第3話

「和、お昼食べよう」

「ええ」

 昼休み、授業終了後すぐに、和の席に行って誘った。和は弁当を取り出した。それを広げる前に私は言う。

「今日は別のところで食べない?」

 面には出てないと思うけれど、少しだけ緊張していた。

「いいわね。どこにいきましょうか」

 和は二つ返事で乗って来てくれた。私は微笑して続ける。

「中庭の方とか、どう?」

「いいと思う。ついていくわ」

「うん」

 和が席を立ってから、私は先導して歩き出した。

 実は今朝早くに学校へ来て、昼食をとる場所を探して校内を散策していた。何か所か目ぼしい所を見つけて、一番良さそうだと思った場所が中庭にあった。

 中庭は校舎の二階にあってコの字型に東棟、連絡通路、西棟に囲まれている場所だった。花壇やアートで飾られており、花壇の周りは木板を並べたベンチが置かれている。

 二年生の教室も二階にあるため、私たちはすぐに中庭へ続くガラス扉の前に着いた。

 戸を開けて中庭に出る。気持ちのいい秋晴れだった。目的の場所に向かって歩を進める。

 気温も適当。直射日光も熱くなく、微風が吹いて、露出した肌が心地よかった。

 一見人気の集まりそうな場所だがここを利用する学生はあまりいなかった。校舎にいる他の学生や先生から見られる位置にあり、落ち着けないことと携帯を弄れないことからほとんどの人が来たがらなかった。

 しかし、この中庭にも一か所だけ、アートと壁の間に校内のどの地点からも死角になる場所があった。そこにはベンチもあるので、スカートが汚れる心配もない。中庭を進んで、その場所が開いているか確認する。都合よく、開いていた。

「ここにしよう」

 初めて来る場所で不安だったが、先客がいないことに安堵する。気分が上がって、笑みが漏れた。

「ここ? あっちの方が日当たり良くない?」

「そっちだと落ち着かないよ。皆に見られるし」

「そう?」

 和は了承するとこっちに来た。腰を下ろして、周りを見回す。

「ここ、どこからも見えないのね。凄いわ」

 感心した様子で和が言う。

「真央はここで良くカツアゲとかするの?」

「しないよ! どう考えたらそうなるのさ」

 この子は突然何を言い出すのか。否定したら意外そうな顔をされた。

「え……じゃあ、エッチするの?」

「しないよ!」

 酷い言いぐさだ!

 起伏のないトーンで言われると本当にそんなやつだと思われていたみたいで悲しくなる。

 今朝昼休みを一緒に過ごすために探し出した場所を汚さないでほしい。

「私のイメージってどんななの」

「今どきの子」

「じゃあ、今どきの子はカツアゲしてエッチするようなイメージなの?」

「そうね」

「そうねじゃないよ。あんまりだよ!」

 今どきの子って和もだけど。まあ今どき感は無いからいいのか。自己申告だとするとエッチの経験はないからカツアゲ常習犯ってことになる。

 カツアゲする和。ふと想像してしまう。『お金をよこしなさい!』とか、眉を吊り上げて言うのだろうか。なんか健気だ。可愛い。

「ところで聞きたいことがあったんだけど、エッチって気持ちいいの?」

「え、は? 知らないよ」

 やっぱり可愛くない。

 毎度のことだけれど、唐突に具体性のあるセクハラ発言が飛んできてびっくりする。

「人によって違うかもしれないけど真央の感想を聞きたいの。嫌かしら?」

 和の顔には嫌味っぽさがない。和は多分、エッチなことを、子供を産んで命を繋ぐ行為みたいに割り切っているのだろう。だから、些末事だと恥ずかしげもなく聞いてくる。アダルトビデオを見ることも、研究者のような視点で見ているような姿がなんとなく想像できた。だからまあ、答えてあげてもいいんだけど。

「いや、嫌も何もしたことないし」

 和が驚きの表情を浮かべる。まだ高二なのに。私のイメージそんなに爛れてるの? 悲しいよ。

「そうなの? あんなに告白されてるのに?」

「なんで和が知ってるの」

「よく聞くもの、『吉原に振られた』って」

 噂は立つだろうけれど、その台詞だと男の方から言ってるのだろうか。チャレンジ企画みたいな扱いをされていないだろうな。

「彼氏すら作ったことないよ」

 ないないと、手振りを加えて強調する。

「意外だわ。身持ちが固いのね」

「そ、だから今どきの子だからってそういうことはしません。覚えておいてくださいね」

「はーい」

 和のかわいい声に萌えて、手元に視線を落とす。

 和からの質問には答えたし、いや、答えてはいないけど応えたから、今度は私の思いに応えて欲しい。で、理由になるのかな? まあ、具体的な反応を求めてはいないけど、気持ちだけ、ちょっと伝えようかなって。

