4.一〇〇両もって二一世紀に戻る

「この御方が…… 二三〇年後の未来から……」


 父親から俺が未来人であることを知らされ、#田沼意知__たぬまおきとも__#が途切れるように小さく言った。


「#土岐航__ときわたる__#です。今、意次殿が紹介されたように、大元帥不動明王様の代理と思ってください」


 間違ってはいないので、田沼意次も頷いている。

 ただ、いきなりの話で、意知は困惑した顔をしている。


 そりゃそうだ。

 18世紀の人間とはいえ、「神仏の力で時を超えました」、「二三〇年後から未来人が来ました」と言われて「そうですか」と納得するわけがない。


 田沼意次、嫡男の田沼意知。そして俺の三人が江戸屋敷に集まり話し合いを始めていた。

 人払いはしているが、一応は小声で三人が頭を合わせるようにして話している。


 壁に耳あり障子に目あり――

 その警戒は最低限必要だ。 


 ちなみに今は呉服橋御門内の江戸屋敷だ。

 田沼意次の記憶では来年は、神田橋に引っ越すらしい。


「でだ。驚くな―― 心してきけ」


 田沼意次が息子の田沼意知に話し始めた。


「意知よ、お前は江戸城内で暗殺される。天明四年(1784年)三月―― 七年後の話じゃ」

「え…… 父上それは……」


 深刻な顔で、重く苦渋の色を滲ませた父親の言葉だ。

 そんな風に父親から、自分が殺されると言われれば誰でも驚く。


 意知も例外ではなかったわけだ。

 顔真っ青だよ。スカイブルーになっているよ。

 信じる信じない別にして、気分悪いのは分かる。


「ワシも時を超えたのだ。天明六年(1786年)五月、オマエが殺された年から、時を渡り戻ったのだ」


「俄かには信じられませぬ……」


 困惑を隠せぬ声で、意知は答えた。


 この息子は、田沼意次の引立てで出世する。

 若くして若年寄までいくわけだ。幕閣に入るのだ。


 優秀で父の補佐を良く務めたというのはチラリと知っている。

 ただ、二一世紀の史学における「歴史認識」が本当に「歴史の真実」かどうかは分からない。

 人の評価は、現在見つかっている史料を検証して作り上げたものだ。

 未発見の史料が出てくれば、評価が変わる可能性もある。


 俺自身は、とにかく自分で相手はどんな人間か評価していくしない。

 まあ、予備知識は必要ではあるけど、先入観は良くないだろう。


「二三〇年…… なんとも遠い未来ですな―― 確かにその風体は…… 異国風な感じがしますが」


 俺を見やって田沼意知は言った。

 異国風というが、当時のヨーロッパ人の格好が俺に似ているとも思えない。

 だいたい、オランダ人も江戸幕府に挨拶するときは、ずっと昔のまんまのファンションを強制されていたらしいが。


「ああ、証拠見せましょうか?」

「証拠?」


 俺は首から下げて、胸ポケットにいれてあるガラゲーを取り出す。

 いまだにスマホではなく「ガラゲー」を使っている。契約を変えるのが面倒だからだ。

 それでも、江戸時代の人間にとっては、見たこともない不思議な機械だろう。


「写真と言って、姿を絵にします。一瞬で――」


 俺はガラゲーを向けた。


「な、なんだそれは…… 大丈夫なのですか。父上」

「土岐殿は、大元帥明王の使い―― 問題は無い」


 大元帥明王様々だ。

 これが、アクシデント的な時間転移だったら、俺は路頭に迷って死んでいたろう。


「すこし、音しますけど、全然問題ないですからね」


 俺はガラゲーで写真をとった。

 シャッター音で、田沼親子がびくりとする。

 事前に言ったが、聞きなれない機械音だ。

 そんな大きな音ではないが、やはり驚いたようだ


「え―、こんな感じで絵が出来ます」


 俺は液晶画面を見せた。


「ぬぅぅぅぅ…… これは―― 妖術……」

「おお! 大元帥明王の法力みたいなものか?」


 親子で勝手なことを言っているが、まあ18世紀の江戸人なのでしょうがない。


「光を使ったカラクリです。230年後のカラクリです。似たようなものは、80年もすれば出てきますね」


 仕組みを説明していたら、大変なことなる。そもそもできるかどうか分からない。

 幕末になれば、カメラが入ってくるということで俺は話を打ち切る。

 

