第Ⅻ夜 Spirit of Christmas Present

 クリスマスは自分を見つめ直して改心する日だってねぇ。偏屈なおじさんが過去と現代と未来を見て調子良いこと人が変わったようになったとしても、それまでがやってたことは変わらないというのに。

 さてさて、今宵はクリスマス。かの有名なチャールズ・ディケンズによる、クリスマス・キャロルの夜。

 ボクはそんな日でも変わらない。



「悪者は必ず倒されるものよ」

 と、このカボチャ頭の少女は言った。

 みすぼらしいカボチャ頭を振りながら、叶えられない願望を吐き捨てる。

「だから貴方にもいつか罰が下る」

 神という、不確かなものを正義と信じ。

「神様は見ているの」

 神様などこの世界にはいない。ついこの前まで教会に通い、ロザリオを首からかけていた教徒には分からないだろうが。

「神は、信じるものにしか救いは与えない」

 神とは、信じたものにしか救いを与えない。

 宗教とは、他人に縋り自己を顧みらないものの最後の救い。だってさ、最期に救われるという当てがあるわけではない。

 希望的観測で今を信じているのだ。

「だから私は神を信じ、あなたが断罪されるのを待っている」

 待ってるだけではさ、何も起きやしないのに。だから神様信者ってやつは救えない。

 へぇ、それはそれは。さて、神様はいつボクを断罪しに来るんだって? と、とぼけた顔で問い認めても、彼女から帰って来るのは希望的観測の曖昧な答え。

「……いつか、信じていれば」

 ハッ、だから救えないんだ。

 その神様ってやつはどこにいる?

 見えやしないものに信じると言う。

 だから、さ、

 そんな世界なんて、


「始めからなかったんだよ」


 そう言ってボクは、カボチャちゃんが震える唇をようやく開けて声を発するのを聴きながら、一口ワインを啜り飲む。

 ああ、いい眺めだなぁ。

 苦くて渋い、べとべとした液体を舌の上に転がし、その甘そうな匂いに舌鼓を打つ。幼いころには甘いぶどうジュースを想像したこの飲み物は、その想像からは想像できないほど甘味のひとかけらもないのに。

 まさに裏切り者と、そう呼ぶほかない。

「貴方は、信じているものはないの?」

 ――カボチャの彼女はそう問いかける。

「ボクにはそんなもの、とっくの昔になかったんだ」

「では、昔はあったのね」

「そりゃ、ボクだって人の子だったんだから、あるにはあったさ。けれど、それがなんだというんだい? 結局そんなものに縋っても、自分に返してくれなきゃ意味なんかないよ」

「意味は、信じていれば頂けるものよ」

「ああ、またそんなことを言うんだ? ……君にそれがあったことがあったかい? 君がどんなに神に祈ろうとも、神様は、君を助けには来なかったじゃないか。君が死んでも、神様はどうでもいいのさ。同様、――兄さんが死んでも神様は生き返らせてくださらない。ボクは何十人、何百人捧げたというのに。挙句の果てに兄さんはボクの目の前にもういない。どこかにいってしまった。ボクは兄さんを生き返らせるために人間を殺して料理して、供物として捧げていたっていうのに」

 そのぶつぶつと誰に聞かせるでもない独り言のような……、何か。

 カボチャ頭の彼女はしばらく考え、なにか閃いた。それまで不安そうな顔をしていたのに、一転する。

「分かった、伯爵が私をここにやった本当の役目というのを」

「なんだい」

 たいした考えなど思いつくはずがない、と思ったものの自分はこの少女よりも優位な立場にあるのだ。ワインに酔ったのもあり、いい気分ではあったのかもしれない。――聞いてみるのもいいかもしれない、と。

「私は、貴方を改心させてみせるわ」

「うん、この前聞いたね」

「いいえ、違うの。私が死んでいる以上、私は生き返れない。この屋敷からは出られない。出ても伯爵の下僕になる。人間には戻れない。……でもそれでいいわ」

 カボチャの少女は、なおも続ける。

「私、間違ってた。貴方を改心させるためには、善い行いをさせ、正しい言葉で導いて、悔いを改めさせることだって思っていたの。でも、それでは本当に貴方を改心させることなどできない。だって貴方は自分がしていることを絶対的に正しいと信じているんだもの。例え、私が悔い改めようとも、それはフリかもしれない。私を殺して食べたらまた同じことを繰り返すんだわ。だからこの方法ではいけない」

「へぇ、では何をするんだい」

 カボチャ頭の彼女は、そう聞かれると口の端をにやりと上げる。楽しいいたずらが思いついた子どものように。嫌な予感を感じたのはどうして?

「私に情を持たせる。私を好いてもらう。愛玩動物としてでもいい可愛がられるの、私はずっと貴方といる。けれど、いつかは貴方は人間を食べなければならない。殺すことに何もためらいがない貴方にとしてずっと一緒にいるの」

 沈黙を破るのは幼き少女の決意の言葉。

「貴方に足りないのは、愛情。――それを私は貴方に与える」



「私、死んでもいいわ。貴方が、私を殺して後悔するまで、私は貴方に尽くし従う可愛いおもちゃを演じる。その果てに貴方が改心するのならば」


 ――私は、この身を貴方に喰われようと、かまわない。

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