第3章 ペアレンティング・クライシス ④レンタルベイビー警察

「あの人、なんか変なテンションだったでしょ?」

 聞かれて、「ええ、まあ」と答えると、「やっぱり。あのテンションで話しかけるから、みんな逃げちゃうんだよね」と3人は笑った。あの女性はあまりお近づきにはなりたくないタイプだが、この3人もどことなく嫌な感じだな、と美羽は思った。

「あの、ママ友を3人つくらないと合格できないって、ホントですか?」

 話題を変えるために美羽が尋ねると、「誰がそんなこと言ったの? さっきの人?」と聞かれたので、美羽は頷く。

 とたんに、3人は爆笑した。

「ママ友3人って、そんなバカみたいな話、広まってるんだあ」

「ねえ、うちらの時も、変な噂がたってたよね」

「そうそう、親や周りの人にも面倒見てもらうと、フォローする人がたくさんいるから安心って判断されて、ポイントが高くなるとか」

「あったねえ。私、わざわざ実家に帰って、親にレンタルベイビーのお世話をしてもらったもん」

 どうやら根も葉もない噂らしい。美羽はちょっと安心した。

 3人はひとしきり騒ぐと、「そういえば、風邪ひきました?」と聞いてきた。

「えっ、風邪? ひいてないですけど……」

 美羽の答えに、3人は失笑した。

「あなたのことを聞いてるんじゃなくて。息子さんのこと」

「えっ、空ですか? 風邪はひいたことないですけど」

「じゃあ、あの設定、なくなったんだ」

「もう、うちらのときはしょっちゅう風邪ひいて、ひどかったもんね。6か月を過ぎたら、お母さんのおなかの中にいた時の免疫がなくなって風邪をひきやすくなるから、それを忠実に再現したって言われてもねえ」

「冷房で涼しいわけでもないのに、急に鼻水出るから、あの時は何かと思った」

「ねえ。そういう設定も、うちらが抗議したから改善したんじゃない?」

「そうだね、きっと」

 3人は思い出話で盛り上がっている。美羽はこの3人から離れたくなった。

「せっかく公園に来たから、あっちにも行ってみます」

 空をベビーカーに乗せると、「あー、その下ろし方はちょっと乱暴かも」「抱っこひもも使った方がいいよ。今日は持って来てないの?」とあれこれ口を出してくる。しかも、いつの間にかタメ口だ。

 ――うざい。うざすぎる。何なの、この人達。

 美羽は聞き流して、「それじゃ、失礼します」と会釈して、その場を離れた。

 3人の視線が背中に突き刺さるのを感じた。美羽の一挙手一投足を見て、何か言う気なのだろう。

 公園の隅にある見知らぬ遊具に子供たちが登っているのを見て、美羽は立ち止まった。

「あれ、ジャングルジムって言うんですよ」

 近くにいた女性が教えてくれる。

「ジャングル……ジム?」

「面白い名前ですよね。昔は公園によくあったらしいんです。でも、子供が落ちることが多くて、廃れちゃったみたいで。最近、昇り降りするのに握力を使うし、全身の筋肉を使うからいいって見直されてきたらしいんです」

「へえ~、そうなんですか」

 楽しそうにてっぺんまで登っている子供達を見て、美羽は「自分も子供が産まれたら登らせてあげよう」と思った。

「あの3人に何か言われました?」

 女性に気の毒そうに言われる。

 美羽が頷くと、「あの3人はレンタルベイビー警察って言われてるんです。レンタルベイビーを連れてきた人を見かけたら、必ず絡んできて、そのやり方じゃダメだって細かく言うんですよ。ただの有難迷惑なのに。うざがって、この公園に来なくなる人も多いんです。気を付けてくださいね」と教えてくれた。

 ふと、砂場で子供たちが「これ、まりんの」「ボクの」とおもちゃを引っ張りあっている。女の子の親は駆け寄ったが、男の子の親は放置しているようだ。

 その光景を見て、女性が声を潜めた。

「あの男の子、あの3人の真ん中の人の子なんです。あの3人は、自分の子供が悪さしても、見てるだけで何にも注意しないんですよ。他の人のことはすぐに注意するくせに」

 おもちゃはどうやら女の子のもののようで、男の子が強引に取り上げると、女の子は泣き出してしまった。女の子の母親が一生懸命、「ね、かいと君、それうちのまりんのだから、返してくれるかな」と言い聞かせている。それでも、男の子の親は我関せずという感じだ。

「レンタルベイビーで合格になってもああいう親がいるから、意味ないよねって、みんなで言ってるんですけどね」

 女性はため息交じりに言った。

 どうやら、公園の世界にもいろいろあるらしい。美羽はその女性にお礼を言うと、さっさと公園を出ることにした。

「あ、公園には1時間ぐらいいないと」とレンタルベイビー警察が言っていたが、聞こえないフリをして門を出た。

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