ウォーロマンサー・オンライン

ながやん

第1話「ロマンに溢れた世界で」

 内藤慧ナイトウケイは追い詰められていた。

 ここがVR空間だと知っていても、絶体絶命のピンチで動悸が加速する。死ぬことはないし、怪我もない。ただ、ゲームオーバーになるだけのオンラインゲームだ。

 だが、浅く刻まれる呼吸でさえ、現実の肉体との同調を感じた。

 眼の前に今、死の恐怖がどこまでもリアル。

 操縦桿スティックを握る手は汗ばんで、硬い震えが止まらない。


『へへっ、なんだあ? そんな機体で一人ウロウロしてよお……カモだろぉが!』


 アニメや漫画なら、三下の悪役が発するような台詞セリフだ。

 だが、現実には今の慧では勝ち目のない強敵である。

 コクピットのモニター越しにも、巨大な人型機動兵器が迫る姿が近い。そう、人型機動兵器……巨大な戦闘ロボット、エクスケイルEX-SCALEだ。その名の通り、規格外EXTRA大きさSCALEを持った鋼鉄の巨神。

 慧もエクスケイルに乗っているが、装備もレベルもまるで違う。

 ゲームだから、表示されるステータスの数値ではっきりとわかった。

 数字で語られる以上に、圧倒的な臨場感で迫力が伝わってくる。


「だ、駄目だ……にっ、にに、逃げなきゃ」

『今日の撃墜数スコア、いただきだぜぇ? へへ……これでレベルが上がるってもんよ!』

「逃げなきゃ、離脱を、脱出して……い、いやっ! そういう気持ちを捨てに来たんだろ、僕は!」

『さーて、経験値ちゃん? 死になぁ!』


 敵のエクスケイルは、その姿からLフレームだ。Mフレームの慧の機体より、二回り程も大きい。当然、装甲や出力は段違いに相手が上。そして、レベル差があるためMフレームの利点である機動力や運動性もアドバンテージとはならない。

 敵性機体名【ゼグゼウス】、Lv142。

 因みに慧の【ガラハード】はLv13だ。

 当然、勝負にならない。

 だが、普段はありえない蛮勇を慧は己に呼び込んだ。

 それは、ここがゲームの世界、仮想現実バーチャルリアリティだからにほかならない。


「いつも逃げてきた、逃げたらいつも通りで終わる! 僕は……弱虫をやめにきたんだ!」


 慧が自ら、騎士をイメージしてカスタマイズした【ガラハード】が剣を抜く。鞘走さやばしる刃は、一番資金を注ぎ込んだ両刃の実剣だ。それを右手に構えて、左手でマウントされた盾を保持する。

 文字通り、巨大な魔物に立ち向かうドン・キホーテの気分だ。

 そして、相手は無害な風車ではない。


『おっ、お前……ははっ、近接武装だけか? おいおい、ロマンあり過ぎるだろぉが!』

「前へ出るんだ! 僕は逃げない、逃げてなんかやらないっ!」


 背のバックパックに並んだスラスターが、蒼炎を吐き出し【ガラハード】を押し出す。微動に揺れるコクピットを全身で感じて、慧はなけなしの勇気を叫んだ。

 同時に、敵の【ゼグスゼウス】もゆっくりと歩み寄ってくる。

 ふところに入れば、まだチャンスはある。

 倒せないまでも、ダメージを与えてすきを作る。

 それから? その隙に逃げるのか?

 答はいなだ。

 今の慧には、逃げるくらいなら戦って負ける選択が欲しかった。

 だが、やはり勝負にならず、勝敗を分かつ両者ですらありえない。


『そら、よっ! なかなかの突進力だが、ハンパなんだよ! 装甲もハンパ、加速力もハンパ! ハンパモンが近接特化機体て、それじゃあ溢れるロマンの持ち腐れだぜ!』


 厳つい巨体を揺るがし、【ゼグスゼウス】の肩部装甲が跳ね上がる。あっという間に四方へパネルが展開し、内部に格納されていた武装が露出した。

 バチバチとプラズマがぜて、強力な稲妻が広がった。

 それは全て、指向性を持った神のいかずちとして降り注ぐ。


『ゼウスコレダー! で蒸発しちまいなぁ!』


 十億ボルト、それはゲームの中だからこその過剰な演出。同時に、このゲーム……大人気オンラインMMORPG『ウォーロマンサー・オンライン』だからこそのステータスだ。

 そう、十億ボルトという数値は現実的ではない。

 加えて言えば、ボルトは電圧の単位であって、電流を指す言葉ではなかった。

 だが、

 ウォーロマンサー・オンラインでの、最も必要とされる数値。

 それは、ロマン。

 この電脳空間では、あらゆるステータスに補正をかける絶対的なパラメータがロマンなのだ。ロマンのあるチューニング、ロマンのある戦い方こそがエクスケイルの強さを引き出す。

