第4話 魔法が使えるとは言ってない

  こうしてルーチェとアヴィス、二人三脚での生活が始まった。ルーチェは個別指導の総括者ではあったがひとりの生徒について、魔法を教えたことはほとんどなく、学生アルバイトにまかせっきりになっていた。上の者はそんなものだとピエルが言っていたな、とルーチェは思う。

 アヴィスは入学試験の点数こそよかったものの、魔法は全く使えなかった。呪文は確実に記憶しているし、体内にあふれる魔力はかなり高い数値を示していたのにだ。

 アヴィスが簡単な魔法ですら失敗しているのを見てピエルは表情こそ同情の念を浮かべていたものの、内心ひどく喜んでいるようにルーチェには見えた。

「やっぱりあの入学試験、役に立たないな」

 職員室でピエルはルーチェに向かって嘲笑した。

「入学試験の点数は良かったけど、アヴィス君はちっとも魔法が使えない落ちこぼれじゃないか。試験内容を変更すべきだな」

 それとも落ちこぼれの君の教え方が下手なのかな、さらっと言いのけてピエルは職員室を出る。ルーチェは座った膝の上でぎゅっとスカートの裾を握りしめていた。

 確かに私の教え方が下手なのかもしれない。でも彼は一生懸命努力して魔法を学ぼうとしてくれている。入学試験の点数を見てぜひとも集団授業に入れたい、そう言ったのは貴方ではないか。そう言いたかった。しかし退職までの期間を気まずくしたくない。その気持ちが勝り、ルーチェは言い返せずにいた。


「今日は、いつになく元気がないな」


 アヴィスの心配そうな声でルーチェは現実に引き戻された。先ほどピエルに言われたことがまだ彼女の頭の中を渦巻いていた。


「はわわ、ごめんなさい! 少し考えごとをしていて……」


 その言葉にアヴィスは躊躇いがちに問う。


「わたしでよければ、相談にのるが?」


「いえいえ大丈夫です! さあ今日は魔力貯金箱の使い方について学習しますよ」


 ルーチェは気分を切替え、努めて明るい声を出した。


「魔力貯金箱。魔法雑貨屋さん等で売られてますね。魔術師は体内に魔力をため込んでいます。呪文を使うと体内の魔力を必要分消費して、魔法が使える仕組みです。でも日によって魔法を使う日と使わない日がありますよね? 魔術師が体内に貯めておける魔力には限界がある。そこで発明されたのが魔力貯金箱です。魔法を使わない日や、夜寝る前に適度に魔力を貯金することによって、使いたいときにより多くの魔力を使用でき、効率よく体内の魔力も貯蔵できる一石二鳥のアイテム。私も魔力を貯めています」

 ルーチェは懐からガラス瓶を取り出す。そこには雀の涙ほどの水色の液体が入っている。


「魔力貯金箱、一つ差し上げますので使ってみます?」


 ルーチェはアヴィスに貯金箱を手渡し、魔力貯金の仕方を説明した。彼は頷き、


「これならわたしにでもできそうだな」


 と冗談めかして言った。そしてルーチェが教えた通りに、魔力貯金箱に魔力を移した。アヴィスの魔力貯金箱はすぐに、金色の液体で満たされた。アヴィスの貯金箱を覗き込みながら、ルーチェはうらやましそうに言った。


「アヴィスさんの魔力は、すごく綺麗な色をしていますね。魔力の色は心の中を表すと言います。私は最近この色ばっかりです」


 ルーチェは自分の貯金箱をしかめっ面で眺める。そして懐から別の貯金箱を取り出した。貯金箱にはぽかぽかしたオレンジ色の液体が入っている。


「まったく。同じ人から抽出した魔力とは思えないですよね」


 そうしてため息をつき二つの貯金箱を懐に戻した。その様子をアヴィスはとても複雑な表情で見つめていた。

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