せっかく氷が相手だし、ちょっと一肌脱いでやるか

「受けてみよ──『レインボウ・スプレンダー』!!」

 全身を輝かせ、たっぷり5秒もエネルギーを溜め、威勢の良い叫び声と共に七色の光線が解き放たれた。

 あたかも『メルターレーザー』をも上回る超高火力の攻撃に見せかけたコロナの光線。その実態は、ただ眩しいだけの、虫の一匹も殺せない完全無害な光だ。

 だが、コロナの芝居を完全に信じ込んだフリームスルスは、巨腕を集結させて盾のように前面に構え、その隙間をさらに氷で塞ぎ補強している。

 そして俺は、コロナのド派手光線を背中に浴びながら、フリームスルスの巨腕の塊の前にいた。


 見上げるほどに巨大な氷の塊。炎や熱や光を主体とするコロナの攻撃を防ぐにはこれ以上ない『盾』だろう。

 だが、この『盾』は、俺にとってはこれ以上ないくらい壊しやすい『的』だ。なぜなら、単なる氷の塊でしかないからだ。

 俺はネメの腕から下り、ツルハシを両手でしっかり握り込む。

「さてと……ネメ、次の動きは分かるな?」

「うん!」

「よし。じゃあコロナが合図するまで離れてな」

「わかった!」

 そう言うなり、ネメは七色の光の中に溶け込むように姿を消した。俺の目では追えないだけで、きっと言いつけ通りに離れた……はずだ。

 そして俺は、ツルハシを担ぎ上げ、頭上まで振り上げた。

 今、フリームスルスからはコロナの強烈な光線が逆光になって、俺の姿はほとんど影のようにしか認識できないはずだ。

 そして、何かおかしいと気付いたところでフリームスルスはすぐには防御を解くことはできない。何故なら、メルターレーザーすら上回る超高火力の攻撃が今まさに浴びせかけられている(と思っている)からだ。

 それこそが俺の狙いだ。

 動くに動けないフリームスルスの氷の『盾』。単なる氷塊に等しいそれに向かって、俺は思いっきりツルハシを叩き込んだ。


 ズガッッ──バァァァァァン!!


 氷の巨腕が何本も絡み合ってできた巨大な氷塊は、俺の一撃で無数の氷塊に砕け、爆散。

 あっけなく、そして跡形もなく、フリームスルスの『盾』は消滅した。


『な、な、なあぁぁぁぁぁ!?』

 動揺を隠そうともしないフリームスルスの声。『メルターレーザー』まで難なく防げたからには、次の一撃にもある程度耐えられると予測していたのだろう。

 それが一瞬で吹っ飛んだのだ。取り乱すのも無理はない。

「コロナ、もう止めていいぜ」

 直後、完全無害な七色光線が止み、元の色を取り戻した氷の向こうにフリームスルスの姿が見えた。

 フリームスルスは俺を指差したかと思うと、唐突に喚き始めた。

『き、貴様ぁ! なん、なんだそれは! なんだ! 何をしたぁ!』

 こういうのには律儀に答えてもしょうがないんでな。

「お前はタイマンのつもりだったかもしれねえが、誰もタイマンだとは言ってねえからな」

『貴様ぁ! 我を侮辱すると──』

 ヒートアップしてなおも喚き立てるフリームスルスは無視して、俺は懐からボロ布に包まれた伝説の聖剣を取り出し──真上に投げた。

「コロナ!」

「はい!」

 俺の頭上をコロナが飛び越して行き、その金属の手がガシッと聖剣を掴んだ。

 聖剣を携えたコロナは俺を飛び越え、フリームスルスも飛び越えて、湖の向こう側に着地。

 そして、伝説の聖剣をふわりと投げ上げ、岩のこびりついた聖剣の切先がフリームスルスの背中を指した瞬間。

「はぁっ!」

 気合一閃。

 コロナの金属の拳が寸分違わず聖剣の柄頭を叩いた。


 これが普通の剣ならば、コロナのパワーと高密度合金の硬さの前に跡形もなく砕け散っていた。

 だが、このアダマンハルコン製の聖剣は、コロナの拳よりも硬い。故に、この剣だけはコロナの全力を受け止めることができる。

 そして、スケルトン・ドラゴンをも引き回す剛腕の一撃を余すことなく受け止めた最硬の剣は、巨大な矢のように、あるいは対物ライフルの弾のように。標的までの距離を一瞬で飛翔し、聖剣は超高速で氷を砕きながら貫通。フリームスルスの胴体を貫いて停止した。


『うぐぁ!? な、何が……』

 砲撃じみた一撃を背後から受け、胴体を串刺しにされたフリームスルスは、もはや怒りすら忘れて混乱している。狙った以上の戦果だ。

 あとはこのまま事を進めるだけだな。

「コロナ! 最後の仕上げだ!」

 俺は額の円盤に向かって叫び、コロナはそれを受けてネメに合図を送る。

「ネメ、攻撃開始です!」

「「「うん、わかった」」」

 違う方向から同時に同じ声が返事をする。どうやらネメは既に分身しているらしい。

 これで作戦のも問題なく進みそうだ。


 俺が立てた作戦はこうだ。

 まず、第一段階としてコロナのド派手で無害な光線を囮にして俺が攻撃する。

 第二段階は、俺に相手の注意が向いている間に聖剣で串刺しにし、水中への逃走を阻止する。

 そして第三段階は、囲んで一気に叩く!


