【第一部】第二章「ヒトツボシ・ペットビジネスと佐藤さん」



 放課後、犬司は銀行に寄って貯金を下ろしたのち、美咲と駅で待ち合わせた。桜坂高校から駅まで歩いて十分ほどの距離だ。犬司は美咲から説明を聞いて佐藤 誠一(さとう せいいち)さんの経営するペットショップに行くことにした。


 「今回行くペットショップはね、私がサイト作りでお世話になった人でもあるんだけど、佐藤 誠一さんって人が切り盛りしているの。三年前くらいから少しずつ経営が軌道に乗って、今は安定している所かな。誠一さんは『ヒトツボシ・ペットビジネス』って会社の部長だった人でね、退職してからも動物に対する情熱を捨てられずに、同社から資本金を頂いて枝分けしたペットショップを下町で経営している人なの」


 美咲は自慢げに話す。犬司は相変わらずその知識量に驚いていた。


 「で、オーナーさんのモットーは『良いお店、良いブリーダー、そして良い動物』。清潔感たっぷりなお店に見て驚くと思うよ」


 「へー、楽しみだな」


 美咲は小走りになり、犬司は後を追うようについて行った。




**


 「いらっしゃい、おー、美咲ちゃんじゃないか!」


 「やっほー、誠一さん。お久しぶりです。あ、この子可愛い!」


さっそく美咲にロックオンされたのはゲージに入った子犬達だった。美咲は呪文のようにぶつぶつと言い始める。


 「ベリーキュートなミニチュアダックスフントちゃん。うる目のチワワちゃん。のんびり屋のビーグルくん、眉毛が素敵な柴犬くん。ああ、なんてかわいいの?!持って帰りたいわ。みーーんな!」


 「なぁ、お前値札見たか?」


 「へ?」


 犬司が指を指すと、「血統書付き十二万円」の文字が記されていた。美咲はやや青くなる。


 「……高っ!」


 「それと、お前んち、既にサファリ化してるの、俺知ってるからな。やれやれ」


犬司は思った。「こいつと付き合える奴はそうそういないだろう。そして、何歳になっても動物園がデートスポットになるんだな」と。




 「あ、でも、悪くないかも」


 「犬司、何か言った?」


 「あ、や、別に」




 そして、犬司は話題を戻し、誠一さんに話しかける。


 「あの、誠一さんちょっといいですか?」


 「ああ、いいよ。どうしたんだい?」


 「ちょっと見せてもらいたいものがありまして……オカメインコって置いてますか?」


 犬司はもじもじし、恥ずかしそうに言った。


 「あ、ああ。あるよ。来て」


 誠一さんはにっこりと笑うと、広い店内の鳥売り場の方へ犬司を連れて行った。美咲は相変わらず子犬のゲージに張り付いていたようだが。




 犬司が小鳥の前に来ると、鳥たちは「私が」「僕が」と言わんばかりに騒がしくさえずっている。綺麗な羽を見せつけるようなものも居れば、声真似をしてみる者もいる。まるで、「この狭いゲージから出して、私を買ってくれ!」と言わんばかりの鳴き声の合唱であった。


犬司は周りをふと見渡すと、気に入ったものがあったようで、鼻息を鳴らしながら「ノーマルグレーの羽色」のオカメインコに見入っている。誠一さんは苦笑いしながら言った。


 「その子は臆病でね。ちょっと人見知りがあるかも知れん。だからちょっと売れ残っちゃったんだよ」


 「俺、こいつがいいです!」


 そう言って犬司が指を指した瞬間。鳥のさえずりが一瞬止まったような気がした。


 「大事にしてあげなさい。何かあったらいつでもおいで」


 そう言って、誠一さんはインコを取り出すと奥に行って包んだ。




**


 会計を済ませ、インコの飼い方を一通りレクチャーしてもらった犬司は満足そうにインコの入ったゲージを抱きかかえていた。美咲は小一時間同じ場所に飽きずに張り付いていたようで。


