王、お城へ行く(2)

「こちらは働いている方たちが住んでいる塔の一階部分になります。一、二階は三本の塔が繋がっているんですよ」


 長い廊下はいくつかの扉があり、その先の方に衛兵が立つ扉があった。


「あそこに衛兵がいる時は、謁見やパーティが行われている時です。裏廊下から出入りする者に注意する意味もありますが、お料理を運ぶ人たちのドアの開け閉めも重要なお仕事らしいですよ」


 ドアボーイを兼ねてるんだ。

 お盆にしてもワゴンにしても、開けてもらえると助かるよね。


 ベリアは衛兵が立つ場所より手前の扉の前で止まり、ノックをした。

 とくに返事もなく押して開けると、そこは窓から日差しが入る休憩室になっていた。

 テーブルセットが並ぶ中、おそろいの制服を着た女性たちが、いくつかのグループで固まってくつろいでいる。


「あら! ベリアじゃなくて?」


 近くのグループからそんな声が上がり、ベリアは笑顔で近づいた。


「みなさま、相変わらずお美しいですね。お元気でいらっしゃいましたか」


「元気よぉ。ベリアこそ、ロイタームへ行ったのではなかったの?」


「用事でこちらへ来ておりまして、みなさまにご挨拶したく参りました」


「戻ってらっしゃいな。あなたがいなくなってから、素敵なアクセサリーの情報が減ってつまらないわ」


「そうなのよねぇ。あの新しい子も悪くはないけど、すぐ兵舎に行ってしまうから、金具の修理もお願いしそびれていて」


「それは大変申し訳ございません。近々、主の方からこちらへご挨拶するようにさせていただきますね」


「あら! マディリオ様がいらしてくれるの?!」


 きゃーと華やいだ声があがる。前統治長よかったね! モテてるよ!


「ねぇ、ところで、かわいい子連れているじゃないの。新しい子?」


 ちらちらと気にされていたけど、とうとうお声がかかるようです……ドキドキする……。


「見習いの細工師なんですよ。勉強のために向こうから連れてきたんです。……ルーリィ、ご挨拶を」


「……ルーリィと申します。よろしくお願いします」


 前で両手を重ねておじぎをすると、みさなんニコニコと迎えてくれた。


「獣人の細工師は珍しいわね」


「あなたのその指輪は自分で作ったの?」


「あ、はい。自分で作りました」


 外すわけにはいかないので近くで手を差し出すと、


「個性的なデザインね。素敵だわ」


「あら……勇者様の指輪とちょっと似ていない?」


 と言われた。アブナイアブライ!


「む、向こうで流行っているデザインなんです!」


「コッフェリアだと優美なデザインばかりだけど、むこうのセンスはやっぱり違うのねぇ」


 ……なんかこう、個性的とかやっぱり違うとか、いろいろと刺さるけど、気にしないようにしよう……。

 そこで「そうそう、勇者様と言えば……」と一人が切り出すと、全員そちらに顔を向けた。どうやらお城のホットな話題のようです!


「また昨夜も扉の前で女の人が倒れていたらしいわよ」


「もう殿下もいい加減に諦めたらいいのにねぇ。勇者様はそんな仕事で寝所に入るような女性はイヤなんでしょうに」


「ねぇ? そのうち本当に逃げられてしまうわよね」


「王位の方も……ねぇ?」


「まぁまぁ、みなさまったら相変わらず……」


 オホホホホ。

 言葉はマイルドだけど、みなさん言いたいこと言ってらっしゃる!

 楽し怖い世界!


 それにしても、そうか。最後のお札……じゃなくて、お守りペンダントトップは使われたんだ。

 この新しいのを渡せるといいんだけど。


 その時。


 ドゴーーン!! ガシャーーーーン!!!!


 建物を揺らす振動と轟音が聞こえた。

 近くにいたみんながビクリとすくみあがった。


 なに?! ガス爆発?!


