激戦! 大百足退治! ……まあ俺は何もしないんだけど

「はーっ……やるか」

 黒マントのイケメンは深々とため息をついてから、袖から鎖を引き出した。

 ジャラジャラと音を立てる鎖は手から離れるとふわりと浮き上がり、蛇のように動き出す。これも魔法の一種、なんだろうか。

 その鎖はジャラジャラと鳴りながら横穴の奥へと伸びていき、下りのカーブの向こうで見えなくなる。

「こっちの準備は終わったぜ」

「よっしゃ、アタシの出番だな!」

 待ってましたとばかりにトンガリ帽子の魔女が前に出てくる。その手の中では既にバチバチッとスパークが弾け、断続的に洞窟の壁を照らしている。

「……本当にやるのか?」

 鎖を操る黒マントは心底嫌そうに言うが、決まってしまったものはしょうがない。

「心配すんなって。逆流しないようにできるだけ頑張ってやるから」

「……はぁ。やるしかないのか」

「いい加減覚悟決めろ」

「そうですよ。他に手はありませんから」

 そうだそうだ。無駄な抵抗はするな。

 と、心の中でヤジを飛ばしていると、コロナが眉パーツをハの字にしながら詰め寄ってきた。

「コウさん。こんな危険で非効率なやり方は見てられません。わたしならもっと上手くやれます!」

 ああ、もちろん知ってる。

 そんでもって、その結果がどうなるかも知ってる。

「そんなことしたら俺たちが目立ちすぎるから却下だ」

「そんなぁ!」

 頬を膨らませて精一杯の反抗をするコロナを頭を押さえて落ち着かせながら、俺は黒マント達の作戦を見守った。


 黒マントが腹をくくり、トンガリ帽子の魔女が待ちわびたようにスパークを増幅させる。

「行くぜ行くぜ行くぜぇ!」

 男勝りな魔女の掛け声と共に手のひらのスパークは激しさを増して、腕にまでスパークが広がっていく。

 そのまま手をぐっと握り込み、腰だめに構え、腕に宿った電撃を正拳突きのように繰り出した。

「ブチ抜け! 『ライトニング・ボルト』ォ!!」

 バリバリバリィ!

 洞窟の空気を引き裂くような激しい騒音。そして視界を塗り潰す閃光。ついでに黒マントのうめき声。

 一条の電撃は一瞬にして鎖を伝って洞窟の奥に消え……

『ギ、ギ、ギ、ギギギギギギギィィィ!!』

 板張りの床が軋むような、聞き慣れない種類の絶叫が横穴の奥から響いてきた。

 声の主にはまるで見当がつかないが、その意味は間違いなく分かる。というか急に電撃を浴びせられたら頭に来るのが生き物ってやつだ。

「来るぞっ!」

「はっはっはー! 俺の出番だな!」

 斧と盾を構えてずいっと前に出ていく大男。その前方の穴からはズゾゾゾゾ……と薄気味悪い足音が響いてくる。

 いよいよ怪物のお出ましだ。


 長い触角、黒い甲殻、ギロチンのような鋭い大顎。そして何より特徴的なのは、長い胴体と無数の脚。

 横穴からほとばしるように飛び出してきたのはムカデだった。

 ただし、そのサイズは普通のムカデどころか、ニシキヘビよりもはるかにでかい。横穴からは数メートルほど飛び出してきているのに、未だに後端が見える気配すらない。全長10メートル越えの、大百足おおむかでだ。