「カラクリか…… 源内であれば、仕組みが分かるか?」


 田沼意次の口から出た名前―― 平賀源内だ。

 確か、田沼意次のブレーンだったか。


「平賀源内ですか? あの」

「おお、あの男も歴史に名を残したか……」

「そうですね」


 下手したら、アナタより有名ですとかは言えない。

 平賀源内といっても、現代人のイメージで考えると危険だ。

 実際はどんな人物かは分からんのだし。


「確かに…… このようなカラクリ…… 二三〇年後…… 納得せざるを得ませんか」


 田沼意知は真剣な顔で噛みしめるように言葉を吐いた。

 

「私は死ぬのですか? 七年後に……」


 そうだ。俺が本物の未来人であると認めれば、当然そうなる。


「殺される。江戸城内で、佐野善左衛門政言に斬られる――」

「なぜです?」

「ワシが焦りすぎた…… オヌシを引き立て若年寄りとしたが、一族の専横であると思われたのだ」

「それは……」

「ワシには味方が少なすぎた――」


 田沼意次が拳を握り、苦渋の言葉を吐いた。

 

「だから、それを回避するために、俺がいるわけですよ」


 一瞬、の〇太君に対するド〇えもんのような気持ちになった。

 まあ、俺も田沼政治を助け、日本を一気に近代化し、別の歴史を作るということにすごく興味があるのだ。

 そんな世界を作りつつ、俺も二一世紀でも成功したいわけだ。

 江戸を改革し、大判小判ザクザクでそれを現代で換金すれば、俺もハッピーなのだ。

 

 やりがいがある上に報酬もデカイ仕事だ。


「先に、佐野善左衛門政言を亡き者に……」


 どす暗い眼の色をして田沼意次が言った。

 親子の情愛の裏返しの物騒な発想だった。


 まあ、3月に息子を殺され、5月の時点での田沼意次だ。

 息子を殺されて、恨み骨髄は分かる。


 親子の情愛は時代が変わっても変わらん。

 田沼意次も、息子に再会ときは泣き崩れそうだったのだ。

 

 しかし、それは余りにも悪手だ。


「いや、それはもう、最終手段ですよ。また、佐野はなにもやってないですから」

「ぐぅぅぅ、確かにそうであるが――」

「父上、ここはまず、そうならぬための対策を」

「確かに、その通りか……」


 暗殺された当事者にとりなされ、暗い考えをなんとか引っ込める意次。


「じゃあ、まずは自分の知っている範囲で、これから先、二三〇年後の未来までの動きと、二三〇年後がどんな世界かを説明しますよ。ざっくりですけど」


 俺は言った。まずは、基本的な情報を教えること。

 その上で、どのように歴史を変えていくか、考えなければならない。


        ◇◇◇◇◇◇


「薩摩、長州が幕府倒すと――」

「関ヶ原の復讐か……」


「まあ、概ねそうです。今から八〇年くらいで幕府は潰れます。徳川家は生き残って、二三〇年後も子孫がいますけどね」


 確か子孫がいて、財団かなにかやっていたはずだ。詳しくは知らないけど。


「やはり…… 幕府の力が大きく落ちるのだな―― バカどものせいで」


 田沼意次は怒りをあらわにする。


「藩としての、薩摩、長州も無くなりましたからね。侍も無くなります」

「ぬぅぅ―― 武士もか―― 想像もつかぬ」

「しかし、田沼殿」

「土岐殿、なにか?」

 

