ストーンゴーレム? 掘ればいいじゃん

 昼食含めた昼休憩を終えて、俺は再び坑道へ入った。

 ポジションだか役割だかが変わるという話だったが、まあ結局俺のすることは一緒だった。

 つまり、ひたすらツルハシを振って岩を掘り進むだけだ。


 振り上げる、振り下ろす、ズガァン! 一歩進んで、振り上げる、振り下ろす、ズガァン! 一歩進んで、振り上げる、振り下ろす、ズガァン! 一歩進んで――

「おーい、いったん止まれぇ!」

 反響を繰り返して響いてくるおっさんの声に、ようやく俺は手を止めた。振り返って後ろを見てみるが、暗すぎるせいか遠くにカンテラの光があることしか分からない。

 どうやら、夢中で掘り続けるうちにものすごい距離を進んでいたらしい。

「ふう。掘ったな」

 なんて一息ついている間に、ようやく足音が近づいてくる。

「いやぁ、マジで崩れねえな」

「これも女神様の加護ってやつかのぅ」

 おっさんとじいさんの二人が話しているのは、俺に授けられていたらしい能力の話だ。

 なんでも、俺が掘った後の穴は特殊な保護を受けているとかで、ちょっとやそっとの衝撃では崩れなくなるらしい。要するに普通の坑道なら欠かせない柱での補強が必要ないのだ。

 それ以外にも、俺にはいくつもの能力が備わっているらしいことが分かってきた。

「それで、どうじゃ? 空洞には近づいてきたかの?」

「頼むぜコータロー」

「いいぜ、ちょっと離れてろ」

 言いながら、俺は適当な石を手に取りながら、地面に耳を付け――カァンと石を打ち付ける。

 瞬間、音は空気中よりもはるかに速い速度で地中を伝播し、地中に埋もれた異物との境界面で音が跳ね返ってくる。エコーロケーションというやつだ。

「ちょうど、斜め下だな」

 俺が指差すのは下斜め45度。距離にすると、もう10メートルもないくらいだ。

 ちなみにこれも俺の能力なのか、基準も何もない地中においても上下の感覚だけでなく、方角まで分かるようになっていた。なので、その空洞とやらにも迷わずに掘り進むことが可能だ。

「どうします、親方。まっすぐ掘っていきますかい?」

「そうじゃな。まあその前にわしらが退避する穴を掘ってもらってからかの」


 おっさんとじいさんが入れるだけの退避用の穴を掘ってから、俺は残り10メートルを一気に掘り進むことになった。

「よし、サクッと掘るか」

 呟いてから、俺はツルハシを振り下ろす。ズガァンと爽快な炸裂音と共に、岩は割れ砕け、大小さまざまな瓦礫となって後方へとすっ飛んでいく。

 この後ろへ石を吹き飛ばす能力、石を運び出す手間が省けるという点では便利なのだが、当然勢いよく飛ぶ石は人に当たれば危険物以外の何物でもない。そんなわけで、先に退避用の穴を掘っておいたというわけだ。

 ちなみに俺も薄々気付いているが、これはもう鉱石採掘用の坑道などではない。

 遠くでおっさんとじいさんが話しているのが聞こえたが、遺跡だの財宝だのという単語で大体の意図は察せた。というかそういう狙いでもなければわざわざ空洞など目指さないだろう。

 と、そんなことを考えつつツルハシを振り下ろしていると、ふと俺は呟いていた。

「……そういえば全然疲れないな」

 多分これも能力の一つなのだろう。思い出すと他の鉱夫たちほど汗もかいていない。……確かに鉱夫にでもなってろ的なことは言われたが、ここまで至れり尽くせりだとは思わなかった。

