6 スズメのお宿

 昼日中でも竹の葉がつくる陰は透き通って青く、海の底を歩くようでした。


 おじいさんは倒れた竹を跨ぎ越しながらため息をつきました。


「なんで、こんなものが欲しいんじゃろうのう?」


 その腰には古ぼけたヒョウタンがぶら下がっていました。


「ロマンチストなんでしょうね」


 太った猫が眠そうに答えました。いつもなら昼寝の時間なのです。


 小径はゆるやかな登りに掛かり、猫は滑るように歩いていましたが、おじいさんは早くも息を切らしていました。しばらくゆくと荒れ果てたお堂が見えました。


「あれが、スズメのお宿です」


 猫が尻尾を太くして言いました。


「お教えした策の通りにすれば心配は要りません。よもや、ふくべが――」


「ふくべが?」


「――いや。なんでもありません。大丈夫。ふくべも相手を選びますよ」


 猫は、ほわああと欠伸あくびをしました。ほんとうになにも心配していないようです。


「ありがとう。寛吉や」


 おじいさんは屈んで猫の頭を撫でました。


「ご武運を祈ります」


 猫は草むらに姿を消しました。





 おじいさんは腐った羽目板をきしませて敷居をまたぎました。

 薄暗いお堂の中には、甘やかに湿った匂いがしました。

 天井に開いた大穴から、昼下がりの光が幾筋も差し込んで、舞いあがる埃をきらめかせています。仏様のいない須弥壇しゅみだんに小さな葛籠つづらと大きな葛籠つづらが並んでいました。


「スズメのお宿へ、ようこそ」


 暗がりから羽を逆立てたヒヨドリが現れました。


「ちゅんはどこだ」


 おじいさんはヒヨドリを睨み据えました。


「わしは、ちゅんを迎えに来たんだ」


「ふくべを出せ。あの裏切り者をただで渡せと言うのかい!」


 ヒヨドリが凄みました。


 暗さに目が慣れてくると、びっしりと天井の梁に留まっている盗賊の小鳥たちが、息を殺してやりとりをうかがっているのが見えました。


「ここにある」


 おじいさんが腰のヒョウタンを見せると、ヒヨドリの目の色が変わりました。


「こっちに寄越せ!」


「ちゅんが先だ!」


 おじいさんの気迫にたじろいだヒヨドリは、小さい葛籠をくちばしで差しました。


 葛籠の中からパタパタと羽ばたく音がします。

 おじいさんが葛籠に手を伸ばすと、中から細い声が叫びました。


「おじいさん。ふくべを渡しちゃダメ!」


「ちゅんや。無事だったのか!」


 思わずおじいさんの頬がゆるみました。


「おじいさん! そのふくべは福じゃなくて、わざわいが出てくるのよ!」

 葛籠の中からちゅんが叫びました。


「なんだって?」


「――役立たずなスズメだぜ。まったく」


 おじいさんの手からヒョウタンを奪い取ったヒヨドリは、小さい葛籠を蹴って転がしました。すると蓋が開いて、中から傷だらけの子スズメが転げ出てきました。


「ちゅん!」


 おじいさんはちゅんを掌に抱きしめました。


「スズメのふくべの話には続きがあってな――」


 冷ややかな目で二人を眺めながら、ヒヨドリはヒョウタンを足の爪で押さえました。


「スズメの恩返しをねたんだたちの悪いババアがいたんだってさ。昔話のお約束ってやつか――。そのババアは罪も無いスズメを痛い目に合わせて捕まえて、恩着せがましく治してやったんだとさ。そしたら――」


 ヒヨドリはヒッヒと嫌らしく嗤いました。


「恨んだスズメが寄越したヒョウタンからは、百足むかでだの、蛇だの。毒虫だのわざわいが溢れ出して、ババアは散々刺されて、殺されたんだとよ」


 むごたらしい話に、おじいさんは胸が悪くなりました。


「まさか、このヒョウタンは災いの方だというのか?」


「そうとも。悪いばあさんの子どもが、逆恨みしてすり替えたんだ。ところが、善人の子孫は誰も気がつかなかった。本人は死ぬまで悔しがってたらしいぜ」


「なんということだ」


 おじいさんの額に冷や汗が流れました。


「これさえあれば、やりたい放題だ」


 ヒヨドリは舌なめずりしてヒョウタンを眺めました。


「こんな恐ろしいものを、何に使う気なんだ?」


 おじいさんの顔が、怒りで赤くなりました。


「決まってるじゃねえか。いくさの大好きな人間に売り飛ばすのよ。珍しい武器だって言ってな。だが、その前に、まずはお前らで試してやる」


 ヒヨドリは、ヒョウタンの口を固く封じた栓を抜きました。


「毒虫ども! 出てこい! めでたい奴らをやっちまえ!」

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