エピローグ

 太く短く激動の時代を生きた海賊王、オーラヴ・トリュグヴァソンは、ノルウェーのみならず北欧史全体において、紛う事なき風雲児だった。。

 ノルウェー王オーラヴ1世としての在位は西暦995年からスヴォルドの海戦で戦死する西暦1000年までの足かけ六年と、決して長くはなかった。

 だが、歴史の大きな流れの中で、ノルウェーや氷の島たるアイスランドのキリスト教化に大きな役割を果たした。オーラヴ王が建設したニダロスの町はその後トロンヘイムと名を変えつつも発展を続けた。先見の賢者ソールレイヴやアースの巫女ゲルドが住んでいた村が後に発展してリレハンメルという名で呼ばれるようになったのと並んで、後のノルウェーの主要な都市の一つとなった。

 アイスランドにおいて、西暦1000年の時点ではほぼ五分五分だったキリスト教と古きアースの神々の信仰は、全島集会でのキリスト教取り入れ決定とともに、簡単に勢いの差が出た。アースの教えは異教となって滅びの道を転げ落ち始めた。それはまさに北欧神話で語られている神々の黄昏そのものであった。

 それでも、オーラヴ王が健在だった頃のノルウェーとは違い、異教が積極的に迫害されることはまだその時点では無かった。消え逝こうとするアースの神々の教えを守り伝えようとする巫女もひっそりと活動していた。

 ソールレイヴは、ブナの木の板や石版に、ルーン文字でゲルドの言葉の断片をまとめたものを彫った。その板を、隠れて異教を守ろうとしている各地の巫女たちに贈った。巫女ゲルドの家系が代々命を賭けて守ろうとした神々の教えを後世に伝える手伝いをすることが、ソールレイヴにとって捨ててきた故郷ノルウェーに対する弔いだった。そしてソールレイヴが賢者としてこの激動の時代に北方の地に生きた証だった。

 巫女の教えは、ソールレイヴの板と共に、母から娘へ、娘から孫娘へと伝え継がれた。

 更に時は流れ、キリスト教の異教に対する迫害は厳しさを増した。

 異教徒、あるいは同じキリスト教でも異端者は「魔女」と呼ばれ、処刑の対象とされるようになった。無論、アースの神々を奉じる数少ない異教の巫女たちも例外ではなかった。

 魔女と呼ばれた異教徒や異端者たちは力を合わせ、、峡湾の民の優れた航海術を頼みに、海へ漕ぎ出した。そして魔力を結集し、大西洋上にアトランティスと呼ばれる魔女だけの大陸を築き上げて生き延びたと言われている。


海から大地がせり上がる。

常緑の大地が。

種を蒔かずとも穀物は育ち、

全ての傷は癒される。


 そこはまさに、神々の黄昏の後の新天地として歌われている通り、海からせり上がった常緑の大地で、種を蒔かずとも穀物は育ち、全ての傷は癒されたという。

 隻眼の賢者ソールレイヴが巫女ゲルドから聞いていた言葉の断片を繋ぎ合わせ、古韻律詩としてルーン文字で板に刻んだ文章は『巫女の予言』と呼ばれるようになった。

 異教としてキリスト教に駆逐されてしまったいにしえの北欧神話の姿を現在に伝える最重要資料とされている。

 アースの神々の姿を後世に伝えたいという巫女ゲルドと賢者ソールレイヴの想いは、こういう形で叶えられるものと、運命の三女神たるノルンによって定められていたのかもしれない。

 今はもう、大西洋上にアトランティス大陸の存在も確認されない。いつ沈んでしまったのか、伝説の彼方である。

 だが、スヴォルドの海戦が行われ、火山が噴火するアイスランドの全島集会で紛糾しながらもキリスト教の取り入れが決定された西暦1000年から、更に1000年以上の時が経っても、アースの教え、つまり北欧神話は人々の口に語り継がれている。











次回、参考文献

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