 「私のバイト代、あとどれだけ出せば足りるかしら……」


 「おい、ミサキチ!帰るぞ!」


 「やー、この子ずっと見てるの。あと少しで決断できるのに……!」


 「お前はガキかっ!高校生にもなって駄々をこねるな!」


 犬司はゲージに張り付いている美咲を引き剥がすと、ズルズルと身体をもって店内を出ていった。


 「ありがとうございましたー!」


 誠一さんの声が響いた。




**


 さて、買い物も終わり、少し美咲の家に寄ることになった。見せたいものがあるらしい。犬司と美咲はよく遊ぶ間柄で、家族ぐるみの付き合いも何度かある。近くに家があるからお茶して帰りなよ。そんなノリでのお誘いだ。


 「ただいまー」


 「おじゃましまーす!」


 「あらあら、いらっしゃい」


 おっとりとした雰囲気の女性がお出迎え。美咲の母「美麗(みれい)」さんだ。犬を数匹抱えて出迎えてくれる。美咲の家は葉肉植物の濃い緑の匂いがした。


 「犬司君、また身長伸びた?この前会った時よりもおっきいわね」


 「そうっすかねー」


 照れ笑いする犬司。美咲は靴を脱ぎ捨ててそのまま飼っている動物に一直線だ。


 「こら!美咲、いつも靴は揃えなさいって言ってるでしょうが!犬司君の前ではしたない」


 「いえいえ。お構いなく。俺のことは気にしないでください」


 犬司は苦笑いをした。そして、そっと自分の靴と一緒に美咲の靴を揃えて美麗に質問をした。


 「あ、そうだ。美麗さんってまだ水族館のイルカトレーナーやってるんですか?」


 「うーん、そうねぇ。最近体力が少しずつ落ちてきてるからそろそろ現役引退かも。今日はたまたま休みだったからね」


 「そうなんですね。ほんっと小さい時が懐かしいです」


 犬司は嬉しそうに水族館に行ったときのことを思い出す。そして、少し暗い表情でもう一つ気になることを聞く。


 「あと……今日ミサ、美咲がむせてたんですが、『喘息』は少しは落ち着いたんですか?」


 美麗は少し間を置き、考えてから話し出した。


 「……最近は落ち着いてきてるけどね。漢方薬もいいのがあって。一番は子どもの時に過ごした自然の中の生活かも知れないわ。犬司くん、美咲もまだまだ大変だと思うの。はしゃいでいるようだけど、あの子、まだ身体が弱いから、その時は助けてあげてね」


 「分かりました」




**


 美咲の部屋は動物のポスターと本で埋め尽くされた部屋である。動物が好きというよりも、幼少期に専ら読み漁った本の残滓が残っていると言う感じだろう。読書好きはそのままに、熱狂的な動物好きが上塗りされて、かなりゴテゴテなマニアックに塗り上げられている。


 犬司はその図書館のような一室のテーブルの前に腰を下ろすと、買ってきたオカメインコのゲージの覆いを取った。


 「騒がしくてすまんねー。悪い少しゆっくりしててくれ」


 「ピチュピチュ」


 オカメインコは周りを見渡しながら、キョドキョドと慣れない環境に落ち着かない。美咲はどこか別の部屋に行っていたのか、戻ってくると自慢げにゲージを「犬司のインコ」の隣に置いた。


