2-7

 試合後の一礼がすむと、大仁君はすぐツグミちゃんに詰め寄った。

「負けちまったじゃねえか!」

 ツグミちゃんはいづらそうな顔。大仁君はピリピリした顔。

「あいつは動物が苦手だからアルマジロなら勝てるって、お前いったよな? 役立たずが!」

 そこまでいわなくても。ツグミちゃんがうつむいていていつもの明るい姿と差があるので、私は心配になってきた。

 ツグミちゃんは、私をいじめる大仁君の仲間だった――そのことへの戸惑いは薄れてきている。

 私が記憶を失ったのはアルマジロドッジのせい。ツグミちゃんには「昔と同じことをさせれば、記憶がバッチリ戻るきっかけになるかも」「教えられたことを思い出せば、試合に勝ちやすくなる」って考えがあったんじゃない?

 私が動物嫌いだって話したのも、ツグミちゃんが私のためを思ってくれた証拠。私はむしろ動物が好き。ツグミちゃんは私と帰るときに犬やネコをかわいがるから、それをよく知っている。

「お前がまともに暮らせるのは、おれやパパのお陰だろ! 恩を仇で返しやがって!」

「いうこと、ひどすぎるんじゃ……」

 私は大仁君なんかとできるだけ話したくないけど、あまりにツグミちゃんが小さくなってしまっているので口をはさんだ。大仁君がギロッとにらんでくる。

「こいつはおれの手下だ! どうしようがおれの勝手だ!」

 きつい視線をツグミちゃんに戻す。

「昼休みも、おれにぶつけてきやがったな!」

「それは、試合だったから……」

「だまれ! 今日は飯抜きだ! 他には何をさせようか」

「いくら何でも……」

 私が止めようとしていると、大仁君が急にニヤッとした。悪いことを思いついた雰囲気。

「こいつを助けてえか。じゃあ、また勝負しろ! 次はこいつの身をかける!」

 私は息詰まってしまった。

 何度もいうけど、私は本当に大仁君と関わりたくない。そのお嫁さんになるなんて絶対に嫌だ。

 勝てば問題なし? でも負けたら? 危険が大きすぎるし、大仁君との勝負はさけたい。

 でも、ツグミちゃんがかかっているとしたら?

「わかった……また、勝負する!」

 私はためらいを振り払いながら答えた。海道君はやれやれって顔。大仁君はますますニヤニヤ。

「決まった! じゃあ次は……そうだ。もうすぐこの辺りでトンデモドッジの大会があるんだ」

 海道君が鼻で笑った。

「そんな話は聞いたことがない。今考えたんだろう」

「うるせえ下っ端!」

 大仁君は、海道君に怒鳴り声を叩き返した。

「バカココ! お前が優勝したらこいつを解放する! おれが優勝したらお前はおれの嫁だ!」

 ヨメヨメと何度もいわないでほしい。うげぇってなる。

「どう考えても罠です」

 海道君が耳打ちしてきた。それは私にもわかるけど、ツグミちゃんを見捨てたくない!

「私、その大会に出る!」

 大仁君が気持ち悪く笑って、私たちに背中を向けた。

「細かいことはすぐに教えてやる! 首を洗って待ってろ!」

 自分のドッジロイドを引き連れてぞろぞろと去っていく。ツグミちゃんはそれに続くけど、何度も私に振り返っていた。ためらいのある顔で。

「やつはどんな手をしかけてくるかわかりません」

 海道君はため息をついていた。また片方のひざを落としながら。

 あ、そうだ。私には、ずっと気になっていることがあった。

「その丁寧すぎるの、やめてほしいんだけど……」

「そのようなことはできません。ぼくは姫をお守りする家臣です」

 守るっていわれるのは悪い気がしない。でも、やっぱり違和感が大きい。

「姫って呼び方も……私たち、同じクラスなんだし」

「クラスメートである前に家臣です」

「いや、だから……」

「以前と同じようにせよとご命令をいただければそうしますが」

「命令でもなくて……じゃあ、お願い! 私からのお願い!」

「わかりました。いや、わかった」

 海道君は、やっと立ち上がった。肩をすくめる。

「罠にはまったのはどうかと思う。しかしそれも、姫……ココが優しいから。それはそれでいいことだ」

 よく見ると、少しだけ笑っていた。教室では見せない顔だ。

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