「女神っぽいし、世間知らずなのかもな」

 なんて呟いているうちにツルハシは10メートルの距離を掘り切ったのか、掘り返した瓦礫が後ろではなく前に吹き飛んでいき――。

「うわっとっとぉ!」

 突如差し込んできた光の方へ、俺は頭から飛び込んでいった。


 どがっしゃん、と掘り返した石と共に落っこちたのは、まるでレンガ造りの建物の中のような場所だった。

「つつっ……なんだここは」

 せいぜい坑道と同じような雰囲気だろうと思っていたのだが、この状況は予想外だ。通路なのは同じだが、何故か明るい。

「おい! 大丈夫か!」

 穴の方から聞こえてくるのは鉱夫のおっさんの声だ。

「ああ! 無事開通した!」

 叫び返して、改めて周りを見回す。

 レンガっぽいと感じたのは、壁も床も天井も、全部に長方形の石がびっしりだったからだ。色は白っぽい灰色だが。

 そして、明るいのはなんと壁や天井に光の玉のようなものが浮かんでいたからだ。これも魔法の一種、ということだろうか。

「おお! 本当に空洞じゃあ!」

「マジかよ、まさか本当にお宝が……!」

 何やらわくわくした雰囲気の声が聞こえてきたと思ったら、いつの間にかじいさんとおっさんが俺の掘った穴から飛び降りてきていた。

「……なあ、ここってなんなんだ?」

 聞くなら今だろうと、俺は二人に問いかける。

「何っていうと――」

「古代文明の遺跡じゃよ!」

 おっさんの言葉を遮って八割白髪じいさんが答えた。

「古代、文明?」

「そうじゃ。魔族の侵攻によって滅びたと言われておる、現代と同じくらいに発展した古い人類の遺物じゃ」

 なるほど、と俺は頷いた。確かにそれならいろいろと納得はいくし、財宝という話も現実味を帯びてくる。

「さて、行くぞぉ。財宝がわしらを待っとるはずじゃ!」

「おう!」

 張り切って通路を走っていくじいさんとおっさん。

 ツルハシを手に仕方なくその後を追いかけようと俺が立ち上がった瞬間だった。


 ドスン! と重い音が鳴り響いた。

「何!?」

 慌てて振り返るとそこには、壁から剥がれるように一歩踏み出した岩人形ゴーレムの姿があった。


「ゴーレム!?」

「なんじゃと!?」

 この空洞の壁と同じ灰色の建材でできたストーンゴーレムは、俺たちの声に反応してか、顔のない頭をこちらに向ける。身長は2メートル半。天井すれすれの巨体だ。

「穴に逃げ込めっ!」

 鉱夫のおっさんは叫びつつ降りてきた穴へ駈け込もうとするが、それは同時にゴーレムの足元へ駆け寄ることにもなる。

 そしてゴーレムは、接近する者を迎撃するかのように腕を振りかぶった。

「ダメだ! 下がれ!」

 慌てておっさんを制しながら、俺自身もゴーレムから距離を取る。ゴーレムがどれほどの腕力を持つかは知らないが、あの石の手で叩かれたりすれば痛いでは済まないのは明らかだ。

「か、風の噂で聞いたことはあった……古代文明の遺跡には侵入者を迎撃するためにゴーレムが設置されていると。しかしまさか本当に……」

 侵入者迎撃用。かなりまずい情報だ。その話が本当なら、こいつは侵入者である俺たちを見逃してはくれないだろう。

 つまり、選択肢は逃げるか、戦うか。

「なあおっさん! ストーンゴーレムってのはどのくらい強いんだ?」

「ああ!? 正気かよ! 魔術師さんが使ってるやつで兵士4、5人と渡り合えるぜ!」

 魔術師が使っているやつ、つまり午前中に見たゴーレムのことだろう。あれは身長は2メートルほどで、手足や胴の太さも目の前のこいつより一回り小さい。

 つまり、目の前のストーンゴーレムは兵士4、5人分よりもどう考えても強い。ろくな装備もない俺たち3人で敵う相手じゃない。

「逃げるか……」

「ダメじゃ。こっちの先行き止まりじゃった……」

 泣きそうな声でじいさんが答える。

 じゃあ穴を掘ってと思ったが、無理だ。

 俺が穴を掘る時には後ろ向きに瓦礫が飛び散る。逃げ込めるだけの穴を掘る間は、二人は外で待っていないといけないのだ。俺一人だけなら逃げられるが、そんなのはナシだ。

 こうして考えている間にも、ストーンゴーレムは近づいてくる。

 もう選択肢は一つしかない。

「俺が、戦う」

「やめろバカ!」

「死ぬ気か!?」

 俺は首を横に振って、ツルハシを構える。

「俺だって、一応転生の女神様とやらに見初められた男だぜ? なんとかなるさ」

 半分は虚勢だ。しかしもう半分は違う。

「それにな、ストーンゴーレムだって所詮は石の塊。掘れないわけがないだろ!」

 叫びながら、俺は走った。

 ストーンゴーレムは侵入者を叩き潰さんと横から腕を振り回す。

 まずはその腕を――掘ってやる!


 ズガァン! と音が爽快に響き渡る。

 ツルハシは深々とストーンゴーレムの腕に突き刺さったかと思うと、一瞬で蜘蛛の巣状にヒビを走らせ、粉々に吹き飛ばした。

 後ろで歓声が上がり、ストーンゴーレムは困惑した様子で一歩後ずさる。だがもう遅い。

「もらったぜ!」

 ツルハシを振りかぶりながら一気に接近し、石の胸板目掛けて、全力でツルハシを振り下ろす。


 ズッッガアアアアアン!!


 強烈な音と共にツルハシはストーンゴーレムの胴体を刺し貫き、一瞬の後、石の巨体は木っ端微塵に爆散した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る