「広間の方からかしら?!」


「勇者様が殿下と謁見されていたはず……」


 休憩室内は騒然として、全員が立ち上がり扉を目指した。

 紛れて走った。勇者がどうこう聞こえたし。

 扉の前の衛兵はいなくなっていて、みんな次々と広間の方へ抜けていく。


 ベリアといっしょにどさくさ紛れに大広間へ入って、絶句。

 窓ガラスとその周りの壁に、ドカンと大穴が開いていた。

 うわぁ……。 お城の壁にこんな穴が開くか……。


 その前には、革のブレスレットをつけた腕を突き出し、呆然と立つタクミがいた。


 ――――察した。


 …………荒風の使い手、派手過ぎるっ!!!!


 ちゃんと人のいない方に向けたらしく、ケガ人はいないようだった。

 広間の中央付近で立ちすくんでいる金髪のおかっぱ頭が殿下か。

 誰もがその理解不能な状況に固まっていたから、あたしは破れかぶれでわざとらしいほどの声を上げた。


「……なにが爆発したんですの?! 危ないですわ! みなさま避難を!!」


「そ、そうだ、避難だ! 殿下をお守りしろ!」


「庭への扉を全部開けて!」


 わぁわぁと騒然とする中、あたしはまっすぐにタクミのところまで行った。


「勇者様も危ないですわ! 逃げないと!」


「あ、ああ」


 腕をとって広間から連れ出す時、ポケットから新しいお守りタグを出して、タクミの手に握らせた。

 まぁ、見ればわかるだろう。

 チラリと見上げれば、怪訝そうな顔をしている。


 タクミがあたしに気付いたかどうかはわからないけど、その後はさーっと離れてベリアと合流して裏の廊下へと戻った。


 あれを身につけておけば、近付いた刺客も寝てしまうだろうから、タクミの身は守られると思うんだ。

 行き当たりばったりだったのに、お守りを渡すという目的は果たせちゃったし、お城潜入ミッション、大成功です! (……タブン)






 夜、地下通路を土界の壁でコーティングする時に、ミソルとベリアがついてきてくれたので、聞いてみた。


「ここは、ちょっと掘ってあるけど掘り途中なの?」


 通るたびに気になっていたのは、屋敷から出たすぐの場所で通路とは逆方向に少しだけ掘られている場所だった。一メートルくらい進んだところで止まっている。


「昔、反対側にも通路を作ろうとして結局作らなかったらしいんです。私が来る前のことで聞いた話なんですけど」


「じゃ、埋めちゃうね。もし掘る時は土界用の掘り道具を使ってって伝えてね」


「わかりました」


 壁に手をあててへこみにきっちりと魔力を詰めたので、見た目はきれいな土壁になった。

 ちゃんと土界になってるかな。

 出来たばかりの土壁にずぼっと中に入って反対側を振り向くと、ニコニコしたミソルとびっくり顔のベリアが見えた。

 よしよし、ちゃんと土界になってる。

 そしてふと思いつく。


「……ねぇ、ディン。ここから、地下国まで転移できると思う?」


『――王?!』


 きちんと今見えている景色を記憶して「ここはコッフェリア王国のお屋敷」と強く頭に刻む。

 そして、いつもの見慣れたたいまつの灯りを思い浮かべた。


 転移!


 視界が歪んだ後に見えたのは、茶色の境結壁の向こうにたいまつがかけられた通路だ。地下国のよく知った景色。


「うわぁ。転移できちゃったよ」


『……まさかこんなことをやってしまうなんて……』


「これで、すぐコッフェリアに帰れるよ。ディン。よかったね」


『…………』


 しるべは恐ろしい王を選んでしまった……とかなんとか聞こえたのは気のせいだよね?


