2.「時渡りのスキル」時間転移のチート能力

『どうでぇ、田沼よ。安永八年六月だぜ。ここからなら、やりなおせるんじゃねェのかい?』

「安永八年…… ここが…… 大元帥明王様」

『おうよ、一月後に、老中首座のあれだ…… アイツ…… アレが死ぬ』

「老中首座、松平武元殿が……」

『それだよ。そいつ』


 大元帥明王と田沼意次が会話しているが、固有名詞も年号分からん。

 ネットもないし、本もない。いくら社会科教諭の資格持っていても知らんよ。

 だいたい、塾講師でも中学生に教えていたわけで、「安永」が西暦何年とか、松平なんとかが誰とか知らん。

 

 という訳で、俺はポカーンとするしかない。


『おいよぉ、頼むぜ、土岐航よぉ。おめぇがしっかりしねぇと、俺の能力まで疑われるんだよ』


 ボケーっと話を聞いていたら、大元帥明王に注意されてしまった。


「いや、あのですね。安永とか松平なんとかとか、分からんですから」

『ああ、そうか―― 安永8年は1779年だな。松平武元は老中首座でな。コイツが死んだら、田沼が権力独占だから。なあ、田沼よぉ』

「いえ、松平武元殿は立派な――」

『いいんだよ、こまけぇことは。オマエの願いを叶えるんだろ? ここからが丁度いいだろうが。それとももっと前がいいのかい?』

「いえ、ここまでのご助力、この田沼恐縮至極で――」


 田沼意次が姿の見えない大元帥明王に対し土下座している。 

 で、ここはあれか。田沼さんの御屋敷なわけだ。確かに、さっきの屋敷より立派だ。


 しかし、俺はこれからどーすればいい。

 現代と江戸時代を行ったり来たりできるというが、どうすればいいんだ?


「大元帥明王閣下、俺の時間を自由に移動できる能力「時渡りのスキル」ってどんなもんなんです?」


 まずは、そのチートの力がなければ話にならんのだ。

 そして、それは詳しくどんなものか確認しなければいけない。


『うむ。21世紀、オメェさんが鮒橋駅前からこっちの時代に来た時点が、21世紀における、起点になるわけだ。で、こっちの江戸時代の起点がいまだ。安永八年の六月一日だ』

「はい」

『でだ、例えばここで、江戸時代で二日過ごして、21世紀に戻るとするわな。そうすっと、21世紀の方も二日、同じ時間が経過してる。そこに戻ることになる』

「なるほど――」

『場所は鮒橋市内のオメェさんの家に戻ることになる。江戸に来れば、田沼の屋敷だな』

「そうですか」


 俺は大元帥明王の説明を頭の中で整理する。

 つまり二つの時代を行き来できる。

 ただ、任意な時間のポイントは選べないということだ。

 21世紀の自由な時間も選べないし、江戸時代の方も選べない。

 で、場所の方は固定されているとのこと。

 21世紀は俺の家だし、江戸では田沼さんの屋敷になると。 



 要するに2つの時代が平行にの流れて、そこを行ったり来たり出来るということか。

 江戸時代で10日すごせば、21世紀でも10日経過していて、それより前には戻れないということかなと理解する。

 逆も同じだ。21世紀で10日すごせば、江戸時代の方でも10日経過して、その経過した時点にしか行けないということだろう。


「川の流れを時間として、二隻の船の間を、行ったり来たりするようなもんですかね」

『まあ、その比喩の元になっているオメェの頭の中の理解は概ね正しいな。まあ、そんもんだ。あれだ―― ほら高〇留〇子の「犬〇叉」みたいな感じな』

「すごく端的な説明ありがとうございます」


 さすが大元帥明王だ。ありとあらゆることをよく知っている。

 俺は感心してしまった。信者になってもいいかと思う。


『ああ、後な。大事なことあるぜ』

「なんです?」

『「時渡りのスキル」で持ってこれるものだな」

「ほう、それは……」


 これは非常に重要な話だ。

 江戸時代に俺だけが言ったり来たり出来ても、持ってこれるのは「知識」くらいなものだ。

 しかし、現代の知識が本当に正しいかどうかってのは、実際問題分からんわけだよ。


 ここで、土下座している田沼意次。

 この歴史上の人物などまさにそれだ。


 俺が小学生時代にこの時代にきていたら「田沼意次」は悪徳政治家で、トンデモな私腹を肥やす奴という先入観を持っていたかもしれん。

 まあ、今はテレビの歴史特集とか本とかで、田沼意次は「悪徳政治家じゃなくて、かなり開明的な政治家じゃね?」という考えが主流になりつつあると思う。

 確か、教科書の記述とかも変わったはずだ。

 

