BLACK ―Did true love die?―

雪原のキリン

【第一部】第一章「のそちゃん」

 今から十年前のことらしい。日本に向けて大量のプレイリードッグが密輸されたというニュースが世間を騒がせた。犯人は分かっている「(株)クロイシ・ペットビジネス」の一味だ。社長であり、代表取締役の黒石 彰(くろいし あきら)はマスコミに叩かれたが、全面否定していた。そして、協力者で密輸の主犯であった益田を完全に切り捨てていたことが分かった。




 その後、益田が、海外の動画サイトに同社の悪業を掲載。それが世界に広まったが、同社が揉み消しを迅速に行ったようだ。益田は、それから「変死を遂げた」という噂が、秘密裏に世に広まっていった。しかし、黒石 彰はメディアや各誌面に有力企業として名を連ね、今や、とても話題になっているようだ。今も、仮面が暴かれることはないようだ。


 そして、うちの親父も五年前に他界した。原因はやはり同社であると言うことを、俺は「親父の先輩警察官」から高校生のときに聞かされた。麻薬Gメンだった親父は、鏑木市の貿易港で黒石 彰が大麻の密輸をしていることを嗅ぎ付け、水面下で調査を進めていたようだ。親父は麻薬の密輸の主犯であった、赤木を現行犯逮捕したが、その後の調べにより、赤木が同社の幹部であることを突き止めた。


 しかし、親父はその後、同社の幹部三人を犯行を突き止めたが、尻尾を掴まれ、無念の殉職を遂げて、港でその亡骸(なきがら)が見つかった。


 仕事熱心で、酒が好きだった親父。妹に厄介者にされながらも、いつも笑いながら妹を思いやっていた親父。家族が大好きで、子どもが大好きだった。今思い出すだけでも涙ぐんでしまう。




 「親父の一件」を忘れていたのだけれど、彼女に出会ってから、俺の闘志に火が付いた。黒石 彰。その仮面を暴いて、徹底的に闘ってやる!!首を洗って待っていろ……。






**


 「……うん、そうか、母さんはなんとかやってるみたいだな、うん、ありがと。おやすみ、おう……切るぞ?……切るって言ってるだろう……!はい……おやすみ!」


 俺は実家にいる妹の波留(はる)に電話をしていた。高校二年生になる妹は、とても甘えん坊で、泣き虫だ。かくいう俺はと言うと、強がっているかも知れないけど、とっても脆い。




 「さて、今日の株式市場チェックして……。っと、その前に」


 波留にメッセンジャーを送ることにした。実家のゴールデンレトリバーはもうかれこれ飼い始めて十三年は経ち、体力が衰え始める老犬である。電話をすると長くなってしまうことが予測できた。もう時間は、夜の十時を過ぎていたから、妹とこれであれやこれやと積もる話をしていたら、朝になってしまう。




**


 翌朝、スマートフォンにセットした、目覚ましのけたたましい音に目を覚ました。梅雨の時期なのか、外はとてもひどい土砂降りだった。俺は目が覚めると、涙で目元が濡れているのに気が付いた。どうやら寝ながら泣いていたようだ。


 俺の住んでいる鏑木市。学園都市で交通の便が良く、人気の高い都市だ。そして、俺は高校を出てから鏑木市にある経済大学に進学することにしたのだ。


 理由は、五年前にさかのぼる――。




**


 「えっ……?親父が……殺されたってどういうことですか?!わっ……わけが分かんないっ……す!!」


 「いいか?これはまだ、紗代(さよ)ちゃんにはまだ話していないんだが、長男である、君にだけ、まずは話しておこうと思っていてな。君の親父さんは今の一流有名企業の社長『黒石 彰(くろいし あきら)』の手で始末されたんだ」


 俺と話すこの人は、小鳥遊 切嗣(たかなし きりつぐ)さん。警察官であり、親父の馬場 明正(ばば あきまさ)の先輩にあたる人だ。そして、話によると、親父は黒石が何年も「黒い取引」をしていて、それを嗅ぎ付けたうちの親父が、決定的な証拠を突き付けたときに、状況不利になって、抹殺されてしまったらしい。


