2 一言主の神様

「も一度、願いごとをしてごらん、ての!」


「え? よろしいんでしょうか……?」


「君だけに腹を立てても八つ当たりだしね。まあ泣かしたからさ。おわびの気持ちだ」


 神様には、おじさんの眉毛の下がりきった地顔が、泣き顔に見えたようでした。

 おじさんは嬉しさのあまり、踊りだしそうになりました。


「ありがとうございます。では」


 正座したおじさんが口を開けたところで、一言主様がひょいと口をはさみました。


「あのね。金持ちになりたいってのは、およしよ」


「それ。いま言おうとしてたんですが」


「直後に泥棒に入られた人を知ってるよ」


「なんてことだ!」


 おじさんの顔がひきつりました。


「うん。もとの状態に戻っただけなのにね。一生、立ち直れなかったみたい」


「わかりました。では……」


 もう一度口を開けたところで、またもや一言主様が口をはさみました。


「天下を取りたいも、よした方がいいよ」


「いけませんか」


「取るなり、殺されちゃった人がいたからね」


「うわあ……。その人、知ってます」


 おじさんは頭を抱えました。


 自分はいつも損ばかりする不運な男だと、おじさんは信じていました。

 豪邸を建てれば、きっと火事になり、海外旅行はおそらく事故にあう。才能は人生最期まで誰にも見出されず、長生きしても病気がち。宝くじが当たろうものなら、バカな無駄づかいをして、死ぬまで後悔しそうです。


「早くしてっ!」


「ううう~ん。うう~ん。ううううう~ん」


「なにしてんのっ!」


「はいっ! すいません! ううううう~ん。――うん?」


 脂汗を流し、もだえ苦しんだあげく、おじさんはとうとうヒラメキました。


 うんだ。そうだ。「運」だ。

 俺の人生は、いつも運がなくて腹立たしかったんだ。


 運さえあれば!

 運をもらおう!

 

 おじさんは晴れやかに顔と眉毛を上げました。


「運が……」


 そのとき。

 一言主様の片方の眉がピクリと上がりました。


「おい、まさか……。君は、いまの自分が不運だと思うのか」


「はい?」


「戦争のない時代に、こんなに穏やかな国に生まれて、殺し合いも飢えも知らずに暮らしてこられた人生を、ありえないほど幸運だとは思わないのか」


「いや。そう言われましても……」


「運が良い。運が悪い。同じ状況でも、どちらに感じるのは自分次第だ。君の望む幸運がどんなものか、僕には分からない。分からないものは与えようがない。君は自分を見つめ直せ。君の運はそこから啓けるはずだ。そこを踏まえて、はい、どうぞ」


 おじさんは泣きそうになりました。


 なんで神様に人生を熱く語られなきゃいけないんだ。ああ腹立たしい。


 一言主様は、ついに秒読みを開始しました。


「十、九、八……」


 どうしよう。


「七、六、五……」


 もうなにも思いつきません。


「四、三、二、一! はい!」


 こぶしを握りしめて、おじさんは叫びました。


「ズボンの染みが落ちますように!」


「そのくらい、自分で洗濯しなさい」


 一言主様は腹立たしげに姿を消しました。

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