 コッフェリア王国の屋敷という単語と風景が頭の中で一致すると転移完了。二人が待つ地下通路へ戻ってきた。土界から出て、三人で食堂へ移動して、おやすみ前のお茶タイム。

 ノンカフェインの根っこ茶を飲みながら、ベリアが話を切り出した。


「東の方へ行っていた偵察の者が戻って来たのですが、コッフェリア軍の動きが慌ただしいみたいなのです」


 コッフェリア王国の東端っていうと、地下国がある山脈の北方の終点あたりだ。

 王都からは馬車で二日くらいって聞いたような。


「あちらでは魔族や魔物との小競り合いが日常的にありますからね、落ち着かないのはいつものことなのですが、いつもより慌ただしいと。それで安全のために一度戻ってきまして」


「そんな危ない場所なんだ……。そうだね。安全第一がいいよ」


「はい伝えておきます。……それで、王……ルーリィ。私、こちらへ残ろうかと思うんです。多分、こちらにいた方がお役に立てると思うのですよ」


「うん。ベリアがそう思うなら、きっと」


「これからもっと情報が大事になる気がするんです。地下国が有利になるように情報は早めに入れておきたくて。――それに、私、こちらでの仕事も好きなのです」


 そう言って、ベリアはにっこりと笑った。

 こっちの仕事が好きなのは、すごくわかるなぁ。楽しそうだったし。


「フフフ。ルーリィの今の状況だと、地下国にいる限り護衛は必要ないくらいですからね。本来は、王様が一人で自由に動いてもいいように影の者がいるのに、だいだい誰かがついてますし」


 黙って話を聞いていたミソルが照れたように笑った。


「これからもオレたちがちゃんとお守りするから、大丈夫」


「……まぁ、守り過ぎな気もしますが……」


 あぁ、やっぱり側近たち、過保護なんだ……!


「でも、ホントにいいの? 向こうに戻らなくて。……ラクとか……?」


「……地下国にいても遠くから眺めるだけですしね。時々帰った時にご挨拶に行くのを楽しみにします」


 なんかいじらしいというか、切ないなぁ。

 あ、そっか。たまに土界から連れてきてあげればいいんだ! 土界ではぐれないように結びつけておくものを作っておかないと。


「わかった。すぐにまた遊びにくるから、こっちの情報集めお願いするね。できたらお城の情報もよろしく」


 そう言うと、ベリアはすがすがしい顔で「承知しました」と言った。




 ベッドに入ると枕元でディンがそっぽを向きながら「王、ありがとう」と言ったので、背中をナデナデしてあげた。


「コッフェリアまでは来たことがあったけど、城へ入ったのは初めてだったから」


「うん。どうだった?」


「あんまり覚えてなかった。知らない場所みたいだったよ」


「そっか」


「……でもなつかしい匂いがしたんだ……」


 アルマンディンの精霊は小さい声でそう言って、そのうち寝てしまった。


 五百年後の里帰り。

 喜んでもらえたならよかったよ。




 その二日後の朝、あたしたちは帰宅の途についた。

 短い間だったけど、こっちの屋敷の人たちみんなと仲良くなれた。偵察の人たちとも会えたしね。

 マディリオはお土産をたくさん用意してくれた。

 荷物を積み込んでいるようすを少し離れたところから見ていた時に、お礼がてら言葉を交わしていた。


「前統治長、いろいろありがとうございました」


「こちらこそ、ルーリィ……ありがとう。ベリアがいてくれればこちらの体制もよりしっかりするよ」


「ベリアが決めたことだから、あたしはなにもしてないですよ?」


「そうかい? 君が背中を押してあげたんじゃないのかね?」


「いいえ?」


「そうか。では、そういうことにしておこうか」


 そう言ってイケオジの前統治長はウィンクをした。

 最後まで、キザなおじ様だった。


 馬車はゴトゴトと街をゆく。

 コッフェリアのお屋敷のみんなが手を振っている。

 いつもは落ち着いた雰囲気のベリアも、大きく手を振っていた。


「また来るねー!!」


 そう言って別れたのに。

 まさか三日後に土界から出てくるとは思わなかった!! と、お屋敷中をあぜんとさせたのは、また次のおはなし。





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