 「は……背徳的って言うか……き、きけんと、となりあわせって……言うのか」


 「そうだよなぁ。俺もずっと止めていたんだ。しかし、埃(ほこり)を叩けば叩くほど『出る人間』っているものだよな。不憫だよなぁ。俺もすっごくいい後輩だったもので、涙が止まらないよ。『世の中、金が全て』って人間はどこにもいるもんでさ」


 「……で、く、黒石は、たいほ、されたんですか?」


 「揉み消されて逃げられてしまったよ。お手上げ状態だ」




**


 着替えて、髪の毛を整えて。その後にコーヒーを落としつつ、トーストを焼く。そして、テレビを付けながら、朝食にトーストとコーヒーを摂り、新聞を読む。サラリーマンのようなスタイルだが、俺の日課だ。経済新聞の株式紙面を見るのが好きで、先ほど触れたように『世の中、金が全て』って言っている人間の考えが、俺には理解できないからだ。俺は、生まれつきスローペースで考え込む癖がある。だから、何事も納得がいくまでは追及してしまい、思慮深いと言えば聞こえがいいが、正直言って喋るのが苦手で、あまり、人と喋らないようにしている。専(もっぱ)らインドアで、パソコンをいじって生きていたほうがいいくらいに内気な性格だ。




 「あ、やばい、……うっかりしてた!」


 気が付くと、朝の時間を長く摂りすぎてしまう。それだけ、考えることが多いからだ。そして時計を見ると大学の第一限の講義の時間、ぎりぎりになっていることに気が付いた。俺は、荷物をまとめると「馬場 竜之介(ばば りゅうのすけ)」と書かれた学生証、通学定期を持って家を出たのだった。




**


 電車は早くはならない。どんなに急いでも、車と違って早くならないのが電車だ。俺がどんなに走ってダイヤ通りに乗っても、途中で加速してそれ以上のスピードが出ることがないので、時間が早めることはないのだ。少し溜め息をついた。電車に揺られながら、吊革の上にある広告を見た。今日も変わらずに、一日が始まっていく。梅雨の雨で、電車の窓から見える街並みはしっとりと濡れていた。




**


 「経済大学前~経済大学前~お降りの方は、お忘れ物のないようにお願いします。……次は……」


駅に着いたようだ。うとうとしながら目をこすると、電車から降りた。すると、同じ時刻に下車した友人がいた。友人は、ツーブロックで筋肉質の男だった。そいつは俺を構内で発見したらしく、ダッシュしてきて、力いっぱい背中を叩いてきた。……とても痛かった。


 「おっはー!のそちゃん!!相変わらずねむそうじゃないか!!」


 「ああ、……健か。ちょっと、うとうとしてて……てか、痛かったよ」


のそちゃん。これは、高校時代からの俺の愛称だ。なんか知らんけど、周りの人が俺のことを「のそのそしてるから」って名付けた不名誉なネーミングである。のそとか、のそちゃんとか、全然嬉しくない。ってか、コイツ、サーフィンしたり、アウトドア派で筋肉質だから、背中叩くと加減がないんだよなぁ……。


 「のそちゃん、いっつもギリだけど、間に合わないよな?次のコマの授業、諦めてる感じ?」


 「うーん、ちょっと……あれ、落としたらやばいしなぁ。俺も……あの授業受けたいと思ってて……」


 「お前、いっつもそうだけど、急がなきゃやばいだろ?早くしないと九時になっちまうよ!!」


 俺はこの友人がいなければ、落としていた単位が多かっただろう。それほどまでにマイペースな性格なのだから。少し気付かされたように、走りながら、なんとか、俺は「心理学の講義」を滑り込みで受けることが出来た。




**


 今日は聞くのが大変な講義ばかりで、少し疲れた。眠い。うう……ちょっと昼に仮眠を摂るか、今、濃いめのコーヒーを入れるか。どうしようか。ちょっと自販機でブラックコーヒーを買いに行ってこよう。


