第Ⅱ夜 Den lille Pige med Svovlstikkerne

 クリスマス・イブだっていうのに、君はなんで売れもしないマッチを売り続けているんだい? 君ぐらいの女の子は、今頃クリスマスの準備をして暖かい暖炉の前でサンタクロースを待っているんじゃないのかい? あぁ、なるほど、君のお父さんは乱暴なんだ? 君の体にもたくさん傷跡が残ってる。ご飯もろくに食べさせてやくれない、お母さんは行方知らず。ははっ、君って運がなかったんだ。残念、ボクは君みたいな細っこくて食べる肉のない子には用はないよ。いつ死ぬかも分からない瀕死の子なんか願い下げさぁ。……でもまぁ、君のお話を聞きながら君を丸々太らせて美味しくいただくのも悪くはない。君、チョコレート食べたことあるかい? ジンジャークッキーは? ははっ、可愛そう。君の生涯で一回たりとも食べさせてもらえなかったんだ? ボクと似てる。ボクも生きてる時は食べたことないんだぁ。魔女の家に行って、お菓子の屋根にかぶりついたくらいかなぁ。



「ボクの名前はグレーテル。……君の名前は? ……ふぅん、無いんだ?」

 私を拾ったその男は、私を哀れむような目をして私を家に迎え入れた。持っていた全部のマッチを擦り燃やせば、あと少しで私はおばあちゃんに会えたというのに、私はそれが出来なかった。男は部屋に私を入れ、暖炉に火をくべて暖かくしてくれた。私に毛布なんか渡して、くるまらせてくれて……。

「君さ、持ってたマッチ、全部燃やして死ぬつもりだったんだろ?」

 なんで私の結末を知ってるのだろう。

「……同じ境遇のよしみで助けてあげるよ。まぁ、ボクは君を食べるけど、それまでは吐き捨てるような人生の最後の望みになってあげる。ご飯を食べられない苦しみは、ボクも十分分かってるからね」

 男の口元は笑っていたのに、目元は全く笑ってはいなかった。それを私は忘れない。



「七面鳥の丸焼き、ポテトサラダ、ミートパイ、牛肉の赤ワイン煮、ホットワイン、シャンメリー、パンと、シチューと、フライドチキンとポテト、うん、十分すぎるほど作ってしまえ。あとはシュトーレン、ブッシュドノエル、クリスマスプディング、もうあらゆるお菓子を作って並べて、」

 節をつけて歌うように。

「この世で一番豪華にしよう」

 見たこともないような料理の数々に目を輝かせ、私ははしゃいでしまった。おばあちゃんが生きていた時にも見たことがないほどの豪華なテーブルだったのだ。

「クリスマスはこうじゃないとね」

 男は大きなクリスマスツリーを暖炉の隣に置き、指を鳴らした。すると、何も飾りが付いていなかったクリスマスツリーにたくさんのかわいいオーナメントがついた。てっぺんの星、キラキラ光る飴細工、いろんな表情のジンジャークッキー。

「……魔法、らしいけど、ボクはこういう簡単なのしか使えない決まりなんだ」

 決まりというものが何かは分からなかったけれど、私ははしゃいで褒め称えた。

「ありがとう、さぁ、たんと食べておくれ。何日かけても構わないよ。全部食べたらそこそこ肉はつくだろう」

 そう言って彼は暖炉の前にあるチェアに腰かけた。私はまず初めに大きな七面鳥にかぶりついた。



「……最後の晩餐とは、」

 男はニヤリと笑う。

「どう調理しようか……――」

 たっぷり食べてそのまま寝てしまった少女を抱えて粗末なベッドに寝かせる。今回は無理やり食べさせることはしない。無理やり食べさせることはしなくとも、あの生涯を送ったならば自然に食べてくれるからだ。

 そのためのご馳走。

 丸焼きにして食べてもいいし、クリスマスケーキに突っ込んでもいいし、マッシュしてもいいかなぁと男は考えていた。首輪をしなくとも逃げることはしないだろう。首元についていた跡から察するに――ここに来る前からされていただろうから。逃げたところで少女が生きるすべはない。ボクは攫った愉快犯か? おそらくあのまま外にいたならば――。

 外は極寒、外にいたならば、当初の結論通り凍死するのが妥当だろう。

「ブランデーケーキに練り込もうかな」

 ちょっと血生臭いケーキが食べたい。

 そう思った男は、新年までにはケーキが作りたいなぁと思って――、また料理を作り始めた。




 何日食べ続けたか。

「あー、あともうちょいかなぁ。昨日よりも2センチ肉が分厚くなった」

 男は毎朝私のお腹をつまんでそんなことをつぶやく。その時の男はとても嬉しそう。

「もう食べられないかい? あぁ、でもそうだねもうすぐだからね」

 そういうと男はあったかいミルクを出してくれた。その口元はニヤニヤ顔を抑えられてない。

「……それを飲んでお休み」

 多分、それには何かが入ってる。でも私はこれを飲んで男に殺される。それは悲観ではない、望んで殺されるのだ。この世界に私は生きてはいけないから。

 私が死ぬことが、『』の結末だから。



「美味しかったね、今度は君が美味しいブランデーケーキになる番さぁ。君を培養槽にいれてブランデーに漬けて、たっぷり二日漬けて細かく砕いてケーキを作ろう。まぁ、あんまり肉はつかなかったよ。栄養失調の子どもってご飯を食べたらその分溜め込むはずなんだけど……、君は違うんだ。子どもって肉は柔らかくて美味しいけど、体積がないんだよねぇ。ヘンゼル兄さんは満足するかなぁ? まぁ美味しいけど。体はそんなに綺麗じゃないよね、折檻の跡がたくさん。君の人生は酷いものだ。マッチを子どもに売らせるならばお前が行けばよかったのに。ボクが君を食べて君のお父さんに復讐したら、君はボクの手を介して復讐したことになるけれど……もしかしてそれがお望みかい? 確かにボクは出来るけど……ボクは君のお父さんみたいな乱暴で粗暴な人は食べたくないなぁ。そういうことじゃない? 確かにボクは女の子しか食べないから……そういう性癖なんだよ。君だってボクみたいに食人鬼になったら分かるよ。女の子の方が美味しいし、趣味として悪くないと思うんだ」

 淡々と語る彼の目の前には、巨大な食人植物。真っ暗で暖炉とろうそくの火しか灯らない屋敷に不気味に浮かび上がる。

 死んだ魚のような目で眺め、そして息をつく。

「ヘンゼル兄さん、いつ、蘇ってくれる? ボク、楽しみにしてるんだぁ。またヘンゼル兄さんとお菓子を食べたいな」

 彼女はそう言いながら、最後のブランデーケーキにフォークを突き刺した。隠し味に少女を練りこんだブランデーケーキを――。

「……美味しい」

 その屋敷には他に誰もいない。

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