 俺は「うーん」となっている田沼意次に確認する。

 この人の「身分制度」に対する考えだ。


「あなた自身が武士とはいえ足軽だったはずですよね。侍が無くなるのではなく、優秀な人間が侍になる時代が来たと思えばどうです? 納得いきませんか?」

「ぬぅ―― それは確かに、理がある。バカはイラぬ。ワシはバカが嫌いなのだ!」


 田沼意次は言った。自分の失脚がその「バカのせい」だと思っているのだろう。

 多分、あの人に対してだろうなぁと思う。吉宗の孫ね。質素倹約文武奨励の改革の人。


「まあ、確かに幕府が倒れて#暫__しばら__#くは、薩摩、長州出身者中心の政治が続きますが、長続きはしませんでした」


 実際は大正時代くらいまで、長州閥の影響は陸軍内部で続いたりする。

 まあ、そっから先の歴史は、18世紀の人間にとっては実感ないだろう。


「まあ、二三〇年後は色々ありました。外国との戦争もありました。ただ自分の時代の日本は世界でも有数の大国として、豊かな国になっています」


 とりあえず、幕府が倒れたとこまで俺は説明し中間を端折って結論を言った。

 幕府が倒れてからの歴史は、18世紀の人間にとっては実感ないだろうと思ったからだ。


「で、エライ進んでいます。230年後の日本。カラクリがありとあらゆるところにあります」

「そうなのか……」


「ウマよりも早い、鉄の車のついた『自動車』というモノがあります。ものすごい数が走っています」

「ほう――」

「建物は、城よりも巨大なものが林立してますからね」

「なんと……」

「夜も昼と同じくらい明るいです。あ、これ平賀源内さんがやってるエレキテルの力ですね」

「そうか…… 源内の研究もなんとかなるのか――」


 まあ、実際はなんともならず、エレキテルのことで揉めて刃傷沙汰となって獄死するのだけど。


 思えば、文明とか科学技術というのは加速度的に進むのだなと、俺は説明しながら思った。

 田沼親子を起点に、二三〇年前は、戦国時代だ。

 戦国時代の人間が、江戸のこの時代に来ても、そう驚きはしないだろう。

 俺の時代では一〇年前もたてば、社会が大きく変わる。


「まあ、とにかく。短期的な目標―― それは田沼意次殿の政治を完遂させること。失脚の回避。当然、意知殿の暗殺は回避すること」


 俺は言った。


 田沼意次から意知に権力を移譲させ、重商主義による日本改造をこの時点で行う。

 ロシアとの通商。海洋通商国家を目指すのもいいかもしれない。

 今のところはこんな感じだ。


「かたじけない。お力添え、期待しておりますぞ」

「何卒、お願い申し上げます」


 田沼親子が俺にお願いした。


「そして、江戸幕府の延命―― 外国勢力を幕府の力でなんとかできるようにすればいいか……

 ただ、俺も人間だし、田沼殿も人間。八〇年先まで生きてはいないし、どうなるかは分からない。

 まあ、一気に盤石な日本を作れば、その問題は心配しなくていいかもしれない」


 俺は言いきった。幕府の存続は彼らにとっては重要事項だ。

 それを「軽んじてます」と言う態度はみせるべきじゃないだろう。


 二一世紀の様々な道具を持ちこめば、短期間で「パックス・ジャパーナ」を実現することもできるかもしれない。

 それは、その後の近代日本の悲劇とか、矛盾を解決することになるかもしれない。

 それが、幕府主導の近代日本であったとしても、おかしくは無い。

 歴史としてあり得なくはないと思う。


「大筋は、分かり申した。土岐殿」

「御意のままに」


「じゃあ、一度、俺は230年後の未来に戻る。で、用意すべき物をこっちに持ってこようと思う」


「どれくらいでお戻りに――」


「ああ、そうだ…… あ、お金だ……軍資金が……」

「金? 金子を?」

「そう。うーん。一〇〇両ばかりあれば、いいかなぁ~」


 俺は言った。一〇〇両を現代で換金した場合、いくらになるか? 

 それはよく分からない。

 いくらなんでも、江戸時代の小判1枚が1万円ってことはないだろう。

 10万円以上の価値はあるはずだ。

 

 要するに一〇〇〇万円である。

 これだけあれば、色々なモノが用意できるのだ。


「一〇〇両ですか――」

「え? 多いかな…… じゃあ五〇両でも」

「いえ、一〇〇両ほどなら、全く問題はないですが―― それだけで?」

「いや、それくらいで。まずは……」


 やはり金はあるのだ。

 

 そして、俺は田沼意次から資金を得る。


「一〇日―― それで戻るから」

 

 俺は田沼に約束する。

 そして、「時渡りのスキル」を使ってみた。

 俺が「二一世紀に戻りたい」と思っただけで、ゲートができた。

 で、中はトンネルだ。


「おおお!! なんと!!」

「これが、大元帥明王様の法力か――」


 田沼親子が驚きの声を上げる。


 ここを四キロ歩けばその先が二一世紀なのだ。

 そういったタイムトンネルだ。今は徒歩で移動。

 移動には1時間はかかるな。

 

 二一世紀で、まずはこの時代を変革するために必要なモノ第一弾を買って戻る。


 何を揃えるか――

 リヤカー、自転車は必須だ。徒歩で四キロはキツイ。


 そしてまずは情報だろう。

 パソコン、USBメモリ、太陽光発電機も持って来れそうだ。

 そして、本、書籍類か…… 

 まずは、そのあたりか……


 薬品、食糧、工作機械――

 書籍類も、工学、農学、あらゆる科学の専門書を時系列的に……

 人材の養成も、視野にいれなければいけないわけだ。


 そういったモノは、江戸の現状をみてからだ。

 どうだった? 確か蘭学が盛んになっていくのは、この時代からか――

 解体新書はできていたっけか?


 江戸時代で大改革を行い、どこにもなかった日本国を創りだしてやる――

 この時代。江戸の中で田沼の時代。

 おそらくは、変革のチャンスがある時代だ。


 俺はその決意を胸に、一〇〇両をもって、二一世紀に戻るのだった。

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