 俺はそう思って、席を立ち、目を擦りながら歩いていた。すると、自販機で飲み物を買って、朝、俺に強烈な一発をお見舞いした、斎藤 健(さいとう けん)と話している女の子が見えた。髪型はセミロングで、左に流したサイドダウンスタイルの髪型をし、ナチュラルな色合いのブラウンに髪の毛を染めていた。服装はジーンズとパーカーを合わせたラフな格好だった。


 彼女は篠塚 真雪(しのづか まゆき)。健と俺の共通の友人で、旧知の付き合いに当たる。真雪は、俺の眠そうな顔を見て、苦笑いしながら話しかけてきた。


 「あ、のそ、今日は珍しく午前中からいるじゃないの!めっずらしい!どうせ、遅刻しそうになったんでしょ?」


 「あ、こいつね、朝、電車で会ったんだけど、必修の心理学、間に合わないの知ってて、ボーっと歩いてたんだよ。だから、俺が首に縄掛けて連れてきたの。ウケるだろ?」


 「あはは、相変わらずだねぇ。健に助けられっぱなしじゃん。ウケるー」


 「う、うるさいなぁ。……ほっといてくれよ。どいて」


 俺は自販機の前に立っている二人を押しのけると、硬貨を入れて、コーヒーを買おうとした。しかし、思った以上に魅力的な商品ラインナップ。俺は悩んでしまった。選択肢は三つ。「強炭酸のコーラで疲れを吹き飛ばすか?」それとも、「甘ーいミルクティーで脳に糖分を供給するか?」もう一つは「ブラックコーヒーのカフェインで目を覚ますか?」すっごく悩んだ。ボタンの前で長考すること五分。硬貨が返却されて落ちた。……もう一度入れ直そう。そして、しばらく経ち、硬貨が返却された……。


 「あのさぁ、見てて面白いな。のそちゃん。なんでこんなに悩むわけ?一緒にファミレスに行ってメニュー決めても、全然決まらないじゃんか?」


 俺の商品の購入の姿を見て、くすくす笑う健。真雪も俺を見て笑っていた。


 「そんな調子じゃあ、日が暮れちゃうよー。私が決めてあげようか?」


 「あっ……」


 そう言って、真雪がボタンを押した。「濃縮還元オレンジジュース」。よりによって究極の選択から外れた一本のジュースが、がたんと落ちた。まぁ、いっか。別に嫌いじゃないし。


 「良かった?悪かった?」


 「いや、別に。普通」


 俺はそのジュースを手に取ると、またうとうとしながら講義を受ける。そんな日常だ。




**


 午後の講義が始まる時間までかなり時間があったので、少し遠くで昼食を摂りつつ、話すことにした。駅前まで歩いてファミレスに入った。さっさと注文を決めてしまった二人に急かされながら、メニューを決めるのが俺のいつものスタイルだ。そして、真雪がさっそく届いた、パスタをフォークで巻きながら話してきた。


 「あのさぁ、聞いてよ!十年前に話題になってた『ワイルド・ウルフ』。あれの二作目が最近上映されるらしいのよ!!」


 「あ、あの、あれだよね……お、おおかみのやつ!おおかみおとこの!」


 「そー!!そうなのよ!!のそ、わかってるぅ!!」


 真雪は興奮気味に身を乗り出して話してきた。そして、続けた。


 「でね、この前の休みの日に『シーズンワン』を借りて観てきたのよ!!これが面白くって面白くって」


 「だけど、それが二作目になると駄作になるってパターンもあるよな」


 「おれも、そういうの、よく観てるよ」


 真雪はやや不機嫌そうに言った。少し癪(しゃく)に障(さわ)ったらしい。


 「言わないでよ、もー、それも楽しみにしてるんだから!!この長ーい梅雨が明けたら、また映画が上映されると思うと楽しみだわぁ。絶対、大スクリーンで一回は観る!面白かったら、感想聞かせてあげる!」


 真雪は熱を帯びて話していた。俺と健は顔を見合わせながら、「ほどほどにお願いします」と小さく話していたのだった。

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