竜騎兵空戦ゲームの中ボスに転生したっぽい

氷純

第一章 原作の前日譚

第1話 中ボス(属性:無表情+薄幸+銀髪美少女

 鏡に映る銀髪少女の頬を両手で挟んで揉ーみもみ。

 この鏡に映ってるの、私ですね。知ってた。

 真っ黒な髪と黒目なはずの私がなんでこんな色素の薄い、もっと言えば幸も薄そうな美少女になってるんですかねぇ。

 テレビで時たまやっていた生まれ変わりがどうたらですかね。

 銀髪にちょっと濃い青色の目。フランス人形みたいに可愛らしいけど表情筋が動かないのでなおさら人形っぽさ極まってます。


 うーん。前世の記憶が戻った理由が分からない。水を飲んでいたら、ふと思い出す様に前世のあれこれが思い出された。

 生まれ変わりであってるのかな。実際、前世で死ぬ間際の記憶もあるし。生まれ変わりと判断しよう。


「でも、何故、よりによって……」


 鏡の前の美少女に既視感バリバリなんですよねぇ。

 前世で遊んだVR対応ゲーム『ドラゴンズハウル』の中ボスですよ、この娘。

 ドラゴンに乗って空戦を楽しむというコンセプトで話題となった『ドラゴンズハウル』において、このアウルは「一人だけマジックパンク」とか言われていた中ボスだ。

 主人公を含めて全員がドラゴンに跨っている中、アウルだけは何故か魔法で空飛ぶ機械、ゴーレム竜に乗っていた。

 ちなみに、中ボスらしく主人公に敗れて死亡する。


 ――死亡する?

 え、死ぬ? いや、死にたくない!

 ちょっと待って、冷静に考えよう。

 部屋の隅の机から紙を取り出して思い出せる限りの原作の流れを書き込む。

 そして、私は察した。

 死にましたわー。


 紙に書きあげたシナリオを眺めて、確信する。

 原作ゲーム『ドラゴンズハウル』はオープンワールドでの空戦を謳うVR対応のゲームだ。

 ドラゴンに乗って世界中を旅してストーリーを進める内容で、インターネット対戦も可能だったからプレイ人口が多かった。激しく酔うからVRでのプレイは下火だったのは御愛嬌。


 ストーリーは世界各地で発生している異常な魔力だまりとそこから発生する異常気象および強力な魔物についての調査を行う事から始められる。

 調査を命じられた主人公ナッグ・シャントは相棒のファーラと共に、オープンワールドな世界の各地を飛び回る。

 魔力だまりの発生は古の昔に大暴れした邪竜を封印するために世界中から今なおかき集められている魔力を流用して不老の存在を目指す黒幕、枢機卿エメデンが原因。

 枢機卿エメデンは魔力を流用した事で不老となり、同時に封印を維持する魔力が足りずに復活した邪竜に跨り主人公と最終決戦を行う。これを倒すとゲームクリア、エンディングが始まる。

 そして、この枢機卿エメデンを倒すために戦力を集める過程で、アウルの実家であるドラク家の本家ドライガー家に主人公ナッグ・シャントが増援を求め、対価としてアウルの討伐に参加するのだ。


 はい、私、主人公に殺害される模様。

 やーだー。

 冗談抜きに嫌だよ。死にたくない。

 そうだ、シナリオ通りにならなければいいんだし、大人しくいい子を演じていれば討伐なんてされないよね。

 なんだ、楽勝ですよ――この表情が動けばね。


「無表情」


 ついでに言うと口と舌も動かしにくいですねー。

 無表情さが薄幸さに輪をかけている気もする。表情が整っているのに可愛げがないって相当ですよ。


 原因は分かっている。家庭環境だ。

 王国最高峰の竜騎士の家系ドライガー家の傍流であるドラク家、その当主が遠征任務で出かけた任地で作った庶子が私、アウル。

 任地で認知された子が私だ。馬鹿言ってる場合じゃないですね。

 ドラク家に連れてこられた私の肩身の狭い事、狭い事、猫の額のよう。

 そりゃあ、表情筋の発達も遅れますよ。

 そんなわけで無表情娘の一丁上がりなわけです。


 身の上を考えれば、政略結婚ルートが妥当かなぁ。ちょうどよく、平民上がりで結婚適齢期の竜騎士には事欠かない家だし、優秀な竜騎士とくっつけてって考えると思うんだよね。


「……そもそも、討伐理由は?」


 原作ゲームでアウルが討伐される理由は何だっけ。

 確か、竜騎士を殺したとか、世界の異変の重要参考人とか、黒幕エメデンの関係者とか、色々と罪状が付いていた気がする。

 というか、竜騎士殺しが事実なら、政略結婚ルートも危険な気がするわけですが。

 へっへー八方塞りだー。

 そういえば、本家のドライガー家って原作ゲームだと最後に黒幕側に寝返るんですよねぇ。

 なんで私が重要参考人で黒幕の関係者って事で殺されるんですかねぇ。

 どう考えても、トカゲのしっぽ切りですよねぇ。


「竜、騎士だけに」


 いや、上手くないですね。

 ベッドの上にダイブしてごろごろする。

 やーだー死ーにーたくなーい。


 ……とにかく、原作ルートから外れるのが先決だ。

 原作主人公ナッグ・シャントとその相棒の竜でヒロインのファーラに関わらないようにする。

 なにより、アウルと言えば原作ゲームでも「一人マジックパンク」と言われたゴーレム竜がアイデンティティだから、ゴーレム竜を作らないだけでも原作から乖離すると思う。

 後はドライガー家やドラク家が原作黒幕の枢機卿エメデンに関わっている証拠を掴めば、私の命だけは助かる可能性もある。

 オッケー、見えてきた。輝かしい生存ルートが!