 ということで「知識」は「何が起きたか」という事実は分かる。

 でも、それを起こしたのは「人」であるわけで、歴史は人間の営みだ。

 

 情報が役に立たないわけではない。

 情報は強力な武器だからだ。

 歴史を知っているアドバンテージは大きい。

 例えば、田沼意次の息子の暗殺とかは、阻止可能だ。


 それでも「物を持ってこれる」か「これないか」では改革の難易度が全然違ってくる。

 問題はどのようなモノをもってこれるかだ。


『まず、人間な。オメェが田沼をおんぶして転移すれば、田沼を21世紀に連れて行くこともできる』

「おお!」

「え、この田沼を200年先の世界に―― まるで、浦島太郎か……」

『でぇじょうぶだ。こっちの時間が大きくすぎることはねぇよ。田沼』

「左様にございますか」


 田沼意次を21世紀に連れて行くか……

 そうすれば、歴史情報の共有は簡単かもしれないなと、俺は思う。

 まあ、ジイサンおんぶするくらいはできる。


『でだ、人間で移動できるのは、基本オメェだけ。で、おんぶして移動できるのは田沼だけだ』

「他の人間はおんぶしても連れてこれないと」

『そうだな』


 まあ、それはどうでもいいなと俺は思う。


『で、オメェが持てるモノ。自力で持ってだな。1里は歩いて運べるものなら、持ってこれるぜ』

「1里というと約4キロメートル。その距離を歩いて持ってこれるモノですか……」

『オメェの体力次第だ』


 となるとだ――

 本の類は簡単だな。

 パソコンもできる。ノートパソコンとか。 

 ネットはつながらないが、現代で収集した情報をUSBメモリとかにいれて持って来て、コッチで見れるわけだ。

 後は……

 電源だよ。電源。

 発電機…… 縁日でガーッと屋台で動いている奴。

 あれって、どれくらいの重さだろう。まあ、持って来れなくはなような気もするな。


「リュックみたいに背中に背負うとかアリなんですか?」


 俺は訊いた。手で持つというのと、背負うのではえらい違いだ。


『ありだな』

「了解です」


 ということは、かなりのモノを持ってこれる。

 パソコン、小型発電機、プリンタ、小型の工作機械、本――

 各種の薬も持ってこれる。抗生物質とか。

 発電機で電気が使えれば、色々なモノが使えるだろう。


 21世紀に戻ればネット通販であらゆるものが買える。

 これは、凄いことが出来そうな気がする……


 そうだ。肝心なことがある。俺は大元帥閣下に質問するのだ。


「どうすれば、能力は発動します。で、時間を転移している間の時間の経過ってどうなるんですか?」

『ああ、オメェが「時渡りのスキル」を使おうと思えば、ゲートが開く。どこでもだ』

「はい」

『で、トンネルみたいになってるんで、1里ほどの距離かな。歩いてくれ。そすっと、出口がある。そこで出ると江戸から21世紀、21世紀から江戸に転移出来る』

「そうですか……」


 要するに別の時間をつないだトンネルの中を歩くわけだ。

 で、1里ってのは歩く距離なわけね。

 その間、ずっとこう身に着けてないといかんわけだ。


「あのぉ、トンネルの途中で、持っている物を落すとどうなります?」

『消える。無くなる。この世の因果の外に吹っ飛ぶ』

「例えば、田沼意次さんをおんぶして、途中でこけて、落としてしまうと……」

『田沼が吹っ飛ぶ、消えてなくなる―― 途中で田沼の身体の一部でも地べたに着いたらアウト。それはヤバいぞ。だから、慎重にな。おい、頼むぜ』


 いや、なにそれ。

 そうなのか。結構きつくないか?

 田沼意次運ぼうと思ったけど、ヤバいな。

 4キロメートル。ジイサンをおんぶして休みなし。

 うーん……

 田沼さんを21世紀に連れて行くのは、危ないな。


「分かり申した! 土岐殿!」


 田沼意次がいきなり俺に話しかける。


「なんですか? 田沼さん」

「この田沼、時代を知りたい。200年後の日本をこの目で確かめたい――」

「え? まじ……」


 強い光を放つ視線で俺を見つめる田沼意次。

 なんか200年後の日本に興味を持ってしまったようだ。

 どうする?

 4キロかぁ……


 俺は田沼意次を見つめて、考え込んでしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る