 「ほらほら、お揃い。最近買ってきたの!」


 自慢げに美咲が見せたのはアルビノ系のオカメインコだった。ゲージ越しに二匹のインコは仲良くしている様子。美咲は言った。


 「これがあのサイトでアップしたインコちゃんだよ。名前は『ピーチ』って言うの!可愛いでしょ?」


 「やばいな、この可愛さ」


 犬司は実際にモデルになったインコに釘付けになる。美咲は、犬司に質問をした。


 「ねぇ、犬司、オカメインコの名前は決まった?」


 「……そうだった。忘れてた!」


 思い出したように長考する犬司。しかし、既に考えの中に候補はあったようで。


 「なんか、このふ抜けた感じ。『カンタ』って名前がいいと思うんだよね。俺、インコ買った時にこの名前を付けようと思ってて」


 「あ、いいね、カンタ。カンタ、宜しくね!」


 美咲は嬉しそうにカンタに話しかけた。


 「カンタヨロシクネ。カンタヨロシクネ」


 カンタもその言葉を復唱した。




 少しばかり、犬司は美咲の部屋で少女漫画を読んでくつろいでいた。美咲はサイトのアクセス数を確認したり、ホームページの更新に熱中している様子だ。二匹のインコは静かになり、美咲は一仕事終えた様子で伸びをする。時刻が八時を回ったとき、部屋のドアがノックされた。


 「はーい!どうぞー」


 「あ、犬司くん、良かったら一緒にご飯どう?もう夜遅いでしょ?」


 「えー、犬司がいるのー?私やだなー、だって和音(かずね)が今日いるんでしょ?」


 「和音(かずね)はもうすぐ帰って来るかな。部活でいつも遅いから疲れてるけど、久しぶりに犬司くんの顔見たら喜ぶかも」


 美麗は嬉しそうに言った。美咲は面白くないのか、むくれる。


 「美咲、たまにはいいでしょ?」


 「仕方ないなぁ。お父さんは?」


 「お父さんは和音と一緒に帰って来るって」




**


 「ただいまー」


 玄関からやや幼さの帯びた女の子の声がした。美麗が出迎える。


 「おかえり。今日も大変だったね。お父さんは?」


 「あ、お父さん来たよ」


 「おかえり」


 警察官の服を着た美咲の父、切嗣(きりつぐ)。こう見えても娘にはとても甘い。犬司が階段を下りてきて挨拶をしようとした。


 「あ、おじさん、お久しぶりです!」


 「誰だね、キミは?」


 眼光から鋭く光を放つ切嗣。目つきも変わる。犬司は汗を滲ませながら、答えた。


 「ミサ、美咲の友人の犬司です。おじさん何回かお会いしましたよね!」


 「そうよー、お父さん、森城町にいた時から犬司くんに会ってたじゃないの!」


 「……」


 「今日はお夕飯一緒に食べてくれるって。うふふ」


 「そうか、これはどんな子かしっかり見定めないとな」


 犬司は背筋に冷たいものを感じた。和音はあきれた顔をしながら父親の姿を見つめていた。




**


 食卓には犬司の好きなから揚げやグラタンなどが並び、美麗が腕によりを掛けていた様子がうかがえる。


 「犬司くん、いっぱい食べてね!おばさん、張り切って作っちゃったから」


 「ありがとうございます。嬉しいです!」


美咲、切嗣、和音はそれぞれ静かに食事をしていた。美咲は父が何を言い出すか、気が気でなかった様子だ。最初に和音が口を開いた。


 「犬司にーちゃん、久しぶりだよね!多分半年は会ってないよね」


 「そうだっけか?」


 「うん。私、部活始めたから」


 「何やってんの?」


 「吹奏楽部だよ。もうじき文化祭が近いから忙しくって」


 「楽器は何やってんの?」


 「フルート。毎日ランニング大変だけど、楽しいよ!」


 和音は嬉しそうに話した。切嗣は美咲に話を振る。


 「美咲、後であの魚の水槽の掃除をしときなさい。汚いから」


 「今、その話しなくてもいいでしょ!犬司いるんだよ!」


 恥ずかしそうに切嗣に怒る美咲。切嗣は犬司に話を振った。


 「犬司くん、美咲は学校ではどんな感じかな?」


 「へ?ああ、とても人気ですよ。みんなとも仲良くやってますし。それと『タ……』。」


 「た?」


 「いえ、何でもないです」


 『タカタカコンビ』と呼ばれています。と言おうとして口を閉ざす犬司。




 「まあいい、娘と仲良くしてやってくれ。ただし、嫁にはやらないからな!」


 「おとーさん!!」


 美咲は顔を赤くしながら怒った。美麗はあらあらと言いながら笑っていた。

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