 容量悪く心の中で纏めて、結論、端っこだけ言ってみる。

「ここは今日の朝見つけたの」

 私の顔はちょっと、緊張しているんだろうなって思う。

「お昼、一緒に食べるとこないかなって」

 反応あるかな。和の顔を見てみる。

 視線が合うと、私を見ていた和は可笑しそうに笑った。

「わたし、大切にされているのね」

 ぞわぞわっと鳥肌が立った。酷く可愛くて、その姿が私だけに向けられたもので、残念だけれど、感性がすべてを受け止めきれなかった。

「う、うん」

 嬉しくて、温かくて、不自由な煩わしさに縛られる。

 和は腕をついて私の方に体を乗り出す。びっくりして体が引いて、もったいないと戻した。

 和が近くて、良い匂いがした。細部の美しさを間近で見て惚れ直す。

「人目が気になるからここを選んだのかしら。それとも、人の目についたらいけないことをしたいのかな?」

 そういって和は悪戯っぽい笑みを浮かべた。蠱惑的で変になりそう。

「そ、そうかも」

 今、そうなった。

「あ、でもそこまで望んでなかったよ。がめついなんて思わないで。私はただ……二人だけに、なりたかった」

 あんまり気持ちが強すぎても引いてしまう。前はそう思って自制していたのに、失敗したかな。思わず、提供された甘い言葉に全身で飛び付いてしまった。

 でも和はくすくす笑ってくれて、

「真央は本当にかわいいわ。健気で、かわいい」

 和はそう言うと私の方に手を伸ばした。前髪を掬い上げて、え? と、予感でフリーズしている間に、顔を近づけてキスをした。

 目がちかちか、頭が真っ白になる。空白の中で、幸せであることだけは分かった。

「良いところを見つけてくれたお礼。ダメかしら?」

 口元に指を当て、小首を傾げながら和は言った。

 ぶんぶんぶんと反射的に首を振る。

「そう。よかったわ。続きはまた今度ね」

 言って、和は離れた。自分の弁当箱を広げ始める。

 私がぼーっとしていると和がこっちを見た。なんだろう。期待してしまう。

「ほら、早く食べないとごはん冷めるわよ」

 眉根を寄せて怒った風に言った。

「あ、そうだね。ごめん」

 言って弁当を手に取る。

「冷めてるわよ!」

「え、あ、うん。……あ、ああっ。そうだね」

 冗談か。面白いこと言うなー。へへ。

 忠告の通り、弁当箱を広げ始める。

「もう、大丈夫? わたしがごはん食べさせてあげないといけないのかしら」

 和が何気なく言った言葉に全身の毛が逆立つ。弁当を取り落しそうになる。あわあわ。

「そ、そう。だめなの! 食べさせて」

 さっき反省したような気がするが、がめつく縋ってしまう。

 和は困ったように笑う。

「もう。でれっでれじゃない」

「う、うん」

 もう、なんでも良かった。特別なことをしてくれるのなら、恥も外聞もなくなってしまう。

 許可も得ぬまま、乞食のように口を開けた。

「もう。一個だけよ?」

「うん」

 和が私の弁当からブロッコリーを取って口に運ぶ。

「はい、あーん」

「あむ」

 口に入れる。私の口に物を入れる、和の感じが、すごく良かった。

「どう? おいしい?」

「うん」

「そう。お母さんに感謝ね」

「ん」

 どうせ茹でただけだろうけれど。いや目利きとかあるかも。じゃなくて和が口いれてくれたから格別美味しいのだけれど、でも、そういうとこ和はドライだし。そういう和が好きだけど、いやそうじゃなくても、和のことは好きだ。

「和?」

「ん?」

「……大好き」

「うん」

 熱に浮かされた私の思いを、和は柔らかく受け止めてくれる。拒絶は無く、寄りかかることもなく、認めて、愛してくれる。それがとても、心地よかった。

 和がいれば何もいらない、本気でそう思える程、私は和に溺れていた。

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