必殺『ドラゴン墜とし』

 コロナとスケルトン・ドラゴンは距離を保ったまま飛び回り、ズガーンドゴーンと散発的に遠距離攻撃を撃ち合っている。

 飛行のテクニックとか、攻撃の派手さで分からなかったが、目が慣れてくるとどうやら状況は膠着しているらしい。

 つまり、決定打がないのだ。

 こうなってくると持久戦ということになるんだろうか。と思っていると、唐突にコロナからの通信が来た。

『そろそろ終わらせてしまいますので、コウタロウさんは離れててくださいね』

 あれ、決定打がなくて睨み合ってたはずじゃ……。

「了解した。けど、大丈夫なのか? まだ終わりそうな雰囲気はないんだが」

『もちろん大丈夫です。とっておきがありますから』

 そう言いながら、コロナは相変わらず上空をひょいひょいと飛び回っている。

 ……まあコロナがそう言うんなら、何かしら手があるんだろう。全くそういう風には見えないが。


 直後、何十回目かのブレス攻撃をスケルトン・ドラゴンが吐き出した。今度のは巨大な水の球体だ。

 対するコロナは片腕を構え、

「しつこいですねっ! 『ナパーム・バースト』!」

 手のひらから火炎弾を連射する。炎は水球に全弾命中し、混ざり合って爆発四散した。……したのだが、何か様子がおかしい。

 飛び散った水球の残骸が空中で留まったかと思うと、水滴ほどだったものが、野球ボールくらいになり、サッカーボールの大きさを超え、見る見るうちに大きくなっていく。

「クク、氷塊ヲ壊シタ所デ、消エハセヌ。微細ナ水ノ粒トシテ残リ続ケルノダ」

「それがどうしたと言うのです?」

 コロナは毅然としてスケルトン・ドラゴンと対峙している。だが、そのコロナを取り囲むように、多数の水球が大きく成長していく。

 つまり、スケルトン・ドラゴンが何度も氷のブレスを使ってきたのは、コロナに迎撃させて霧や水蒸気として空気中に残しておくためだったというわけだ。

 そして、辺りに飛び散った水球の残骸はそうした霧や水蒸気を取り込んで、大きく育っていく。

 1個の水球の残骸だったものは、今やコロナを全方位から取り囲む何十もの水球となっている。言わば水球の檻だ。

 ここまで囲まれると、飛んで逃げるのは無理だ。

「くっ、『バーニング──」

「遅イ」

 コロナが何かの攻撃で対処しようとした瞬間、水球が全方位から殺到。赤銅色のボディが水球に取り囲まれ、沈んでいく。

 500年間錆びなかったコロナのボディが、今更錆びることはないだろう。だが、コロナの飛行能力はあくまで炎の噴射によるもの。

 あれではもう、飛べない──。

「コロナっ……!」

 思わず叫んだ俺の声も虚しく、狡猾なスケルトン・ドラゴンはトドメの一撃を放つ。

「氷中ニテ眠レ。『アイス・コフィン』」

 呪文と共にドラゴンの口から放たれた白い息が、水球に触れた。

 瞬間、ビキバキと音を立てて、巨大な水球が凍り付いていく。中身のコロナごと。

 氷漬けになったコロナは、重力に引かれて落ちていった。

「フハハハハ。中々良イ戦イダッタゾ、金属人形。ダガ、我ノ方ガ一枚上手ダッタヨウダナ」

 荒野に落ちるコロナを見届けて、スケルトン・ドラゴンは北へ針路を変える。その先にあるのは、王都だ。


「クソッ」

 氷漬けになって落ちてきたコロナを助けるべく、俺はツルハシ片手に荒野を走っていた。

 試したことはないが、氷ならツルハシで掘れるはずだ。

 氷から掘り出しただけですぐに復活するかは分からないが、そこはもう古代のハイテクに賭けるしかない。

「待ってろ、今掘り出してやる……!」

 墜落地点まであと100メートル。もう一息でコロナの元にたどり着く。

 と思った瞬間だった。

『あ、まだ離れててくださいね』

 額に張り付いたままの通信用円盤から、いつも通りのコロナの声が響いてきた。

「……え?」

『なるべく早く逆向きに走ってもらえるとありがたいです。コウタロウさんを巻き込むわけにはいきませんから』

「は?」

 ……なんだこの余裕の声は。

「えーっと……無事なのか? 動けるのか?」

『はい、コロナは無事です。今はまだ動けませんが、すぐに動けるようになりますよ』

 ……なんだこいつ。

「えー……つまり、なんだ、もしかしてここから一発逆転を狙ってるってことか?」

『そうです! そのためにとっておきを使うので、コウタロウさんには離れててもらわないといけないのです』

 なんだこいつ。心配して損したぞ。

「言いたいことはいろいろあるが……とりあえず俺は離れるから。やりたいようにやってくれ」