 そんな大百足を前にして、しかし大男は怯む気配もない。

「はっはっは、なかなかでかいじゃあないか。これは倒しがいがあるなぁ!」

 ……まあ、これを目の前にしてビビってないってことは態度に見合うだけの実力があるってことなんだろう。きっと。

 そして何を思ったか、声も図体もでかいマンは自分の斧でバンバンバンと盾のふちを叩き始めた。

「こっちだぞ、デカ虫!」

 敵あるいは獲物を探して触角を振り回していた大百足は、騒音と大声に気付くや否や、蛇のように鎌首をもたげて大顎を開いた。

 直後、大百足は巨体に見合わぬ速度で体を伸ばし、ギロチンのような大顎で大男の首を切り飛ばすべく襲いかかった。

 だが、巨体に見合わぬ速度で動いたのは大百足だけではなかった。

「ふんぬっ!」

 いちいちうるさい掛け声と共に、ボクサーのような動きで大男の上体が落ちるように沈み込む。

 そして頭上で空を切った鋭利な大顎を、男の両腕が外側からがっちりと抱え込んだ。

「はっはー、捕まえたぜぇ!」

 大男は全身で大顎をねじり、ひねり上げ、大百足の姿勢を崩していく。

「よし、今のうちに地下牢まで後退だ!」

 想像以上に順調そうだなと考えながら、俺は洞窟入口の地下牢まで走った。


 地下牢まで戻ったところで、洞窟の入口を左右から挟む形で、黒マント率いる4人チームが体勢を整える。

「こっちは準備完了だ! いつでも来ていいぜ!」

 穴の奥に黒マントが呼びかけた、わずか数秒後。

「はーっはっは! 思ったより強いぞこいつ!」

 相変わらずの大声を上げながら、複雑に絡み合った状態で大男と大百足が飛び出してきた。なんかもうどっちが引きずってるんだかよく分からない状態だ。

 そんな状態でも、大百足の後ろ半分くらいは洞窟の方に長く伸びている。そこを狙って、黒マントの仲間たち三人が斬撃と爆発と光の矢を繰り出した。

「ギギギギギィーーー!?」

 驚きと怒りをにじませて大百足が叫び声を上げる。どうやら最優先目標が大男から今の3人に切り替わったらしく、絡みついていた体を解きつつ鎌首をもたげて3人の方へ向き直る。

 そして、新たに現れた「敵」に対して大百足が大顎で食らい付こうとした瞬間。

 ギャリッという金属音とともに、一瞬その動きが止まった。いつの間にか大百足の全身に絡みついていた何本もの鎖。それらが瞬間的に大百足を縛り上げているのだ。

「鎖使いを舐めるなよ」

 直後、全身を縛っていた鎖が緩み、大百足はもう一度勢いをつけて飛びかかる。

 その瞬間、緩んだまま絡みついていた鎖が不思議な動きを見せ──

 一瞬の後に、大百足は仰向けにひっくり返っていた。相手の勢いを利用した投げ技……だろうか。大百足は自らの飛び掛かる勢いで横にひっくり返り、無防備な腹を見せていた。


 今だ、行け、という声が反響する。

 かなり順調そうだし、これ以上俺とコロナの出る幕はないだろう。

 しかし、正体不明の怪物って話だったが、意外と大したことなかったな。まあこいつらが相当強いってのもあるんだろうが。

 ……いや、それにしても。

「なあ、コロナ」

「はい。なんでしょう」

「50人の騎士は、こんな奴に壊滅させられたのか?」

「…………気配も予兆もなかった、と言っていましたね」

 やっぱり、辻褄が合わない。

 確かにこの大百足は素早いし、一撃で鎧もろとも首を斬り落とすくらいの力はあるだろう。

 でも、こいつは動くたびに足音が鳴るし、10メートル超えのこの巨体が発見できないなんてことが、果たしてあり得るだろうか。

「コロナ、警戒を解くなよ。まだ何か、いるかもしれない」

「了解です」


 

 そんなことを言っているうちに、大百足狩りは終わりを迎えようとしていた。

 大百足の比較的柔らかい腹部の甲殻を大男が斧でぶち破り、その亀裂目掛けて魔女が電撃魔法を叩き込もうとしている。

 確か、昆虫とかの節足動物は腹側に神経が通ってるんだったか。まあ別世界の生物、しかもこんなクソでかいムカデっぽいなにかに同じ法則が通用するかどうかは知らないが。

 ともかく。

「トドメだ! 『ライトニング・ボルト』!」

 トンガリ帽子の魔女は甲殻の亀裂から直接腕を突っ込んで、大百足の体内に直接電撃魔法を叩き込んだ。電撃は瞬時に大百足の10メートル級の巨体を駆け巡り、無数の爆竹が爆ぜるような音を立てて体内を破壊し尽くした。

 大百足は歯ぎしりのような声で断末魔を上げ、全身をビクビクと震わせて、それっきり完全に沈黙した。


 歓声を上げ勝利を喜び合う者。大百足の完全な無力化を確認する者。次の任務──姫様の救出のために準備を整える者。

 その中で、俺は壁に耳を当て、周囲の音に全神経を注ぎ込む。

 いるのは寝息のような静かな呼吸音を立てる姫様のみ……のはずだ。

 だが、これで終わりとは思えない。疑念はほとんど確信に変わっていた。

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