王、五百年のベールを暴く

ちょっとずつ描き進めていた第四層の魔法陣が、全部描き終わった。けれども現在、人っ子一人来ないダンジョン。核を入れての稼働はまた後日。


そしてとうとう今のところの最下層、第五層をやろうかと思ってるんだけど。今まで目をそらし続けてきたアレについて考えないとならない。アレ。結界の向こうのガサリとして押されたようなイヤーな感じ。

アレを気にせずダンジョンを作るか、納得いく形で解決するか。どうしよう?どうする?


そんなことを考えながら、あたしは湯浴み場の湯舟の中で縁に頭を乗せて、天井をぼーっと眺めていた。


風情のある岩風呂は五人くらいなら楽々入れてしまうほどの大きさで、一人で入っているのがもったいないくらいの広さだった。


岩の間からお湯がこんこんと注がれており、反対側の湯舟の端から流れ出している。本当に天然かけながし温泉。

流れ出た温泉は地下水路で地熱として利用されたあと、生活用水となるらしい。


あたしはくるりと反対側を向き、縁に肘を乗せて湯桶ゆおけの中のお湯に浸かっているディンに話かけた。


「……ねぇ、ディン。あの封印の結界の向こうってどうなってると思う?」


「……結界の向こう……?」


目をつぶってぽーっと湯の中に立っていたディンが、片目を開けてこっちを見る。


「うん。あの向こうってトンネルなんだよね? どうなってるのかな? ただがらんとしてトンネルになってると思う?」


「……うん、きっとね……」


そう言うと、また目を閉じてしまう。

……すっごい適当に流された。

うー、こっちはいろいろ考えているのにー。

いつまでもこんなぐだぐだしてても仕方ないし、明日また行ってみよう。

あたしはザバーっと立ち上がり湯舟から出て、湯桶の中のリスをひょいとつまみ上げた。






次の日の朝食後、ミソルといっしょに土界へ向かった。


「あの、封印してある結界の場所に行きたいんだけど、いいかな?」


「もちろんです。あそこはなんかあやしい感じがするから、オレがいっしょの時でよかったです」


ミソルがにっこり笑った。

付き合わせるの悪いなとか思っちゃうけど、そう言われたら心配かけないようにって一人の時に行けなくなるな。


たいまつ通路を通り抜けて外境結壁へ。第五層ははしごを上らずにそのまま扉から行ける。二か所あるうちの東側の扉から入って、ほぼまっすぐ歩いていけばあたしが魔力でがっつり穴を開けてしまった場所へ着き、そこから入った行き止まりが封印の結界前だ。


外境結壁は土界の中に入って見ると透明な濃い茶色に見えるけど、土界の外から見ても他の土壁よりも濃い赤茶色をしている。

今はこの面だけ外境結壁がむき出しになっており、他は薄い灰茶色の土壁が覆って見えている状態だった。


この外境結壁に顔を入れれば、土界は透明に見える。土界の外側の山の土や岩は当然だけどそれ自体が見えるだけでその向こうは透明には見えない。

そして封印の結界が張ってあった土界は古く変色して濁って向こう側は見えなかった。


今なら封印の結界はあたしの魔力で張ったものだし、もしかしたら向こう側が見える……?


『……王、そこはあまり気にしないほうが……』


あたしの気持ちを知ってか、サークレットになっているディンが頭の中で言った。

でも、放っておくほうが怖いことってない?

幽霊の正体見たり枯れ尾花ってことわざもあるし、見ちゃった方が怖くないのかも?

でも一人で見る勇気が……ない!


「……なんか、イヤな感じがしかたら気になるんだよね。一人で見るの怖いから、この辺の壁をちょっとだけ透明にしてもいい……?」


「……イヤな感じ、ですか」


「うん、前の結界を張りなおした時に、魔力に何かが押し当たる感触があって……ごめん、言わなかったのは悪かったんだけど、言うと余計怖くなるような気がして……」


「いいんです、ルリ様。それは気にしなくて。ルリ様一人を怖い目に合わせるわけにはいかないです。壁を透明にできるんですか?」


「多分、できると思う」


『王がそう思うならできるだろうね。土界は王の魔力でできているから』


「じゃ、やるよ? いい?」


「はい、いいです」


『ボクはあまり気が進まないけど、王は引かないだろうしね』


その向こうは五百年前のトンネル。

戦いの最中に閉じられた空間。

今、どうなってるのか全くわからない。

なにが見えても驚かないように、気を落ち着けて……。


あたしはむき出しになっている外境結壁に手を触れた。

ガラス、ガラス、強くて固い強化ガラス……。つるりと透明なイメージが固まる。

触れていた場所の感触が変わった。

赤茶色の土壁が、手を中心にサーっと透明に変わっていく。


その向こうに、最初に見えたのはもしゃもしゃとした……触手? ……足?

おぞましい動きに心臓が縮み上がり、無意識に五、六歩後ずさった。

小さく動いている、大きな灰色の固まり。

見上げれば、そこにいたのは小山のような巨大なダンゴムシだった。





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