「『ナパーム・バースト』!」

 背後に陣取ったコロナが、両手から火炎弾を連射。氷の巨体のあちこちで爆炎が咲き乱れる。

 直後、3個の影と化したネメが飛ぶように駆け抜け、左右から同時にフリームスルスへと突進。ガギャン!と硬質な音が鳴り響く。

 同時に、残った1人分の分身が氷の巨腕の1本に取り付き、竜巻のごとく飛び回り──次の瞬間、表面に無数の傷を刻み込まれた巨腕は、強度を失い自重で崩れ落ちていった。

 コロナは火炎やら光線やら電撃やらを叩き込み、大きな打撃をフリームスルスの氷の巨体に与えていく。そうしてできた防御の隙や脆弱部を、分身したネメが超高速で的確に突いていく。

 この苛烈な攻勢に対し、フリームスルスが取れる行動はただ氷を補充し続け、防御を固め続けることのみ。そうでもしないと押し切られてしまうのだ。


 さて、ここらで俺も攻撃しとくか。

 俺がおもむろにツルハシを担ぎ上げ、一歩踏み出した瞬間。

 バキバキバキィ、と氷の壁が迎え撃つように迫り出してくる。

 この辺は予想通りだ。

 俺は担いだツルハシをそのまま振り下ろし、ドッバーンと氷の壁を粉砕。

 俺は他の2人と違って硬い装甲も早い足も持ち合わせていないので、これ以上は下手に踏み込めない。

 だが、コロナとネメに対処するのでいっぱいいっぱいなフリームスルスにしてみれば、俺なんかに割く余力などないはずで。

「隙を見せましたね! 『フレア・ストーム』!」

「「「そこだ」」」

 燃え上がる炎の竜巻と、神速の暗殺者の三重攻撃が、隙を逃さず一気に襲い掛かっていく。

 さて、このまま押し切れるならそれでもいいが……。


『我は! 魔王軍筆頭! フリームスルスであるぞ!!』

 追い込まれたかに見えたフリームスルスが、突然叫び声を上げた。

 この反応は、まだ切り札を残していたというところか。

『この程度で我を倒せると思ったか!

グラシアル・コロッサス巨塊氷砦』!!』

 叫び唱えた呪文と共に、今にも削り尽くされそうだった氷の巨体に青い光が宿り──

『下がってください、コウタロウさん!』

「言われなくても!」

 ズゴゴゴゴ……と地響きを立てながら、氷塊は大きく、高く、膨れ上がる──否、押し広げられていく。

 元々が湖を埋め尽くすほどの巨体だったが、縦も横も高さも、倍では止まらない。

 湖をはみ出し、森の木々を薙ぎ倒しながら、高く、広く、大きく、氷塊はその体積を増していく。

 スケルトン・ドラゴンと比較するまでもない。もはや巨大生物の範疇すら超えて、巨大建造物の域に達しつつあるスケールだ。もうどのくらい大きいのか見当もつかない。

 城、あるいはこのままいけば都市にすら匹敵するのでは──

『予想通りでしたね、コウタロウさん』

 コロナの声が、圧倒されつつあった俺の思考を呼び戻す。

 いや、まあ、俺は確かに予想はしたが、俺としては想定外だぞこれ。

「思ったよりでかいが……いけるのか?」

『もちろんです! 氷は見た目より軽いですし、この程度なら岩の塊でもいけますよ』

 この程度……ねぇ。その気になったら山でも動かせるんじゃないか、こいつ。

 そんな半ば呆然としていた俺の沈黙をどう解釈したのやら。

『では、第四段階に移行します!』

 コロナは意気揚々と巨大建造物クラスの敵に飛び込んでいった。


 際限なく巨大化し続ける氷の塊。そのどこかで、コロナが声を上げた。

『大きくなれば、勝てるとでも思いました?』

 しかし、フリームスルスも余裕の声を返す。

『強がりはよせ、金属人形よ。この砦を貫くほどの力は貴様にはない』

 このフリームスルスの言葉は真実だ。

 コロナのメルターレーザーで破壊できたのは氷の巨腕1本がせいぜい。しかし、今やこの氷塊の厚さは巨腕の長さの比ではない。そしてこの拡張速度ならば、巨腕一本分程度の穴など1秒もかからず埋まるだろう。

 つまり、コロナの攻撃がフリームスルス本体に届くことはない。

 だが、俺もコロナも、できないことをするつもりは初めからない。

『確かに、この氷を突破するのは難しいですね。ですが──』

 瞬間、氷塊が軋んだ。

 そして、見上げるほどの巨大な氷塊が、僅かに動いた。

 否、

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