 ただ、原作ゲームではアウルって呪いで脚が動かなくなってたはず。ゴーレムの研究はしておこうかな。義足とか、歩行器とか、自動車椅子とかを作れた方がいいかもしれない。

 そうと決まれば行動あるのみ。証拠を集めにこの屋敷を探索しよう。

 ドライガー本家だけが黒幕側でドラク家が無関係の場合は別の手を考えないとなぁ、なんて考えながら部屋を出る。

 直後、廊下の向こうからヒステリック全開の女性の声が聞こえてきた。


「――あんなモノの結婚を面倒見るっていうの!? アレに幸せな家庭を築く権利があるはずないでしょう! どうしてわかってくれないのよ。あなたはどこまで私を馬鹿にすれば気が済むの!?」


 私を代名詞で表すのはやめてほしいです、継母様。

 父上様、言ってやってくださいよ。どうせ、そこにいるんでしょう?


「……あぁ、分かった。だが、処分だのなんだのは外聞が悪い。アレの成人の儀と同時に冒険者として登録させよう。危険地帯に送り出し、武家の娘として勇敢に戦って死んだことにすればいい」


 あっ……あぁ、はい、そうですかぁ。

 ちょっとゴーレム竜作ってくるー。



 ドラゴンはどうやって飛んでいるのか、亜竜と呼ばれるワイバーンたちとの違いはなにか、そんな研究論文は優秀な竜騎士を輩出するドライガー家の傍流であるここドラク家にも多数保管されていた。

 だーれも読んでいないけど。

 竜騎士さんたちは「論文? そんな事より鍛錬だ!」の精神で今日も訓練場で元気な声を上げています。

 一部、頭脳派を気取る竜騎士さん達もいるけれど、彼らの多くは空戦における陣形や連携の方の研究を重視していて、ドラゴンが飛ぶ原理については気にしていないようだ。

 飛ぶんだから別にいい。飛んだ後の方が重要だ。そんな考え方らしい。まぁ、科学者や魔法研究者ではないんだし、戦術論を考察するのは竜騎士として当然なのかも。


「これ、かな?」


 埃っぽい書庫を根城にした私は書棚から論文を抜き出しては読み漁り、必要な知識を抜き出していく。

 浮遊魔法レビテーションを始め、ドラゴンのように自由に空を飛ぼうとして開発された魔法は数多く存在した。

 けれど、未だに竜騎兵が全盛を誇っているのは、浮く事が出来ても風任せだったり、逆に風の影響を受け過ぎたりする魔法の欠点にある。

 加えて、紙媒体の本が普及するより先に兵科としての竜騎兵の運用方法が確立されてしまい、世の中の偉い人たちは「別に人が飛ぶ必要ないんじゃないかって思うの」と言い出した。

 費用が無いと研究できないからね。世知辛いね。

 それに、いまさら魔法と工学の力で空を飛ぼうとすると竜騎兵が文字通りに飛んできて研究資料を根こそぎ奪っていきそう。既得権益を脅かすって要は戦争を仕掛けるようなものですからね。

 命がけの私には関係のない話ですよ。


 各種論文と格闘しつつ、過去の頭のいい人たちがまとめあげた考察と研究資料を体系的にまとめ上げる。後で読み返して参考に出来るように脚注と引用元もはっきりと明記する。

 とりあえずは浮遊魔法レビテーションを使用した木製のプラペラ機を作るところから始めよう。プロペラの回転には何を使うかが問題かな。

 アウルが乗っていたのはゴーレム竜と呼ばれていたから、多分、ゴーレムの製作技術を応用すると思う。そっちの資料も探さないといけない。

 そもそもドラゴンの推力って何? 羽ばたき?


「ふむふむ……」


 浮遊魔法で体を浮かせた後、羽ばたきと同時に風魔法で翼周辺の空気の流れを操作すると。


「ドラゴンの解剖学……」


 集めておいた論文を見つける。

 挿絵がグローい。

 ドラゴンは翼の可動域を考えると低コストで低重量の可変翼機ってことですね。

 機械で同じことしようとしたら部品点数多すぎ、重量も増えて整備手順も増えて……誰も飛行機なんて作らないわけだよね。

 でも作るしかない。冒険者として危険地帯に送られるらしいから。

 もう死ぬ気で作るしかない。作れないと死ぬ。死にたくない。


 ひとまず、ここにある研究資料をまとめ上げた論文を書こう。頭の方がちょっと優秀なところを見せたらもっと上の人の目に留まって救い出されるかもしれないし。

 タイトルは『竜の飛行法とその再現に必要な諸魔法及び機材の推測』でいいかな。

 舞い上がったほこりが太陽光でキラキラ光っている書庫を見回し、必要な資料を数えてため息を吐く。

 何年かかるんだろう。

 この世界の成人年齢は十五歳。今の私は十歳。

二年後の十二歳ぐらいで論文をまとめて、三年以内にゴーレム竜を製作して、冒険者としてやっていけるようにしないと。

 無理ゲーっぽいです。


「リアル死にゲーは、いやだぁ」

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