『ええ、もちろんです。しっかりとしてきますよ!』

 ……やれやれだ。


 逆向きに走りだしてわずか数秒後。背後でぼがぁんと音が響いた。

 振り返ると、コロナがいる場所から真っ赤な炎が上がっている。氷塊はもう跡形もない。

『遅延発動型の攻撃を仕掛けておいたんです』

 それならそうと早く言え。真面目に心配したんだぞこっちは。

『では、行きますね』

 コロナはそう言うと、地面に低く屈み込んだ。直後、コロナの手足が、そして全身が、真っ赤に輝き始めた。

 ほぼ同時に、スケルトン・ドラゴンも異変を感じたのか、巨体をゆっくりと旋回させ始めた。

 コロナの放つ光が輝きを更に増し、スケルトン・ドラゴンが半分ほど旋回して頭をこちらに向ける。

 骨の竜とメタルアンドロイド、両者の視線が交錯したその瞬間。


「『プロミネンス──」

 コロナは叫ぶ。

「ゴァアアアアア!」

 スケルトン・ドラゴンは氷塊を吐く。

 バキバキと空気を凍らせながら数個の氷塊が射出され、

 コロナは一際明るく、太陽のように輝きだす。

「──ブースター』!!」

 そして、コロナが翔んだ。


 走馬灯現象というやつだろうか。

 その瞬間、俺の目には世界が止まって見えた。

 旋回するスケルトン・ドラゴン。その口から放たれた数個の氷塊。

 どちらも動いてはいるはずだが、その瞬間の俺の目には止まっているも同然だった。

 そして、すべてが止まって見えるその中を、真っ赤に輝くコロナが、一直線に飛んでいく。

 真紅の光を軌跡に残し、両手両足から炎を噴き、世界の何よりも速く空を飛ぶ。

 氷塊が届くよりも速く。

 スケルトン・ドラゴンが気付くよりも速い。

 一瞬すら長く感じる、雲耀の飛翔。

 一直線でスケルトン・ドラゴンの懐に飛び込んだコロナは、両手を大きく広げて構え、首の骨の一本を抱え込んだ。


 コロナが半ば体当たりしつつ首の骨をホールドした時には、全身の真紅の輝きはもう薄れていた。だが、発生した慣性力はまだ消えない。

 ガッチリと首根っこを抱え込んだコロナは、超絶加速の慣性で、スケルトン・ドラゴンの巨体を引きずるように飛び上がっていく。

 その間に、足裏の噴射炎が再点火。スケルトン・ドラゴンを引き回しながらコロナは遥か上空で大きく宙返りをし、スケルトン・ドラゴンもろとも、垂直急降下のコースに入った。

 スケルトン・ドラゴンもなんとか抵抗しようとするが、動きの鈍い巨体では引き回すコロナのスピードには全くついていけないようだ。

 苦し紛れに冷気を吐き、翼をめちゃくちゃに振ってはいるが、コロナの急降下は鈍らない。どころかどんどん加速していく。

「ヤ、ヤメロ! 貴様モ無事デハ済マヌゾ!」

「残念ですが、わたしのボディの高密度合金はアダマンハルコンの次に硬いんですよ。この程度では傷も付きません」

「馬鹿ナ、アリ得ヌ、コノ我ガ金属人形ゴトキニ……!」

「行きます。必殺──『ドラゴン墜とし』!!」

 威勢よくコロナは叫び、ギリギリまで速度を上げ、スケルトン・ドラゴンもろとも地面に激突。


 ズッ──ドゴゴガガガガガ!!


 世界そのものが揺れているかのような衝撃と共に、轟音と暴風が炸裂、盛大に砂嵐を巻き起こし……

「うわ、やべっ」

 慌てて地面に倒れ込み、風と砂の濁流を体を伏せてやり過ごそうとした俺の耳に、コロナからの通信がさらに届いた。

『これでトドメです! 『ダブル・メルターレーザー双撃・融解光線』』

 えっ、まだやるの?

 困惑する俺をよそに、コロナは極大光線をぶっ放した……らしい。

 砂嵐の向こうで赤い光が炸裂し、爆風と砂嵐の第二波が到来。

 これはドラゴンと言えども耐え切れないだろうなと、耳の穴に砂粒が際限なく飛び込んでくるのを感じながら、俺は思った。



 平坦だった荒野のど真ん中に形成された、巨大なクレーター。

 その底には、頭蓋骨に大穴を開けて横たわっているスケルトン・ドラゴンと、腰に手を当ててホバリングするコロナ。

「これがわたしのとっておきです。ちゃんと見てくれましたよね?」

 自慢げな振る舞いはどことなく犬っぽさがあってかわいいと言えばかわいい……のだが、その足元にあるのは巨大クレーターと、叩き付けられて頭に大穴をぶち開けられたスケルトン・ドラゴン。かわいいの対極に位置する光景だ。

 何と答えるべきかと頭を悩ませること十数秒。

「……ああ、すごいな」

 それが俺の精一杯だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る