だけが取り柄なんだから!」

「うーん……でもなぁ……」

「何が気になるんじゃ?」

「胴体のコブ、大丈夫なのか?大きすぎないか?」


 急にメスに叩かれた。痛いからやめてくれよ。


「気にしてたのに!そういうこというのデリカシーがないよ!」

「やっぱり悪いのか身体が?」

「……あれ?ちょっと触手。ひょっとしてほんとうに病気だと思ってるの?」

「違うのならいいんだが……」

「んーなんていうんじゃろな。生物の婚姻色ってあるじゃろ。春になると魚が色づいたり鳥がきれいな飾り羽生やしたり」


 そういえば春とかになるとそういうの見ることがあるな。


「性的アピールか。よく考えたら俺たちもあるな春から夏にかけて」

「人間の場合は二足歩行の関係か、サルの性的アピールであった尻の代わりになったのではないかという説があるのう」

「メス側が性的アピールするのって珍しい気がするな」

「確かにのう。オスがアピールする生物の方が多いからのう」

「なんか2人?で分かりあってる……触手なのに……」


 触手だからってそれくらいわかるぞ。自分の種にあるものなら理解もできるってもんだ。


「だとすると特定の時期だけ大きくなるのか?」

「違うよ、大きくなる時期とかないよ」

「えっ?じゃあ……えっと、あれだ……繁殖期っていつだよ」

「そんなのないよ、人間には」

「ないのか……変わってるな、人間って。んじゃいつ繁殖するんだよ」

「変わってるかなあ……」

「確かに多くの生物は繁殖期あるしのう。人間は強いて言うならいつでもじゃな」


 無茶苦茶な生物だな人間。互いの生物種の常識っていうのが違うってものだろうか。ちょっと引いた。


「いや、やっぱりそれは変わってる気はするぞ。コブがアピールになるのもよくわからないし」

「まだ言ってる。気にしてるんだからやめてよ!」

「性的アピールになるんだろ?何故気にする?」

「だって……誰彼構わず性的アピールなんてしたくないもん」


 それはそうだよな。好きでもない相手に這いよられるの、俺だって嫌だし。


「それに……あいつは、ぼくのこんなの見てなんか避けているようだし」

「あいつって……あいつか?」

「知っているのかライデン?」


 なんとなく言ってみたくなったが、実際誰だよ。


「わしの孫娘の幼馴染ってやつがのう……勇者とかいうやつだったかの?」

「まぁそんな風に言われてるね。昔はよく一緒に男の子っぽい遊びして遊んでたんだけと、大きくなってきてだんだん避けられるようになったんだ」

「そうかのう……よく前屈みにはなっておったが……」

「ライデン、何故その勇者は前屈みになっているんだ」

「そりゃわしの孫娘にグッときたんじゃろう」

「そんなわけないでしょ!」


 ……情報を整理する。もしライデンのいうのが正しい場合、勇者は繁殖の意志があるということか。しかし孫娘の方はそれを理解していないということだな。勇者の方も繁殖の意志があるとして今の関係を壊したくないとすると……。


「ざっくり言わせてもらうぞ。このままだとお前、勇者をほかのメスに取られるぞ」

「なんじゃと!?」

「えええええ!?何言ってんの触手!」

「考えてみろ。これまで勇者は……そうだな、オスの仲間のように考えていた相手がメスで、しかも性的アピールがすごくなって戸惑っている可能性が高い。そこにもし第二のメスが現れてみろ。具体的には性的アピールしてくるようなやつ」


 二人はびっくりしたような顔をしている。あ、メスの方泣き出した。


「すまん、そんなつもりで言ったんじゃない。しかしこのままだとやはりマズいぞ」

「えぐっ……えぐっ……なんでわかるんだよそんなの!」

「経験者だからだ!」

「えっ」

「なんと」


 俺が触手だからってバカにしてやがるのかこいつら。触手だってオスっぽい青系触手のメスと仲良くなったり、そのメスと関係悪くなったり、ピンク触手のメスに心奪われたがフラれたり、青系メスと元サヤに戻ろうとしてダメになったりすることぐらいあるだろう!(早口)


「俺も似たような経験をしたことがある!そして俺は失敗した!だから!お前には失敗して欲しくない!」

「……そっか、触手っていいヤツなんだ」

「……好きに生きてるだけだ」

「いいヤツじゃろ、ワシも助けといて。照れるな照れるな。照れると体表が紅くなるんじゃな」

「おもしろーい」


 面白がるな。お前のために意見してるのになんなのそれ。


「全く……言うことは言わせてもらったからな。それを聞いてお前がどうするかはお前の自由だ」

「お前って言わないでよ。ぼく、エウロパって言うんだ」

「そうか。よろしく、エウロパ」


 俺とエウロパは触手と手で握手する。なんか慣れてきたなこのやり取り。


「ところで、これから俺の故郷までだが、どうやって旅したらいいと思う?」

「馬車の後ろに乗せて、目的地まで輸送かのう」

「いくらかかる。手持ちの銀でいけるか?」


 俺は銀貨をとりだし数えてみた。31枚か。それなりの数だが。


「ダメじゃな。それじゃ3割ほどの旅路しか進めん」

「どうするかな。山賊退治でもするか」

「それ多分モンスターとして討伐されるよ」

「えっ、山賊退治してても?」

「うん。今のぼくならともかく、なんの情報もなく、ぼくがたまたま触手が山賊退治してるのを見たとするよね」

「するよな」

「近くのギルドに駆け込んで『怪物が山賊襲ってます!』ってなると思う」


 マジかよ。それじゃこの手も使えない。どうしたものか。


「さすがにライデンに金を借りるわけにもいかんからな」

「かなりの距離じゃしさすがに出せん」

「うーん……どうしたらいんだろうね?」

「歩くしかないかもな」

「それだと大分かかるが」


 しかしほかに現実的な手はないだろう。まぁなんとかなるだろ。


「世話になったな」

「まぁ待て。もうすぐ暗くなる。今日は泊まって行くがいい。明日旅立てばよかろう?」

「……急ぐ旅でもないしな」

「そっか。んじゃ今日はぼくのうちに泊まるんだね」

「そうする」

「ご飯食べてく?ちなみに何を食べるの?」


 故郷では植物や魚を食べていたな。


「藻や魚が主食だったな。人間の食べる植物を食べたこともあるから、一緒のもので大丈夫だと思う」

「キャベツ菜などどうじゃ?」

「あれは美味かったな。人間も食べるのか?」

「食べるよ。ぼくも好きだし。肉は大丈夫?」

「……ほぼ食べたことがないな。魚の方がありがたい」

「わかった。ぼくの料理でよかったら食べてってよ」

「ありがとう」


 こうして俺はエウロパの作った人間の食事を食べることになった。味は濃いが、普段塩分が不足気味の生活なのである意味ありがたい。毎日これだと身体に悪そうだが(人間にはちょうどいいらしい。汗をかくからだとライデンが言っていた)これだけ美味しかったら時々食べられたら幸せだろうな。


 満腹になった俺は、ライデンの部屋で寝ることとなった。久しぶりに故郷の湖の美しい風景を夢に見た気がする。早く帰りたいな。

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