 慧が遠距離戦用の射撃武器を持たないのも、ロマンを得るためである。


「広範囲の殲滅武装! 面での制圧攻撃! ……それでも! だからこそ! 前へっ!」


 盾を突き出し、剣をひるがえす。

 さらに加速する【ガラハード】は、大地を割り裂く嵐雷テンペストの中を突き抜けた。

 必死の集中力が、右へ左へと落雷を避けて馳せる。

 だが、肉薄の距離で斬撃を繰り出した瞬間……慧は衝撃を感じて赤に染まった。レッドアラートがけたたましく鳴り、致命的なダメージにモニターを警告ウィンドウが埋め尽くす。


「今、なにを……はっ! け、剣が!」


 袈裟斬けさぎりに斬られて、【ガラハード】は倒れていた。その手に握る剣が、中程から溶断されて赤熱化している。機体の胸部装甲も、溶けた合金がドロドロと流れ出していた。

 驚くべき一閃の正体を、敵の【ゼグスゼウス】は頭上に掲げる。

 巨大な雷神の手に今、唸りをあげる光の剣があった。


鍔迫つばぜり合いにならなかったのはぁ! お前のロマンが足りないからだぁ! ハンパ! ハンパ、ハンパァ! ハンパが過ぎるぜぇ!』


 刀身がビームで形成された、雷の剣……それは、まだ実装されていないはずの武器だ。確かβベータテストの最終日に、トップランカーのプレイヤーに記念報酬として与えられたのみである。

 だが、目の前の【ゼグスゼウス】はビームの刃を再度振りかぶった。

 全てを焼き斬り、溶かし断つ剣……恐らく盾で身を守っても、真っ二つにされるだろう。もし慧にロマンが……相手と同等のロマン補正があれば、防げる筈。尊いまでに巨大なロマンがあれば、手でビームを鷲掴みにすることだってできるだろう。

 しかし、既に慧はいつもの弱気で臆病な自分に戻っていることに気付いた。


「だ、駄目だ……無理だ! やっぱり僕じゃ」

『やっぱビームサーベルはロマンだよなあ! もっとロマンを膨らませて出直しなぁ! 俺はハンパ狩りがぁ、大好きなんだよぉ!』


 大上段から、閃光の輝きが落ちてくる。

 世界ごと慧を一刀両断するかと思われた、回避不能の一撃だった。

 だが、次の瞬間……慧はありえない光景に目をみは


『――見つけたぞ。見つけた……私はお前を、捕捉ほそくした』


 冷たい少女の声は清水のようで、酷く通りがいい。

 そして、突然視界に小さな影が滑り込んだ。

 Sフレームのエクスケイル……だが、小型で軽量がウリのSフレームにしても、小さ過ぎる。それなのに、重装甲で手足が太く短く、逆に頭部はありえない大きさだ。

 四等身の滑稽こっけいな救世主が、【ゼグゼウス】の振り上げた右腕に取り付いた。

 全身でしがみついて、肘関節へ短い足をからませてゆく。


『これで三つ目……返してもらうぞ。それは……そのロマンは、私の……私達のものだ』

『なっ! 誰だ手前ェ! 狙うなら初心者を、弱い奴を狙え、よ、な……? ――ガッ!』

『ああ、だからこうしている。人のロマンで弱者をいたぶる、そんな弱さを私は殺す。……直視しろ、これが現実だ』

『ぐっ、ガアアアッ! ……ハンパ、ねぇ……!』


 奇跡が起こった。

 ただの奇跡が。

 慧は、現実の彼がそうであるように、助けられた。自分の力では、なにもできなかった。

 謎の不格好なエクスケイルは、ズシャリと目の前に着地する。

 なにをどうやったのか、まるで理解できない……目の前で【ゼグゼウス】は、左右に真っ二つになって爆散するのだった。

 それが、謎多き復讐者アヴェンジャー……【ギルガメイズ】を乗りこなす少女との出会いだった。

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